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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第二章♯6『魔の蕾』

 ウィルベルとセーナは、ギルバートに渡された地図に従い、『知恵の神域』を目指して旅を続けていた。既にヴァルカンの庵を発って一週間ほどが経過している。


 東部岩山に連なる荒野を抜け、ヴァイスランドでは西部にあたる草原地帯まで移動した。見渡す限りなだらかな丘が続き、穏やかな風に背の低い草木が揺られている。


「地図ではこの辺りのはずなんだけど……見当たらないね」


 ウィルベルはもう一度手元の地図に目をやり、辺りの地形と照らし合わせてみる。やはりかなり近くには来ているらしいが、それらしいものは確認できない。

 断絶の森にあった遺跡や、無色大陸近くの遺跡のように地下に広がっているという可能性もあるから、こうして入り口を求めて草原を彷徨っているのだ。


 ウィルベルがどうしたものかと唸っていると、セーナが馬上からある方向に指をさした。


「あっ、お姉ちゃん。向こうを見てみて」


 ウィルベルはセーナの指のさす方を見てみるが、緑の平野が続いているだけだ。目を凝らしてみても人っ子ひとり見当たらない。


「むこうに古い建物みたいなものが見えるよ。もしかしたら人がいるかもしれないし、行ってみよう?」


 セーナは見えて当然と言わんばかりの態度だった。不思議に思ったウィルベルは左目に施した魔法陣に魔力を循環させ、光ではなく魔力による知覚に切り替える。すると、たしかに遠くに建物が見えた。しかしあまりに遠い。とてもではないが肉眼で見える距離ではない。


「よく見えたね。竜人って目が良かったりするのかな……とりあえず行ってみよう」


 二人は馬を走らせその建物に向かう。近づくにつれて、その全貌が肉眼でも捉えられた。

 どうやら古い館のようだが、かなり寂れている。放棄された貴族の別荘といった様子だ。壁には蔦が這い回り、窓も所々割れている。人が暮らしているようには見えない。


「今にも崩れそうだけど入れるかなぁ〜」


 セーナがドアに近寄りノブをひねると、抵抗もなくノブがぽろっと取れてしまった。ウィルベルは少し離れたところから館の全容を仰ぎ見ている。


「貴族の別荘にしては随分と質素ね……?」


 館の前には庭園もなく、噴水の残骸もない。蔦から覗く壁も簡素なレンガ造りで、貴族達が好むような飾り気はなかった。しかしウィルベルはこんな建築に見覚えがあった。これはむしろ――、


「学校、みたいだ」


 等間隔に並んだ窓、簡潔にまとめられた建築などが、ウィルベルの知る学校というものにピッタリ合致していた。

 しかし、なぜこんなところに? このあたりは長く平原のままで、かつて街があったというようなこともない。広野にポツンと立つ廃墟は、不気味な雰囲気を漂わせている。


「入ってみよう、セーナ。『知恵の神域』の手がかりがあるかもしれないし、もしかしたらこの建物がそうなのかも」


 立て掛けてあるだけのようなドアの押して、館の中へ入っていく。かなりの暗さだったので、ウィルベルが周囲に光の玉を浮かべる。

 照らし出されたのは、ところどころ穴が開いて、床下から植物が飛び出している廊下だ。左右に廊下が伸び、玄関の正面には階段が続いている。


「けっこう広そうだね、手分けして探そっか」


「じゃあ私は右側を……床が抜けそうだから気をつけるんだよ」


「大丈夫! エルフの村で学んだ身のこなしはダテじゃないよ」


 セーナが左手の廊下を進んでいく。軽快な背中を見送って、ウィルベルは右手側に並ぶ扉の一つに手をかけた。

 野晒しの外装よりはいくらか風化もましだ。ドアノブが取れるようなこともない。


 部屋の中はとても広く、奥へ行くにつれて傾斜がついていた。その中央には腰ほどの高さの机と、傾きひび割れた黒板。


「やっぱり学校よね……これ。どうして捨てられたんだろう」


 風化こそしているが、荒れているという様子はない。つまり何かに襲われたとか、災害があったとかいうことではないのだろう。ここにいた人間だけが忽然と姿を消し、建物だけが残り続けているのだ。


 他にめぼしいものもなかったので、ウィルベルは次の部屋へと向かった。次、その次も一つ目の部屋と同じ講義室だ。一階の部屋は全て見て回ったが、どれも似たようなものだった。


 続いて二階に向かう。

 二階の部屋も講義室がほとんどだったが、ひとつだけ違う部屋があった。部屋の中央には島を作るように机が並べられていて、それを囲むように資料の詰まった棚が壁を埋め尽くしている。


 手に取っただけでポロポロと崩れそうな資料から、いくつか状態の良いものを選んで引っ張り出した。日に焼けた茶色の紙片は報告書がなにかのようだった。


 ――『神域』調査失敗について。


 文書の題名には、そう簡潔に記されていた。『神域』……目的のものはこれに違いない。


 ――〇〇年〇月〇日。

 ――我々はヴァイスランド西部の草原地帯に神代の遺物(以下、マギア=カリュクスと呼称)を発見した。マギア=カリュクスの外観は、人の頭部ほどの大きさの結晶球。地面から二メートルほどの高さに浮遊し、静止している。

 これの解読、及び利用に成功すれば我が国の魔術力は他国を圧倒する次元へと達するだろう。そのため、貴族用の寄宿学校を模した研究施設を設立した。


 ウィルベルの見立ては間違ってはいなかったようだ。しかしまさか偽装された研究施設だったとは。一階部分は完全に学校だったし、この部屋だってただの資料室にしか見えない。

 ウィルベルは再び資料に目を落とす。


 ――〇月〇〇日

 ――マギア=カリュクスの研究開始。実体の位置を動かすことは可能だが、その他の物理的・魔力的なあらゆる干渉を無効化、一切の反応を示さない。しかし、マギア=カリュクスを破壊しようとしたものには苛烈な反応見せた。これにより研究員が二名死亡。


 ――〇月〇日

 ――研究開始から一ヶ月ほどが経ったが、干渉・分析ともに進展はない。マギア=カリュクスの発する魔力は未知の性質を持ち、特に魔力に対して高い感受性を持つものにとっては悪影響があるようだ。初期こそ一時的な混乱や失神が主な症状だったが、現在では発狂や昏睡に至るものも少なくない。


 ――〇〇月〇日

 ――研究者の中から、マギア=カリュクスから手を引くべきだというものが現れた。だがこの研究は王命であり、必ず歴史の革新へと繋がる。止めることはできない。


 ――〇〇月〇〇日

 ――若い研究者がマギア=カリュクスに取り込まれるという事態が発生。しかし三時間後に無傷で帰還した。記憶や思考に異常などはないようだが、マギア=カリュクスの中で神と会ったという証言をした(おそらくよくある幻覚症状だ)。


 ――〇月〇〇日

 ――マギア=カリュクスが暴走。これにより研究員の大半が死亡。これ以上の研究の続行は不可能だ。


 ――〇月〇〇日

 ――国王に対して研究凍結の奏上をした研究者が処刑されたと聞いた。王はまだこれを御すことができると考えているようだ。あの場にいなかったものに、この恐怖は分かるまい。


 ――〇月〇日

 ――研究員の増員が決まった。三日後に到着するらしい。だがもう駄目だ。マギア=カリュクスは神の遺物であり、神そのもの。人理を超えている。研究など出来るはずもなかったのだ。


 ――私はマギア=カリュクスをここから持ち出し、誰も知らない場所へと隠す。追われる身となったとしても、これを人の手に渡してはならない。無事にマギア=カリュクスを隠した後、私は命を絶つ覚悟だ。それでありかを知るものは一人もいなくなる。


 ――皆、許してくれ。許してくれ。


 ――主任研究員ヴィルヘルム・フォン・ゲーテンハイル。


 ウィルベルはそのレポートを机の上に置いた。

 この施設でおおよそ何が行われていたかは分かった。だがなぜギルバートはウィルベルをここへ導いたのか、それは分からない。

 このレポートを書いた男のゲーテンハイルという名前、それはギルバートと同じものだ。父か兄か、親族であるということは間違いないだろう。


 なんにせよもう少し調べる必要があるな、とウィルベルが資料棚に手を伸ばした時――、


 ――きゃあああ!


 階下から悲鳴が聞こえた。ウィルベルの脳裏に先ほどのレポートにあった情景が浮かぶ。


「セーナ!?」


 ウィルベルは部屋を飛び出して、階段を飛び降りて行く。

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