序章♯4『久方の帰還』
白亜の塔が天を貫き、その麓に人の営みが連なっている。
ウィルベルの目には懐かしく、フリッツの目には帰るべき場所として映る央都ルクセンに戻ってきた。
相変わらずの往来に加えて、戦争難民の流入も目立つようになってきた。元々対外的に開けた都市なこともあって、今はまだ難民と住人の軋轢のようなものはないが、それも時間の問題だろう。
現在、七賢決議会が難民街の増設を検討中という話も出ている。これからのアラム帝の出方によっては、その構想も現実となるかもしれない。
「あまり変わっていないね、西区の復旧はもう済んだようだけど」
メインストリートを走る馬車の中から、ウィルベルが街の様子を眺める。
三年前、邪龍の襲撃によって受けた物理的な傷跡はほぼ修復され、今や人々の記憶の中にのみあるという状態だ。
「西区の都市開発はかなり先進的でね。機械や魔術の研究所なんかはあの辺りに多いよ。僕たちのギルド本部も西区だし」
「登城の後にでもお邪魔するわ。フリッツの三年間の成果も確かめたいし」
しばらく走り、一際大きく豪奢な塔の前で馬車が止まる。フリッツは馬車から降りて、ユミエルとワイルズに声をかける。
「報告は僕達で済ませておくから、先に戻っておいてくれ」
「あいよ〜」
塔の内部に向かっていくウィルベルとフリッツを見おくり、ワイルズが馬を走らせる。
御者席にぴょこっと顔を出してきたユミエルは、唇を尖らせていた。
「なーんか、団長を取られたみたいで悔しいね」
ユミエルが言った。しかしその声色にウィルベルを非難するようなものはない。純粋に、自らの力不足を悔やんでいた。
「まあそう言うな。団長にとってウィルベルさんは特別だ。俺たちが割り込む余地なんてないんだよ」
「うん、でも……一緒にいた時間は私たちのほうが長いはずなのに……絆ってやつなのかなぁ」
フリッツとウィルベルが行動を共にしていたのはおよそ半年ほどだと聞いている。それに対してユミエルとワイルズはもう一年になる。重ねた時間では埋められないものを実感させられる気分だった。
「団長の隣に立てるのはウィルベルさんしかいねえ。俺も悔しいが、こればっかりは仕方ねえよ」
そうだねぇ、と脱力したユミエルが言った。
◆◆◆
その頃、フリッツとウィルベルは一際大きな塔――通称、光の階の中央螺旋階段を上っていた。
途中すれ違う使用人や役人・騎士たちが、二人の姿を認めると仰々しく敬礼をする。
二人はこのヴァイスランドにとっての英雄なのだ。この待遇も当然というもの。しかし長い央都暮らしで慣れたフリッツとは違い、ウィルベルのほうは居心地の悪さを感じていた。
彼女はもともと人の注目を集めるのが嫌いなタイプだ。だからこそ、英雄英雄と湧く三年前の央都を、そそくさと逃げるように去ったのだろう。
今はむしろそのせいで、より注目を集めてしまっている節があるが。
「ここに来るのも久しぶりだね。あの頃を思い出すよ」
螺旋階段をコツコツと上りながら、ウィルベルが言った。
「あれがもう三年も前なんだもんな……時間が流れるのは早いよ」
三年前にも、二人はこうして肩を並べていた。何も変わっていないような気がしても、確実に何かは変わっていってしまっている。それがひどく恐ろしいことに感じられた。
「また、ああいう冒険がしたい?」
「それは……どうかな。したいような、したくないような」
以前と変わらない悪戯っぽい笑みを浮かべるウィルベルに、フリッツが答える。
本心ではきっと、またウィルベルと旅をしたいのだと思う。しかし、今はフリッツも自分勝手に動いて良い身分ではない。自ら望んで得た状況だというのに、そういったしがらみを持たない彼女を羨ましく思った。
(変わったのは僕だけか……)
「そうは言ってても、流れに流されて危険な旅をするのが君らしいけどね」
ひとり落ち込みそうになったフリッツだったが、ウィルベルの言葉に救われた。
きっとまた、心踊る冒険ができる日も来るだろう。
「……違いない」
両開きの大扉が開き、二人は王の間へと入っていく。玉座とは別に設えられた七つの椅子、その中心に修道服に身を包んだ女性が座っていた。彼女はエマ――国王不在のヴァイスランドにおける最高指導者である。
「お二人が揃うのは懐かしいですね……ウィルベルさん、ご健在でなによりです」
エマがにこやかに言った。フリッツは邪龍戦争の後もしばしばここを訪れていたが、ウィルベルがここに来たのは三年ぶりだ。
「フリッツさんも、長旅ご苦労様でした」
「いえ……それより、調査を頼まれた遺跡にウィルベルがいたんですけど、偶然ですか?」
「まさか……フリッツさんにはウィルベルさんを迎えに行ってもらったんですよ」
当たり前じゃないですか、とでも言いたげだ。
「でもそれなら、最初に言ってくれれば良かったのに」
「それじゃあ面白くないじゃないですか。せっかくの再会なんですから、ドラマチックじゃないと」
エマが目を細めながら言った。フリッツには彼女がどこまで本気なのか分からない。底の知れない人物なのだ。
「……今回お二人をお呼びしたのは、あることをお願いしたいからなのです」
「あること?」
「はい……ここより南方にクラマという国があります。クラマはヴァイスランドと友好を結んでいる国で、年に一度お互いに使者を送っているのです」
「はあ」
「普段ならわたしがクラマに行くのですが……周知の通りの事情で、わたしはここを離れられません」
エマが物憂げに目を伏せた。ウィルベルは一瞬瞳を閉じて、エマの憂慮について思考を巡らせる。
「ユーヴィク帝国の脅威ですか」
「その通りです。わたしやアルヴィンを含め、七賢決議会に席をおく者が今この国を離れるわけにはいきません。しかし、一国を代表する使者という立場を適当な者に任せるわけにもいきません」
「そこで私たちの出番というわけですね」
なるほど、確かにそういう事情であればフリッツとウィルベル以上の適任はいない。二人がいなくても国政に不備が出ることはない上に、英雄としての知名度もある。
「ええ。お願いできますか?」
エマの言葉に、ウィルベルは腕を組んだ。知的好奇心に透き通った瞳は、雄弁に答えを語っていた。
「……私は行きます。南の国というものに興味もありますし」
「僕たちに任せてください」
エマがにっこり笑って「ありがとう」と答える。
使者の任ということであれば、たいした危険もないだろう。南国への旅行だと思えばいいのだ。
ウィルベルはぺこりと会釈をすると、マントを翻しながら踵を返した。フリッツもそれに続く。
エマは少しだけ成長した二人の背中を見送った。




