第一章♯2『旅は道連れ』
ウィルベルは戦利品のアップルパイを齧りながら、器用に馬を操っていた。フリッツが真似したら舌を噛んで気絶しそうな芸当だった。
宿場で酔っ払いをぶちのめし、ウェイトレスからお礼として渡されたのが、ウィルベルの抱えるお菓子の山なのだった。
ウィルベルは今、手綱を握らずに馬を操っている。はたからみれば大道芸のようだ。
フリッツはそんなウィルベルの左手に目をやって、ふと昔のことを思い出した。
「そういえばウィルベル。なんだっけ……あの、魔術用の触媒? か何かのグローブってもうしないのか?」
フリッツが言いたいのは、かつてウィルベルがブラオエで発掘したグローブのことだ。見た目は瀟洒なグローブだが、その実魔術の触媒となる武器でもあった。
ウィルベルはあのグローブを愛用していた記憶があるが、今の彼女はそういったものを身につけてはいなかった。フリッツが知っているものといえば、彼女に贈った緑玉髄のピアスくらいのものだった。
「ああ、あれね。もぐ、色々試行錯誤をして……今は『星辰の探求者』で形成することにしてるんだ……もぐ」
頬いっぱいに菓子を詰め込んだウィルベルが答えた。
「あっ、それも聞かせてくれよ。僕、ウィルベルのレゾンデートルのことも全然知らないし」
何度か見たことはあるものの、フリッツのそれと違い、ウィルベルのレゾンデートルは見た目からは能力が分かりにくいタイプだった。だから『星辰の探求者』がどういう効果を持つのかもほぼ知らないのだった。
「もぐ……最初は身体能力の向上と黒布での防御だと思ってたんだけど……ごく……あれの本質は私の意思に感応する粒子だったの。だから私の意思次第でどんな形にも変えられる。まあ、それに気がついたのはレゾンデートルを習得してからかなり経ってからなんだけどね」
ウィルベルは新たなカップケーキを取り出しながら言う。
実のところ、邪龍と戦った時にはあまり能力を活かせなかった。あの時はせいぜい、身体能力のサポートをさせるくらいのものだった。
落ち着いてから色々試していたときに、形を自由に変えられることに気がついたのだった。他にも、熱や魔力に対する伝導性も自由に変えることができる。
つまり『星辰の探求者』はウィルベルの思った通りの性質を持った物質を生み出す能力ということになる。自由度は高いが、その分扱いが難しい能力だった。
「その能力を使って、あのグローブをか。めちゃくちゃ難しそうだなあ。僕のレゾンデートルとは大違いだ」
フリッツの『守護王の威光』は、あらゆるものを灼く陽光を操る力。単純明快、そして強力といった具合だ。ウィルベルのものとは真反対の方向性といってもいい。
「一度手合わせしてみる?」
「や、やめとこう」
ケーキを頬ばり、目をパチクリさせて言ったウィルベルに、フリッツは血の気を引かせながら首を振った。
もし本気でやりあったら、どちらが勝つとか以前に、辺り一帯が大変なことになってしまいそうだ。
それになにより、フリッツは今のウィルベルに敵う気がしなかった。遠距離はもちろん、近距離戦でさえも、ウィルベルの戦闘センスには舌を巻く。
魔術の鋭さも増しているだろうし、体術と剣術の冴えは身をもって味わった。
現状、一番敵に回したくないのがウィルベルだった。
「ねえ、あれ何かな」
ウィルベルがケーキで前を差して言った。フリッツがそちらに目をやると、街道のかなり先で荷馬車が停まっていた。
荷馬車の側の人影がぶんぶんと手を振っていることからして、休憩中というわけでもないようだ。
「困ってそうだな。行ってみよう」
なんだか、前にもこんなことがあった気がするぞ? と思いながら、フリッツは馬の腹を蹴った。
そばまで近づくと、手を振っていた男が安心したようにパッと笑顔を浮かべた。
「どうかしたのか?」
「荷馬車の車軸が折れてしまって、立ち往生していたんですよぉ〜」
情けない声を上げて、商人風の男が馬にまたがるフリッツの足にすがりついてきた。
クリーム色のウェーブがかった髪は高貴さを漂わせていて、気の弱そうな目元をしているが、しゃんとすれば美男子と呼ばれそうな男だった。
「積荷を置いていくわけにもいかないし、どうすることもできなくて……お願いですから助けてくださいぃ」
「助けるって言ってもなあ」
恥も外聞もなく、といった様子で男が頼み込む。
とりあえず馬を降りて、横転している荷馬車の様子を確かめる。ウィルベルはフリッツの横に立ち、口の中でキャンディーを転がしていた。
ひっくり返った荷馬車の車軸は見事に折れていて、全体的な構造自体も歪んでいるようだった。どう見ても、この場で修理できる壊れ方ではなかった。どうしたものだろうか……。
「そうだ、荷馬車を直す魔術とかないのか?」
「あるわけないでしょ……」
フリッツの質問をウィルベルが呆れた顔で一蹴した。その言葉を聞いて、男は神に祈るように手を合わせた。
「なんとか荷物だけでも! これをクラマまで運ばないとボクは首を刎ねられてしまうんですよぉ!」
この男の行き先もクラマのようだ。もっとも、この街道を通るのはクラマ行きかヴァイスランド行きかのどちらかなのだが。
「……うーん、私の使い魔に運ばせてみるとか?」
少しの沈黙の後、そう提案したウィルベルが懐から青く透き通る石を取り出した。そして、それを少し離れたところにポイっと投げる。途端に石と同じ色の閃光が走り、 空間に複雑な紋章が描き出された。
「おぉ……地竜か」
閃光が収まり、召喚石から現れたのは美しい黒鱗を持つ地龍だった。キョロキョロと辺りを見回し、力強い四肢で地面を踏みしめている。
「背中に乗っければ、ある程度の荷物は運べるんじゃない?」
地竜の背中は広く、安定性がある。そして馬や牛よりも力強い。
地竜はグルルと喉を鳴らしてウィルベルに頭を擦り付ける。こうしてみるとペットのようだった。戯れにじゃれられたりしたら大怪我をしてしまいそうだが。
「助かりますぅ! ……お、おねがいしますね、地竜さん」
商人はおっかなびっくり地竜に手を伸ばす。地竜はジロリと商人を睨んで牙を見せるが、ウィルベルが角を撫でると大人しく商人の手を受け入れた。
「ところで、あなた名前は?」
「あっ、すみません! ボクはエミールです。ちっさな商家の三男坊です」
エミールはピシッと胸に手を当ててはにかんだ。先ほどまでの慌てた表情や不安げな表情とは違って、文句なしの美男子だ。
「僕はフリッツ。彼女はウィルベルだ」
「フリッツさんに、ウィルベルさんですね! ……ん? なんか聞いたことがあるような……むむ……ん!?」
フリッツの言葉を聞いて、エミールが眉根を寄せた。こめかみに手を当て記憶を辿っている。しばらく唸って、カッと目を見開いた。
「ま、まままさか! ヴァイスランドの英雄ですかぁ!?」
「ふふっ……そうよ」
ぷるぷると震えながら絶叫するエミールに、ウィルベルがクスっと笑みをこぼした。
有名人になってからというもの、多くの人に驚かれることがあったが、エミールほど表現豊かな人物はいなかった。きっとウィルベルもそうなのだろう。
一方のエミールの方はといえば、顔をどんどん青くしていた。そして突然地面にひれ伏したかと思うと、涙を浮かべて祈り始める。
「ひえ……命だけはお許しくださいいい!」
そんなエミールの態度に、フリッツは肩をすくめた。
「おいおい、僕たちは山賊じゃないぞ。残忍な貴族でもないし……そんなに縮こまらないでくれよ」
「で、でも……ボクみたいな下賎な者が……」
「旅は道連れ、世は情けよ。こうなった以上もう遠慮はさせないからね」
ウィルベルがそう言って、有無を言わせずエミールの言葉を断ち切った。
ゆるっと微笑むウィルベルを見て、エミールはいまだ遠慮がちながらも、こくこくと首を縦に振った。
旅は道連れ、世は情け。
こうして、クラマへの旅にエミールが加わったのだった。




