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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第二章♯1『白い萌芽』

 クラマ陥落と帝国軍との交戦から数日後、ウィルベルはヴァイスランド、央都ルクセンに帰還していた。


 失った左腕を隠すように巻いたマントを揺らしながら、目抜き通りを進む。隻腕となった身は、名誉の負傷と誇るには少々痛々しすぎる。だからこうして、目につかないようにしているのだ。


 光の階の守衛たちは、ウィルベルの姿を見て動揺していた。

 自国の英雄が傷だらけになって、しかも一人で帰ってきたのだ。不吉な予想をさせるには十分な光景だろう。そしてその予想は見当違いのものではない。


 まだ少しふらつく足取りで中央階段を上っていく。

 腕というのは人体にとって、バランスをとるために重要な部分だったらしく、階段を上るのさえ難儀だ。


 一歩一歩、確かめるように進んで行き、玉座の間の扉に立った。扉番たちが無言で扉を開く。


「ウィルベル・ミストルート。クラマより帰還しました。早急にご報告をしたい」


 広間の中央にある円卓に向かいながら、ウィルベルはそう声をあげた。エマとアルヴィンが立ち上がって迎える。


「ウィルベル君……その腕は」


 近づいてくるウィルベルを見て、アルヴィンが痛ましそうに眉をひそめた。

 一応見えないようにはしていたのだが、アルヴィンほどの戦士ともなれば立ち居振る舞いから怪我を見抜くのも容易いことなのだろう。


「クラマで起きた戦闘で負傷しました。色々話さないといけないことがあります」


「おかけになって、ウィルベルさん。お疲れでしょうが、報告をお願いします」


 エマが席を勧め、ウィルベルがそれに従う。アルヴィンは従士達に退出するように指示をして、広間にいるのは三人だけとなった。


「まず私たちがクラマには着いた時のことですが――」




 ◆◆◆




「まさか帝国がそれほど早く動くとは……」


「もはや総力戦を避ける手はありませんね。北部連合の軍備を急がないと……」


 ウィルベルの報告を受けて、ヴァイスランドの首脳二人は苦い顔をした。流石のエマも、この状況は想定していなかったようだ。


「ともかくウィルベルさんは療養に努めてください。すぐに腕利きの治療師を集めますから」


 エマの言葉に、ウィルベルは首を振った。

 高位の治療師ともなれば、失った腕の再生も不可能ではない。しかし、


「いえ……ありがたいですが、今は時間がありません。私は隻腕のままでも戦えますから」


 ウィルベルには時間がない。いやウィルベルだけでなく、北部全体にとって時間はあまりに限られている。腕の治療のために費やせる時間などないのだ。


「そう、ですか。ウィルベルさんがそう言うのなら、治療は後にしましょう。ですが、武器は必要でしょう? マーチロードの工房を訪ねなさい。力になってくれるでしょう」


 エマは端的に指令を飛ばす。こういう時感情的にならないのが、彼女がこの国を治めてこれた理由だろう。

 エマは一通り言い終わった後、「それから」と続けた。


「ウィルベルさんにお客人です。今はここの図書館にいらっしゃると思いますから、出るときにお会いになって?」


「客人……ですか? 分かりました。行ってみます」


 一言二言会話をして、ウィルベルは玉座の間を後にした。螺旋階段を降りながら、エマの言っていた客人について考える。


 光の階の図書館といえばベアトリス・シンカーが思い浮かぶが、彼女は客人という感じではないだろう。他の候補としてはヴィクター・ヴィリアーズなどが浮かぶが、大貴族の彼が図書館で待つというのも考え辛い。


 見当もつかないまま、ウィルベルは図書館のあるフロアまでやってきた。迫りつつある戦乱の気配など微塵も感じられない静寂の中に、ページをめくる音と小さな咳払いだけが響いている。


 キョロキョロしながら、少し歩いてみた。


 そもそも、その客人というのはウィルベルが会ったことのある人物なのだろうか? 向こうはこちらを見れば分かるのだろうか? 名前くらい聞いておけば良かった。


 成果を得られぬまま、分厚い絨毯の上を滑るように歩いていると――、


「お姉ちゃん……?」


 鈴を鳴らすような声で呼び止められた。そして、ウィルベルのことをお姉ちゃんと呼ぶ人物など、今までに一人しかいなかったのだった。


「セーナ……!?」


「わっ! やっぱりお姉ちゃんだ!」


 大きな声を出したセーナが、あっと口を抑える。図書館だし、感動の再会とはいえ静かにしないと。


 三年ぶりに会ったセーナは、年相応に成長していた。あの時で十二歳頃だったから、今は十五歳ほどになるはずだ。無垢な幼さを残したまま、すくすくと手足が伸びたという印象だ。竜人特有の角や、純白の髪と薄紅色の瞳は昔のままだ。


「ど、どうしてここに? 断絶の森から出てきたの?」


「うん。一ヶ月くらい前かな……モニカお姉ちゃんがまた旅に出るっていうから、一緒に村を出たんだ」


「それじゃあ、モニカもここに?」


 ウィルベルの質問に、セーナはふるふると首を振った。


「モニカお姉ちゃんはわたしを放ってどこかに行っちゃったの! 武者修行だ〜って言ってね。だからわたしは一人でここに来て、お姉ちゃんを待ってたんだ」


 一ヶ月くらい前ということは、ちょうどウィルベルとは入れ違いにこの街にやってきたということだろうか。


「それでね、エマさんに聞いたんだけど。お姉ちゃん今すごーく困ってるんでしょ?」


「えっ? まあ、うん。困ってるかな」


 出し抜けにセーナは言った。ウィルベルは少し戸惑いながらも首肯する。


「だからね、今度はわたしがお姉ちゃんを助けてあげるんだ! あっ……今『足手まといだ〜』って顔したでしょ。モニカお姉ちゃんとユリウスお兄ちゃんに稽古をつけてもらったから、わたしもそれなりにやれるんだからね」


 そう言って、セーナはギュッと力こぶを見せつける。見るからに少女の細腕だが、三年前に比べれば随分逞しくなった。ウィルベルの陰で震えているだけの子供でなくなったのは明らかだ。


「ありがとう……セーナ。でも無理しちゃダメだよ? 私の言うこともちゃんと聞いてね?」


 ウィルベルは微笑み、セーナの頭を撫でた。子供扱いされることに不服そうなセーナだったが、唇を尖らせながらも頷いてくれる。


「それじゃあ、お姉ちゃん。まずどうするの?」


 それにしてもセーナ、なかなか状況の飲み込みが早い。あらかたのことはエマあたりから聞いていたのだろうか。説明の手間が省けるのであれば、ウィルベルにとっては楽でいいが。


「とりあえず、クララ・マーチロードっていう人を尋ねよう。折れた剣を見せないと」


 ウィルベルが腰に差したブラオローゼをつつく。

 クラマの戦闘から離脱した後、戻ってきたフリッツが回収してきてくれたのだ。刀身が真っ二つになっているから、直すことは難しいかもしれないが、ないよりはマシのはずだ。


 ウィルベルの戦いに、ブラオローゼは欠かせない相棒だった。新たな剣に持ち替えるにしても、凡百の剣ではもはやダメなのだ。ブラオローゼと同等以上の剣となると、央都で扱っているのはマーチロードの工房くらいのものだろう。


 二人は光の階を降りてルクセン南部の職人町、マーチロードの鍛治工房を目指した。

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