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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
ローレライの黄金
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♯3『黄金へ至る鍵』

 ウィルベルは梁の上から、謁見の間を見下ろしていた。視線の先には、アルシス王とシラの騎士達……そして第一王子オノワールの姿がある。

 アルシス王は後ろ手に縛られ、オノワールの前に跪かせられていた。


「あまり手を掛けさせないでもらえますかねぇ……すでにローレライはシラの手中。あなたの無駄なあがきの分だけ、民が苦しむことになるんですよ」


 側に控えていたシラの騎士が、アルシスを殴りつける。石造りの床に血が飛んだ。


「ぐっ……」


「国王である貴方が知らないのであれば、一体誰が知っているというのです」


 またしてもアルシスが殴られる。

 ウィルベルは気配を殺して、会話の内容に思索を重ねていた。


(国王でさえ知らない? ……黄金"のことか。シラはローレライの"黄金"を奪うためにこんなことを……)


 だが、黄金の在り処は誰も知らないはずだ。それを調査するために、ウィルベルが呼ばれたのだから。


 この調子では、"黄金"の引き渡しを条件に降伏することも難しいだろう。シラの連中が納得するはずがない。


 ともかく、ウィルベルが今ここで出来ることはなさそうだ。アルシスが捕らわれている状況では、騎士達を全滅させるのも難しい。ソフィアのこともあるし、一度戻って対応を考えないと。


 梁の上を去って、屋根の外に出る。そのまま屋根の上を渡って、城下町の方まで走っていく。


(ローレライの黄金は一体どこにある……そもそも、黄金とは何だ? まさか金塊ではないだろう。国王ですら知らされない……しかし失われてはいない。どこに継承されている……?)


 屋根の上を飛び回りながら、頭を働かせる。ここまでの調査で分かったこと、状況から判断できることを組み合わせて、いくつもの選択肢を考えていく。


(ローレライの特殊性……この国にだけ成立する条件……)


 その時、ウィルベルの思考に雷光が走った。

 あるじゃないか。アルシスが知らずに、しかし王家には遺り続けるものが。


 ウィルベルは建物の上を、風のように駆けた。




 ソフィアが隠れている空き家の前まで戻ってきて、扉を開く。中では、ソフィアが神妙な面持ちで椅子に腰掛けていた。ウィルベルの姿を認めると、安心したように息を吐いた。


「ソフィア、とりあえずアルシス王は無事だ。それと今から君に頼みたいことがある」


 無事と呼べる状態だったかはともかく、やみくもにソフィアを不安がらせても仕方ない。今は彼女にやってもらわなければならないことがあるのだ。


「頼みたい……こと?」


 ソフィアは首をかしげた。ウィルベルはソフィアの両肩を掴んで、真剣な目をした。


「ローレライの黄金についてのこと……黄金に至る鍵は、君の中にあるはずなんだ」


「ど、どういうことですか?」


 戻ってくるやいきなりのウィルベルの言葉に、ソフィアが驚く。


「黄金の秘密はアルシス王ですら知らない……だがずっと継承されてきたものだ。秘密を知っているとしたら、もはや君だけだ。ローレライの王族は女性しか生まれない。母から娘へ……ずっと伝えられてきたんだ。だから君のお母さんも、君へその秘密を託したはずだ」


 一子相伝の秘密だからこそ、アルシスは知らなかったのだ。男性の国王は治世のために、そして真の国王がローレライの秘密を守る。それが、この国でずっと続けられてきたことなのだ。


「ローレライ王家の始祖は水の精霊と契約を交わし、そして黄金を得た。それをもとにこの国を創ったんだ。……王宮の庭園はこの国の丁度真ん中にあり、あの水はすべての水路に通じている。きっとあそこが鍵穴で、君が鍵だ」


「でも私……そんなこと聞いた覚えは……」


「必ずある。思い出して……あの庭園で、お母さんが教えてくれたものを」


 母はソフィアが十歳の時に他界した。だから、ソフィアが記憶する母との思い出はすべて幼年期のものだ。そんな子供に、この国で最も大切な秘密を教えたりするものなのか……。母はそれを伝えないまま、この世を去ってしまったのでは……。


 ――歌が


 ――歌があった


 母と自らの記憶への疑念の中、心の湖の底から浮上するように、思い出の歌が蘇った。


「母から教えてもらった歌があります……朝にもお話しした、不思議な歌です」


「……きっとそれだ。それに賭けるしかない!」


「で、でも私、その歌はもうおぼろげで……それにどうやって王宮に入るのですか!?」


「安心して、道は私が開くから。だからあの庭園まで行って、そこで歌うんだ」


 ソフィアはごくりと喉を鳴らした。自分の肩に、今まで経験したことのないほどの重みがのしかかっている。


 ――ここでやれなければ、この国が終わってしまう。偉大な父も、優しいメイドたちも、おいしい屋台も、思い出の中の母も……。


 ウィルベルがソフィアの手を握った。手のひらの暖かさが伝わって、勇気が湧いてくる。ソフィアは、高いヒールを脱ぎ捨てた。こんなものを履いていては走れない。

 ソフィアの覚悟がウィルベルにも伝わったのか、一層強く手を握る。


「行こうか、ソフィア」


「お願いします、ウィルベルさん」


 二人は空き家を出て走り出した。目指す先は王宮、その先にある庭園だ。

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