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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 カルテドルフの夜
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第二章♯1『寒村カルテドルフ』

「着いたぞ。ここがカルテドルフだ」


 指差した先には、古い作りの家々が並んでいる。


 北方領カーサスの南端にして、ヴァイスランドを縦に通るサリー街道の北端、カルテドルフである。人口は400人ほどで、主に酪農によって生計を立てている村だ。


 馬から降りて、手綱を引く。ウィルベルも後に続く。


 形だけの門番がいるが、出入りに関してはかなり自由で、田舎ならではの奔放さがある。


 奔放さがあるはずだったのだが…。


「と、止まれ! 何者だ!」


 二人の門番に呼び止められ、弱々しく槍を向けられる。学院に向かうときにここを通った時は、名前を記すくらいで通れたし、こんなふうに槍を向けられたりはしなかったのだが……。


「……私たちは魔術学院の学士です。どうか通して頂きたい」


 ウィルベルが胸の校章を見せながら言う。カーラが言ってたとおり、早速校章入りのマントが役に立ちそうだ。


「こ、これは失礼しました。どうぞお通りください」


 門番達がいそいそと槍を下ろし、気をつけの姿勢になる。先ほどの槍を構える仕草からも、彼らがこういった対応に慣れていないことが窺える。


「えっと……僕は少し前にもここを通ったんだけど、そのときはほぼ素通りだったんだ。……何かあったのかな?」


「それは……」


 門番達が言い淀む。やはり何かあったようである。門の左側に立っている、壮年の門番が重苦しそうに口を開いた。


「……学士殿、どうか我々をお救いください」




 ◆◆◆




 ——昼過ぎ、カルテドルフ、村長宅。




「どうぞ、お座りください」


 促されるまま、腰を下ろす。家の中には干した肉やジャガイモが吊り下げられている。一般的な農家といった佇まいだ。


 門での一件の後、僕たちは村長の家に通された。今は村長の家で、茶をすすめられている所である。


「先ほどは、村の者が大変失礼をいたしました。学士殿……どうかお許しください」


 この村の長が、頭を垂れる。威厳ある白髪の老人が、少女に頭を下げるというのは、はたから見て異様な光景だ。それほどまでに困窮した事態なのか。それとも魔術師はどこにいってもこういう対応をされるものなのだろうか。


「気にしていません。……それよりもこの村で何が起きているのか、教えてください」


 ウィルベルが応じる。旅の学士というのは、当然ながらウィルベルのことであり、僕は従者というのも憚られるような単なる付き添いだ。だから、村長と対話するのはウィルベルの役目なのだった。


 それにしても、ウィルベルは人見知りだと言った割にはまったく物怖じしていない。むしろ僕の方がこの場の重い雰囲気に萎縮している。


「1週間ほど前のことです……この村に人狼ウェアウルフが現れたのは」


 1週間前というと、僕がこの村を出発してすぐではないか。


「幸いなことに、まだ村人に被害は出ていませんが……家畜には被害が出ています」


「カークス辺境伯に討伐隊の要請は?」


 辺境伯は武闘派で知られ、民からの信頼も厚い。討伐の要請が跳ね除けられるということはまずないだろうが。


「もちろん、この村で一番足の速い者に向かわせましたが……しかし討伐隊が組織され、この村まで到着するのに早くともあと2週間はかかるでしょう」


 苦虫を噛み潰したような表情で村長が続ける。


「このまま家畜が殺され続ければ、我々の村が立ち行かなくなってしまいます。その前に村人に被害が出てしまうかもしれない」


「どうか……どうかお願いいたします。我々をお救いください」


 村長が深々と頭を下げる。そんな様子を見て、ウィルベルと顔を見合わせる。


「……少し、彼と話す時間をください」


 ウィルベルが村長に向かって言った。

 村長の家を出て、ウィルベルと並んで立つ。


「フリッツは……どうするべきだと思う?」


 ウィルベルが僕の顔色を窺いながら聞く。その問いに対する僕の返事は、村長の話を聞いている時から決めていた。


「僕は反対だ。危険すぎるし、時間はかかっても討伐隊を待ったほうが良い」


「でも……」


 どうやら、ウィルベルは人狼の相手をするつもりのようだ。彼女の性格からすれば、そうするだろうと分かっていたが、僕は護衛だ。そもそも危険な橋を渡らせないようにするのが一番なのだ。


「ウィルベル……気持ちは分かるけど、旅の目的を忘れちゃダメだろう? 下手をすれば、ここで命を落とすことになるんだぞ」


「うん、でも……ここでこの村の人を見捨てたら、きっとずっと後悔する。もし大きな被害が出る前に討伐隊が到着したとしても、きっと後悔する」


「はぁ……」


「……ごめん。私ひとりでやるから。フリッツは気にしないで」


 覚悟を決めたような表情で、ウィルベルが呟く。


「気にするに決まってるだろ! ……まったく、分かったよ! 手伝うよ……報酬分の仕事もしないとだしね!」


 声を荒げて言ったフリッツに、ウィルベルは驚いた様子だ。たしかに彼女の前で大きな声を出したのは、初めてのことだが、フリッツはもともとこういう人間である。


「……ありがとうフリッツ」


 初めからウィルベルの判断を尊重するつもりだということも、報酬という言葉が照れ隠しだと言うことも、ウィルベルには見抜かれているだろう。


 それと、自分で言ったことだが、「報酬」という言葉がなぜか頭にひっかかった。記憶の糸を辿ると、ハーブル校長との会話が思い出された。


 校長室に通されたあの日。報酬が多すぎるという僕の問いに対する、先払いじゃよ、というハーブル校長の答え。あのときはなんのことかサッパリだったが、まさかこの事態を予見しての発言ではないだろうか。


 いや流石に……でもあの校長なら……という疑念が頭の中で渦を巻くのだった。




 ◆◆◆




「人狼の件、私たちが対処します」


 村長の家へ戻り、席について開口一番、ウィルベルが言った。


「おぉ……なんと慈悲深い。心から感謝を」


 村長は額を床に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げる。ウィルベルが、頭を上げてくださいと村長に声をかけている。


「それで、人狼退治にあたって、もう少し情報が欲しいんですけど、何かありませんかね?」


 手を挙げ、村長に問うた。


 人狼は人に化ける魔物だ。むしろ魔物に化ける人と言った方が正確かもしれない。非常に賢く、正体を隠したまま人間社会に溶け込むことができる。そして、それが一番厄介なのだ。


 だがここは小規模な村。都市とは違い、見慣れぬ者がいればすぐに気付くはずだ。


「……そのことなのですが、実はもう人狼の見当はついております」


「ほう……?」


「人狼が現れたのと同じ頃に、怪しげな男が村から少し離れた廃屋に住み着き始めたのです」


 村長の話を聞くに、かなり怪しい人物だ。時期からしても、村の宿に泊まらず、廃屋なんぞに住んでいることからしても怪しい。


「村の者から聞いた話によると、襤褸を纏った、恐ろしい目つきの大男だそうで。皆、その者が人狼に違いないと噂しております」


 ウィルベルも頷いている。どうやら決まりのようだ。その男が本当に人狼ウェアウルフかはまだ分からないが、調べてみる価値はある。


 まずは、その男が住み着いているという廃屋を訪ねなければならない。最悪の場合、そのまま戦闘になる可能性もある。


 腰に下げた剣の感触を確かめた。

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