♯6『エピローグ』
フリッツの目の前には、多くの捕虜が並んでいた。シラの兵士達と、その王子達である。ここまでの痛手を被れば、もう進軍できまい。この場で為すべきことはもう終わった。
「ワイルズ、ここは任せる。俺は部隊の半分を連れてローレライに向かう」
「うーっす。お気をつけて」
襲撃を受けたローレライは、いまだシラの支配下にあるはずだ。あの国は常備軍を持っていない。油断をしていれば、少数の敵兵でも致命的になってしまうような国だ。
一刻も早く、民間人の安全を保障しに向かわなければならない。
フリッツが部隊の者に声をかけて、ローレライに向かう者を集めていると、シラの王子を尋問していた仲間が慌てて近づいてきた。
「フリッツさん! ローレライのことなんですが、どうやらシラの先遣隊は攻略に失敗したようです」
「……そうか」
先遣隊の司令官のはずのオノワールが、こんなところまで戻ってきていた理由が分かった。ローレライの支配が盤石となったからだと思っていたが、そうではなかったらしい。
だが、これによって別の疑問も浮上してくる。少人数とはいえ、精鋭の騎士に対抗する力はローレライにはないはずだ。一体何が起こったのだろうか。
フリッツの疑問を予想してか、仲間が言葉を続ける。
「先遣隊の者たち曰く……“月光の魔女”が現れたそうです」
「っ……分かった。ありがとう」
――月光の魔女。フリッツにとって唯一無二の相棒。
彼女がヴァイスランドを出て行ってからもうしばらく経つ。結局あれから一度も会えていない。連絡すらなかったのだから、生きていることが分かっただけでも良かったと思うべきか。
立ち止まって沈黙したフリッツに、ワイルズが気遣わしげな視線を向ける。
「急がなくていいんですかい?」
「……いいんだ。僕が着いた頃にはまたどこかへ行ってる。ウィルベルはそういう奴だから」
フリッツはそう言って、物資の手配を始めた。
いつかまた時がくれば会えると信じているからこそ、目の前のことに集中できる。ウィルベルもきっと、そう思っているはずだ。
◆◆◆
ローレライの城下で、ウィルベルは馬に少ない荷物を積んでいた。その様子を眺めるソフィアは、何か言おうとしてはモゴモゴと口を噤んでいた。
「ウィルベルさん……本当にもう行ってしまうんですか? もう少しゆっくりしていっても……」
ソフィアの言葉を聞いて、ウィルベルが手を止める。
「……もうじき、ヴァイスランドからの援軍がここに来るはずなんだ。その中にちょっと今はまだ顔を合わせ辛い奴がいてね……」
ウィルベルは苦い顔で言った。
ウィルベルが顔を合わせにくい相手とは一体どんな人物なのかと、ソフィアは不思議に思う。しかし、ウィルベルの意思は固いようだった。
「……また、会いに来てくれますよね」
「もちろん。落ち着いたら、訪ねに来るさ」
荷物を積み終わったウィルベルが、鐙に足をかけてヒラリと馬に飛び乗る。夜空色のケープをはためかせ、馬上からソフィアを見下ろす。
「また会おう、ソフィア」
「はい。さようなら、ウィルベルさん」
答えるソフィアにニコリと笑いかけて、ウィルベルが馬の腹を蹴る。小さな背中が、月に照らされながら夜の中に消えていく。
残されたソフィアは大きく息を吐いた。
今日という一日は、これまでの人生の中で最高に波乱に満ちていた。ウィルベルがいなければ、ローレライの歴史は今日で終わっていたかもしれない一日だ。
それなのに、ウィルベルは礼も受け取らずに行ってしまった。きっと、どんな場面でもそういう生き方をしてきたのだろう。
ウィルベルが顔を合わせ辛いという相手も、ウィルベルに感謝を伝えたい人なのかもしれない。だとしたら、その人とは気が合うだろう。
恥ずかしがり屋な英雄に恩を持つもの同士。そして、いつかきっと彼女の力になろうと決めたもの同士。
ソフィアは踵を返し、王宮の方へ向かっていく。新たな思い出を抱きながら、これからを生きていくのだ。




