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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第二章♯4『トルトイジー岩山』

 馬蹄がパカパカと鳴り、二頭の馬が並んで止まる。ウィルベルは馬上から遠くを見つめ、口元を覆う布を取り払った。

 視界には枯れ木が散るばかりの岩山が連なっている。その中腹あたり、微かに視認できる家屋らしきところから細く黒煙がたなびいていた。


「きっとあそこだ、セーナ。もう少しの辛抱だよ」


「う〜ん。早くシャワーが浴びたいよ」


 央都ルクセンからトルトイジー岩山までの道のりはひどく乾燥していて、砂漠とまでは言わないまでも、まさに荒野と呼ぶべきものだった。吹き上げられた砂が舞い、服の間に潜り込む。おかげで身体中ザラザラさせっぱなしの旅になった。


 ウィルベルとセーナは馬を駆けさせ、残りの道を一息に進む。そうして辿り着いた平屋の手前で馬を降り、硬い石の転がる坂道を徒歩で登った。


「よし、やっと着いた……失礼、マーチロードさんの工房はこちらでしょうか?」


 喉の調子を整え、平屋の外から呼びかける。

 しかし、この質問に意味がないことは明白だ。平屋に近づく段階で、アンヴィルを叩く小気味良い音が響いてきていたからである。


 ウィルベルの声に反応するように、金槌の音が止む。戸を開けて出てきたのは眉根を寄せた小柄な老人だった。


「なんじゃ、お前ら」


 老人がうろんな目を向ける。この荒野では、きっと来客は珍しいことなのだろう。


「私はウィルベル・ミストルート。ブラオローゼの件でルクセンより参りました。彼女は仲間のセーナです」


 腰に下げたブラオローゼを示すと、老人はおおよそのことを把握してくれたようだ。


「……入れ」


 案内された庵の中は薄暗かった。ベッドやテーブルなどの生活家具は端に押し込められ、大部分を占めているのは無骨な鍛治道具たちだった。

 老人はウィルベルとセーナに、椅子に腰掛けるように促し、


「知って訪ねてきたんじゃろうが、ワシが当代のヴァルカン・マーチロードじゃ……とっとと剣を見せい」


 鍛冶屋ヴァルカンはぶっきらぼうに言った。

 クララが言っていたような意地悪さはないが、寡黙で気の難しい性格のようだ。だからこんな誰も立ち寄らない場所に工房を持っているのだろうけど。


 ウィルベルは腰のベルトからブラオローゼを外し、テーブルの上に横たえた。鞘から引き抜き、折れた刀身を見せる。

 ヴァルカンは眉ひとつ動かさずに、ブラオローゼの冷えた刃を手で撫でた。


「……新しい剣を打てばええんじゃな」


「えっ……はい、そうです……が。すみません、素晴らしい剣だったのに」


 予想以上にすんなり話が進んで、肩透かしをくらったような気分だ。そんな態度に、ウィルベルは目の前の老人の内心が分からなくなった。誰よりも剣を愛するこの老人は、きっと剣を折ったウィルベルに腹を立てるだろうと思っていたのだ。


「謝らんでええ。刃を見れば使い手のことは分かる。コイツは役目を十分果たしたんじゃ、もう休ませてやれ」


 ヴァルカンはブラオローゼを労わるかのように持ち上げ、そっと工房の奥へと置いた。そして振り返り、


「じゃが時間は掛かるぞ。早くてもひと月、その間他にやることがあるじゃろ。まあ今夜ぐらいは泊めてやるが、さっさとやることやるんじゃな」


「……分かりました、それでは一晩お世話になります」


 ウィルベルが答えると、ヴァルカンは無言で頷き背を向けた。そのまま何やら作業を始めてしまったので、ウィルベルとセーナは一度外へ出て馬に積んだ荷物を下ろしに向かった。


「新しい剣を作ってもらえそうで良かったね、お姉ちゃん」


「うん。分かってはいたけど、やっぱり時間はかかるね。一か月無駄にするわけにもいかないし……あ、そうだ」


 ウィルベルは積み荷から一束の羊皮紙を取り出した。ルクセンを出るときにギルバートから渡されたものだ、そういえばまだ見ていなかった。

 セーナも興味深そうにウィルベルの手元を覗き込む。革紐をほどいて広げていくと、ずらずらと書き連ねられた文字列と、かなり大雑把な地図が描かれていた。


「なんだか宝の地図みたいでワクワクする! このバッテンが付いてるところに行ってみろ、っていうことでいいのかな」


「まーそうだろうねえ。でもすごーく分かりにくいね、これ」


 ウィルベルは羊皮紙を見てうんざりしていた。ギルバートはおそらくちょっとした嫌がらせでこれを渡したのだろう。


 具体的には、書かれている文字が現代の公用語ではなかった。学者たちが好む古代語で、しかもかなり崩して書かれている。はっきり言って読むのが面倒くさい。それに手書きの地図もあんまりだ。周りの様子がほとんど描かれていないし、地図としての役目を果たしているか怪しい。


 ウィルベルはひとつ溜息を吐いて羊皮紙を再び丸め、懐に仕舞った。


「他に出来ることもないだろうし、剣が完成するまでの間はとりあえずこの地図の場所を目指そう」


 ウィルベルの鬱々とした気持ちなど知らぬセーナは元気よく頷いた。




 ◆◆◆




 その日の夜、ウィルベルはヴァルカンから借りた一室で、蝋燭の光を頼りに羊皮紙の解読に取り組んでいた。隣ではセーナがすやすやと眠っている。

 魔力に敏感な竜人族に配慮して、魔術の光は使っていないのだ。しかしこれはこれで、雰囲気があって悪くない。


 橙色の炎が揺れて、文を照らす。おおよそ読んだ限り、やはり地図に示された場所に行けというものだった。


「知恵の神域、か……」


 このスクロールに刻まれていた題名だ。一体それが何を指しているのか、魔術関係にはそれなりに知識のあるウィルベルも初めて聞く言葉だった。

 神代の知恵が積もる場所、と書かれていた。並みの場所ではないことは分かるが、詳しいことは不明だ。それについてここで考えても仕方がない。やはり行ってみるしかないだろう。


 ウィルベルは羊皮紙を片付け、蝋燭の火を吹き消した。ベッドに横たわって天井を見上げる。右手を回して、失った左腕に触れた。痛みはもう引いたが、時折どうしようもない喪失感に包まれるのだ。


 あの一件で、当たり前にあったものを失くすという恐怖を思い知った。これまでも幾度か死にかけたけれど、あの時ほど頭が真っ白になったことはなかった。

 腕ならまだ取り返しはつく。しかしそれが命なら? 自分や、他の誰かの命が目の前で奪われたら……それはとても恐ろしいことだ。助けに来てくれた時のフリッツは、きっとそういう心情だったことだろう。


 いくら英雄と呼ばれたところで人間は人間だ。最期の時はあっけない。劇的な幕引きを迎えられるとも限らないのだ。それを忘れていたから、腕を失った。


 今頃フリッツとエミールはどうしているだろうか。騒乱の中では常に一緒だったフリッツが、今は離れたところにいる。守れないし、守ってもらえない。失くした腕よりも、フリッツのほうが気がかりだ。


 ウィルベルはたくさんの思考を集めては雲散霧消させながら、寝返りをうって朝が来るのを待った。浅い眠りを繰り返した明朝、ウィルベルとセーナは次なる目的地、知恵の神域を目指して出発したのだった。

旅程カット乱発。

事細かに描いてみる話もありですかね?

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