第二章♯2『マーチロードの鍛治工房』
マーチロードの工房は職人町の一等地にそびえ立っていた。鉄と鉄が打ち合わされる小気味良い音が響き、溶鉄の発する熱気で建物ごと揺らいでいるようにも見えた。
「入って良いのかな、これ」
隣のセーナが薄暗い工房内を覗き込みながら言った。確かに部外者が入りづらい雰囲気を醸し出しているが、受付のような場所も見当たらない。
「入っていくしかないね……まあ悪いことをしようというわけでもないし、お邪魔しよう」
意を決して一歩足を踏み入れると、こもっていた熱気で頭がクラクラした。職人達は半裸で汗を流しながら各々の仕事に集中していて、とても声をかけられる様子ではない。ウィルベル達の来訪も、チラと目をやる程度で特に気にはしていないようだった。
少し縮こまりながら奥へと入っていく。
むくつけき男たちが無言でハンマーを振るうこの場所には、自分達がひどく場違いな気がして非常に居づらい。
そんな工房の奥、男たちに混じってハンマーを振るう姿があった。この工房の長にして、七賢決議会にも席を置く女性、クララ・マーチロードだ。
「クララさん。お久しぶりです、今お時間いいですか?」
「ん!? ウィルベルさんやんか! どうしたん、こんなところに!」
ウィルベル達の姿に気づいたクララが、額の汗を拭いながら近寄ってくる。相変わらず声が大きかった。
この工房で会話するには、これくらいの声量が必要ということだろう。現にウィルベルの声はほとんど掻き消されてしまっていた。
「可愛いお連れさんも一緒やな。とりあえずこっちおいで!」
クララに続いて工房を離れる。案内されたのは来賓用と思しき部屋だった。いつもは商談などに利用しているのだろうか。
上等なソファに腰掛けて、クララと向かい合う。セーナは柔らかなソファに感動して目を輝かせていた。質素な暮らしをするエルフの村にはない代物だろう。
「お願い、というか。力をお借りしたいことがあって……」
「なんや水臭いな。わざわざ、ウチんとこに来るってことは鉄絡みやろ? この国の英雄様の剣を鍛えたっていうんで随分稼がしてもろたからなぁ、なんでも言ってや」
「実は……その……これを見てください」
ウィルベルが歯切れ悪くブラオローゼを差し出す。
別に乱暴に扱って折ったというわけではないのだが、やっぱり少し言いにくい。
「な、な、な……なんやこれ!?」
ポッキリ折れたブラオローゼを見たクララは、ワナワナと震え戦慄の表情を浮かべて絶叫した。
「見ての通り折れてしまって……」
「どんな使い方したらこの剣が折れるんや! ドラゴンにど突かれても傷一つ付かん鋼を使ってるんやで!?」
「すみません!」
物凄い剣幕で叫ばれて、ウィルベルは反射的に謝った。セーナも釣られてペコっと頭を下げる。
「いや、謝らんでもええけど……まさかこいつが折れるとはなあ」
クララはものすごい態度の切り替えを見せ、今度は感心したようにおとがいに手をやった。興味深そうに折れたブラオローゼの検分をしている。
「この様子やと修理は無理やな。打ち直しになるけど……ブラオローゼ並みの剣はウチには打てん。爺を頼るしかないわ」
爺――つまりクララの祖父。代々名工で知られるマーチロードの中でも、とりわけ抜きん出た才能を持つとされる人物だ。ウィルベルのブラオローゼと、フリッツのドラゴンベイン、これらを鍛えたのもその人物だったはずだ。
「お爺さんはどこに?」
「それが偏屈ジジイでなぁ。トルトイジー岩山ってとこで一人で暮らしとるんやわ。悪いけどそこまで行ってもらうしかないなぁ」
「トルトイジー岩山、ですね……分かりました、行ってみます」
いかにも頑固な職人といった感じだ。ウィルベルはブラオローゼを鞘に戻し、腰に下げる。
「ブラオローゼを見れば大体察してくれると思うわ。多少意地悪されるかもしれんから覚悟しといてや」
「い、意地悪?」
セーナが不安そうに聞くと、クララはニヤニヤ悪い笑みを浮かべてセーナを脅すような声を出す。
「ああ、あの人は剣が大好きやから、剣を大事にせーへん人が嫌いやねん。そんでそういう人には剣は打たん。ま、ウィルベルさんは大丈夫やと思うけどね」
クララは立ち上がると、壁に飾ってあった剣を手に取りウィルベルへ差し出した。
「これ持ってき。繋ぎにしかならんけど無いよりマシやろ。一応そのへんのモンよりは良い出来やで」
受け取った剣を確かめる。うっすら朱色の混じった鋼は、紅葉鋼で打たれたものの証だ。落ち葉のように軽い直剣は、隻腕となったウィルベルにも扱いやすい。
ウィルベルとセーナも立ち上がり、クララに会釈をした。
「ありがとうございます、クララさん」
「ええって、ええって。気つけて行ってきいや」
クララに見送られながら、二人は工房を辞した。
次の目的地は名工マーチロードが住むというトルトイジー岩山だ。聞いたこともない地名だから、地図を買ってから馬屋へと向かう。
馬を引いて通りを進み、大聖門から出ようとした時――、
「待て、ウィルベル」
険しいが懐かしい声でそう呼び止められ、ウィルベルは振り向いた。
「師匠……」
呼び止めたのは、かつてウィルベルにレゾンデートルを説いたギルバートだった。相変わらずのしかめっ面でウィルベルを見下ろしている。
「どうしたんですか? こんなところに……」
「野暮用だ。まったく、帰って来たのなら挨拶くらいしていけ」
いつにもまして不機嫌そうな顔と声だった。どうやら挨拶に行かなかったのが相当イラつかせたようだ。
「あー、すみません。でも師匠って普段どこにいるか分からないし」
ウィルベルにだって言い分はある。時間だってあんまり無かったのだ。
「ふん、まあ良い。お前に渡すものがある」
そう言って、ギルバートは丸めた羊皮紙を投げてよこした。
「それにはある場所のことが書かれている。本当は三年前に渡すつもりだったが、あいにく時期が悪かったからな。余裕があれば行ってみろ、力になるはずだ」
「はぁ……? 分かりました」
ウィルベルは首をひねった。
ギルバートの説明は、説明と呼べないほど簡潔だ。詳しいことはこれを読めということなのだろうが、まったく話が見えてこない。
ウィルベルは羊皮紙を鞄に仕舞う。ギルバートは頷きかけ、足早に央都へと戻って行った。
挨拶に来いという割には素っ気ない態度だ。ああいうのを傍若無人というに違いない。
「あの人がギルバートさん……?」
「うん。無愛想で何考えてるか分かりにくいけど、良い人だよ」
三年前、最初はウィルベルに過酷な態度を取っていた彼だったが、それも全てヴァイスランドの平和のためだった。無理難題ともいえる課題に応えれば、彼もウィルベルを認め育ててくれた。
良くも悪くも、感情で動くような人ではないのだ。でも、その冷徹さの中にある優しさが好きだった。
フリッツには彼の優しさは伝わっていないようだったのが残念だったけど……彼らは折り合いが悪いみたいだし。
理性的なギルバートと、感情的なフリッツは真逆の存在だ。お互いに敵視して、いがみ合っているのははたから見れば呆れてしまうが。
「師匠の言ったことも気になるけど、まずは岩山に向かおう。地図で見た限り、一週間もあれば着きそうだったよ」
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