第二章♯5『製鐵の和音』
喧しい娘達は挨拶もそこそこに庵を去っていった。きっと為すべきことを為しに行ったのだろう。
一人残ったヴァルカンは、さっそく剣を打とうとしていた。そのために、まずは折れたブラオローゼの様子を詳細に確かめる。
刃こぼれの目立つ刃に、半ばからへし折れた刀身。一体どんな戦いを経ればここまでの傷を負うのか。長い鍛治人生の中でも、これほど壮絶な傷跡を見るのは初めてのことだ。
あの隻腕の娘、ウィルベルの剣の腕は一級品だ。剣への愛もある。それはブラオローゼを見れば明らかだ。
元々ブラオローゼは、ヴァルカンが若い英雄のためにと打った剣だった。しかし、それではもはや足りないのだろう。この翁の思う以上に、あの娘の成長は速いのかもしれない。
今のウィルベルに見合った剣を打ってやらねば。
鍛冶屋の矜持として、使い手の求める一品を打つことは当然だ。だが簡単なことではない。今やあの娘は稀代の英雄。かつてヴァルカンの剣を振るった者の誰よりも超人的な存在となりつつある。
それに見合う剣となれば並大抵ではない。今までのどれよりも至高の剣を鍛えなければならない。
ヴァルカンも既に老いてしまった。時をかけて技は身についても、若き日々にあった情熱は枯れてしまっていたのかもしれない。今度の仕事は、それに再び火をつけたのだ。
名実共に最高にして最後の仕事にする。
ヴァルカンはその覚悟で臨む。
まずは鋼だ。至高の剣を鍛えるには、至高の鋼を用いる必要がある。
ヴァルカンは工房の奥へ進み、固く閉ざされた蔵からひとつの金属塊を運び出した。
三十年ほど前に手に入れたが、ずっと敬遠していた素材だ。西方から仕入れた隕鉄。聞くところによると、大きな国が一夜にして滅び、その中心にあったのがこの鉄塊だったのだという。
当時既に先代ヴァルカンの跡を継ぎ、世に名を轟かせていたがこの鉄塊だけは扱えなかったのだ。あまりにも硬く、そして熱に強い。鍛治の素材になるとは思えなかったが、いつかこれを材料にしてやろうと息巻いて持ち続けていたのだ。
そのような情熱は忘れてしまっていたが、今この時がこれの出番というものだろう。
炉の火力を上げ、隕鉄を放り込む。赤熱する気配すら見せないが、諦めるわけにもいかない。経験を頼りに試行錯誤を繰り返していく。
その結果、数日の時間を要してなんとか加工できる状態まで熱することができた。
赤い鉄塊を金床に置き、幾度も幾度も折り曲げていく。刀鍛冶を訪ね東方を放浪していた時に学んだ技術だ。こうすることで鋼は幾重にも折り重なり、強度と柔軟さを増していく。
気が遠くなるような回数、熱しては折り曲げを繰り返した。
ここまでくると、この隕鉄の性格も掴めてきた。人の理に落としこまれることを拒むかのような隕鉄の頑なさが、ヴァルカンを引き込んでいく。
大雑把な形を作り、いよいよ整形の段階へと入っていく。
振り下ろすハンマーの一打ち一打ちに、全身全霊を込める。聴いたこともないような澄んだ音を立てて、隕鉄が少しずつ剣へと変わっていく。
一度打ち損じれば、もはやそれを傑作と呼ぶことはできない。極限の集中力を持って、寝食も厭わずハンマーを振り下ろし続けた。命を削って鋼を打っているかのような迫真の鍛冶は、周りからみれば狂気そのものだろう。
だがこれこそが真髄だ。道を極めた匠が、己の全てを賭けて挑む戦いなのである。
手には血が滲み、腕の骨が歪んでいく。汗を垂らし、目を炙られながらも赤熱する鋼から視線を外しはしない。吸い込む空気も喉と肺を灼いていった。
これ以上ない過酷な鍛冶を超え、美しく整えられた鋼を水に浸けた。工房に蒸気が立ち込め、急速に冷やされる鋼が悲鳴を上げながら反り返っていく。
再び金床の上に置き、仕上げの作業に入る。
こちらも妥協できない。刃を作る工程だ。水車の動力で回転させた砥石に、出来上がった無刃の鋼を押し付ける。
火花が散り、鋼が剣に変貌していく。しかしそれ以上に、砥石の減りが異常だった。ひとつあれば鍛冶屋の一生は持つと呼ばれる砥石をいくつも、いくつも使い潰していった。
そうして仕上げた刃に相応しいように、刀身全体を研ぎあげていく。美しい漆黒の刀身だ。この世のどんなものよりも深い黒を発するそれは、この姿になっても未だ人理に歯向かっているようだった。
形は人が扱えるものであっても、こいつという存在は人には扱えないかもしれない。完成間近となって、ヴァルカンは不安に駆られた。自分は何かとんでもないものを生み出してしまったのではないかと。
これを扱うのはあの娘だ。ウィルベルが良からぬことを考えるとは思わないが、次の持ち主もそうであるとは限らない。この剣はきっと、皆が死に絶えた後も残り続けるだろうから。
しかし、そんな不安を抱いたとしても。これがヴァルカンにとっての至高の一振りであることは変わらない。もうこれ以上のものは鍛えられない、そんな確信をした。
完成と呼ぶに足る状態まで仕上げることができたのは、鍛治に取り組み始めてから実に四十二日目のことであった。
この間、主人公達はあちこち旅しています。




