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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
ローレライの黄金
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♯4『月光の魔女』

 謁見の間には、多くの騎士達と捕虜たちがたむろしていた。いくら拷問してもアルシス王が口を割ることはなく、オノワールの苛立ちは頂点に達していた。


 王は捕らえた。王宮も陥とし、街はすでに支配下。しかし、目的のものは手に入らない。もし黄金がただの伝説で、そんなものは存在しないのだとしたら、とんだ茶番だ。


 この侵攻に際してシラの国も危険を犯している。一方的な侵略は大変風評が悪い。ヴァイスランドあたりはすぐに手を出してくるはずだ。あの国には若い英雄もいる。まともにやりあっては押し切られてしまうだろう。


 そのためにも一刻も早く黄金を手に入れ、それをもとに軍備を進めなければならないのだ。


 第二王子率いる大軍もローレライに迫っている。この国の支配が盤石になるのも近い。まだ焦る必要はないが、無駄に時間は消費できない。


 窓から外を眺めていたオノワールに、ひとりの騎士が近づく。捕虜たちに聞かせてはまずいことなのか、オノワールに耳打ちをする。


「オノワール様。王宮に侵入者です」


「侵入者だと?」


「女が二人。うち一人はソフィア姫のようです」


 女がたった二人で一体なにをするつもりだ。憐れな父と心中でもしに来たのか。

 しかし、ソフィア姫か。戦利品としては申し分ない。


「……ソフィア姫は殺すな。捕らえて連れてこい」


 騎士が下がり、数人の騎士を連れて出て行く。たかが女二人、警備の騎士も合わせれば十分足りるだろう。


 黄金さえ手に入れればこの国にもう用はない。勢いに乗ったシラが諸国を下し、覇権を握る時代が来るのだ。




「ウ、ウィルベルさん……」


 ソフィアは絶句していた。目の前には多くのシラの騎士達。その全員が痛みに呻くか、昏倒している。濁流のように押し寄せてきた彼等は、ウィルベルによってことごとく打ち倒された。まるで舞踏のように鮮やかな手腕だった。


「ソフィア、庭園はこの先だ。私は捕虜を助けに行くから、ここからは一人で行くんだ」


「そんな……一人じゃ無理です!」


 首を振るソフィアの肩にウィルベルが手を置く。


「無理じゃない。守りの召喚獣を付けてあげるから、君は先に進んで、君にしか出来ないことをやるんだ」


 ウィルベルの足元の影が伸びて、そこから大きな獣が現れる。美しい灰色の毛並みを持つ狼だ。その狼はソフィアを鼻でつついて、先へと促す。


「いたぞー!!」


 廊下の奥から、またワラワラと騎士達が走ってくる。ウィルベルが廊下に立ち塞がり、ソフィアに背中を向ける。


「さあ行って!」


 狼がソフィアの身体を持ち上げ、背中に落とす。ソフィアがしっかり掴まるのを待って、庭園に向かって駆け出した。


 後に残ったのはウィルベルと、相対する騎士達。新たに現れた騎士達は、すでに壊滅した同胞達をみて困惑している。この女が、一人でやったのかと。


「き、貴様は何者だ!」


「……さあ?」


 ウィルベルが曲剣を握り直す。薔薇の装飾が煌めき、光を吸い込むような刀身が静かに空を裂いた。それを見た騎士達が圧倒される。凄絶な何かが、その剣からは発せられていた。


「待て……あの剣まさか"ブラオローゼ"では……!?」


「へぇ、詳しいね」


 刀匠マーチロードが"ドラゴンベイン"と共に鍛えた名剣。持ち主として知られているのは、龍狩りの英雄の一人の。


「こいつ、間違いない! "月光の魔女"だ!」


「ご明察」


 ウィルベルが一歩踏み出すと、戦意を喪失した者が剣を取りこぼし、またある者は逃げ始める。蜘蛛の子を散らすように、どんどん数が減っていく。


 彼等の心の中にあるのは絶望だった。その絶望は、力量差によるものだけではない。彼等は少なからず、この侵攻に負い目を感じていた。しかし、国のため、家族のためと、己の心に言い聞かせてきた。


 だが英雄と対峙した彼等は、自らが英雄に斬られる側だと思い知ってしまったのだ。


 ――もう戦えない。


 ウィルベルは騎士達を無視して廊下を進む。そして捕虜が囚われている謁見の間の扉を開いた。


 カツカツとブーツを鳴らして、中央に歩み出る。対峙するのは第一王子オノワール。さすがの彼も、苦い表情をしていた。部屋の端の方では、アルシスと捕虜達が身を乗り出している。


「これはこれは、驚きました。まさかヴァイスランドの英雄と出会うことになるとは。お会いできて光栄」


「御託は結構。捕虜を解放しなさい。さもないと……」


「さもないと?」


「手足の腱を切って市民の前に引きずりだす。生憎だけど、私は"もう一人"の方ほど甘くはないの」


「……恐ろしい、実に。だがミス・ミストルート。貴女は二つ、ご存知ないことがある……」


 オノワールは指を立てて意味深に言葉を区切った。その瞳は怪しく細められている。


「続けて?」


「私の部隊はあくまで先鋒、弟率いる五万の本隊がこちらに向かっています。いくら貴女でも、それを相手にはできまい。……そして、私は血統だけのボンクラではないということだ!」


 オノワールが腰のレイピアを抜き、ウィルベルの心臓を狙う。厳しい訓練の果てにしか得られぬ、神速の一撃だった。


「っ……!」


 ウィルベルは身をよじって、すんでのところで避ける。肩が浅く斬り裂かれ、血が滲んだ。

 対するオノワールは、美しい姿勢でレイピアを構えている。ウィルベルも左手を前方に、右手のブラオローゼを下段に構える。


(侮っていい相手ではないか……)


「加減はやめておこう――『星辰の探求者(アイテール)』」


 ブラオローゼから夜空のような深い黒の布が伸びる。翼のようにはためき、ウィルベルの首元を覆う。瞬く間に、不定形なケープのような形を作った。


 オノワールは生唾を飲み込んだ。夜霧のようなケープが、威圧するようにたなびく。


 ウィルベル・ミストルートの奥義――『星辰の探求者』だ。相棒として知られるフリッツ・ローエンのそれとは違い、実際に見たことのあるものは一握りで、能力を知るものはウィルベル自身ただひとり。由来も効果も、すべてが謎に包まれていた。


「相手になろう。シラの王子」


「なんとも光栄だ! 英雄を討つ名誉とはな!」


 捕虜と騎士達の前で、二人が斬り結んだ。

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