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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯33『陽剣と月光』

 辺りの様子をぼーっと眺めながら、フリッツはグラスに入ったワインを口に含んだ。苦味と香りが口に広がる。


 フリッツの周りは、豪奢に着飾った男女で溢れていた。若い者で十三歳頃から、老いた者で六十代くらいまで。まさに老若男女が集っていた。邪龍討伐記念舞踏会の会場である。

 女性はほとんどがドレスだが、男性はタキシードやサーコート、勲章の下がった軍服など、様々な職の人々が来ているようだった。


 フリッツは数時間前、押し寄せてきた侍女の群れに部屋を追い出され、男性の従者にここまで連れられてきたのだ。控え室で儀礼用のサーコートを着せられて、広間に放り出されたというわけである。


 ウィルベルもそのうち、ドレスを着せられてここに連行されてくるだろうと思い、ちびちび酒を飲みながら時間を潰しているのだ。

 そもそも社交界に繋がりがあるわけでもないし、誰も話しかけてこない。人混みの中でひとり酒だ。


「フリッツさん。お隣良いですか?」


「ん? あっ、ヴィリアーズ卿!」


 フリッツに声をかけてきたのは、ブラオエで会った貴族。ヴィクター・ヴィリアーズだった。彼は公爵だったはずだから、この場にいても何も不思議ではない。


 それにしても、やはり様になっている。細身のタキシードは彼によく似合っているし、なにより立ち居振る舞いに華がある。貴族の子息として、こういう場は慣れっこなのだろう。


「はは……ヴィリアーズ卿は勘弁してください。ヴィクターと呼んでくださいよ」


「えっ……ああ、はい」


「敬語もやめてください。僕はフリッツさんと友人になりたいと思っているんです」


 ヴィクターは雰囲気が以前かなり変わった。なんというか、甘えた感じがなくなった。あのときのウィルベルの言葉がかなり効いたのだろうか。


「……そうか、ヴィクター。それにしても、聞いたよ。七賢決議会で、ウィルベルのこと助けてくれたんだろ?」


「ええ、まあ。ブラオエでウィルベルさんに叱られてからというもの、自分なりに色々頑張っていたんです。そのとき、エマ様に声をかけられましてね。ウィルベルさんを助けるのに協力して欲しいと。二つ返事で受けましたよ」


 やはりエマの根回しか。しかしそれがあったとしても、まだ若い跡取りが歴々の当主を差し置いて貴族会の代表者になるなど、楽なことではなかったはずだ。本当に頑張ったのだろう。


「そういえば、ウィルベルさんは? お姿が見えませんが」


「うーん。多分そろそろ来ると思うんだけどな」


 フリッツがそう言ったところで、会場の入り口がざわつき出した。有名人でも到着したのだろうか。ヴィクターに誘われて、野次馬根性丸出しで騒いでいる方を見に行く。


 どうやら人の輪の中で、若い娘が数人の男に言い寄られているようだ。娘の方は戸惑っているが、男たちの方はなんとか気を引こうと話しかけている。


「あれ誰? 有名人?」


 背伸びをしてその様子を眺めるフリッツがヴィクターに聞く。社交界に精通しているであろうヴィクターなら、あの娘が誰か知っているかもしれない。


「何の冗談ですか。彼女、ウィルベルさんでしょう?」


「えっ? うーん?」


 ヴィクターに言われ、もう一度その娘をよく見てみる。

 うーん。似ている……ような気もするが、別人じゃないのかあれは。数ヶ月共に過ごしたフリッツが、いくら着飾ったとはいえウィルベルを見間違えるはずがないし。


 じーっと見ていたからか、娘がフリッツの視線に気づき、ばっちり目が合う。すると、その娘はフリッツの方にずんずん近づいて来て、フリッツの胸ぐらを掴んだ。


「ぐえ!」


「見てないで助けてよ! このバカ!」


 ギリギリと締め上げられ、情けない声を上げる。

 この声、間違いなくウィルベルだ。近づいて見れば、たしかにウィルベルだった。


「まあまあ、ウィルベルさん。フリッツさんも、ウィルベルさんがあまりに美しいので見惚れていらっしゃっただけですよ」


 ナイスフォローだ、ヴィクター。


「あ、あら、ヴィリアーズ卿。お久しぶりです」


 ウィルベルはヴィクターに気づくと、フリッツを解放してよそ向けの猫かぶりモードになった。いまさら繕っても遅いと思うのだが。


「どうぞ、お気軽にヴィクターと呼んでください。それにしても、本当にお美しい」


 ヴィクターがウィルベルの手を取り、その甲に口づけをする。いちいち行動が様になっている男だ。ウィルベルもまんざらでもなさそうにしていて、先ほどフリッツの首を絞めた娘とは思えない。


 それはともかく、確かにヴィクターの言う通り、ウィルベルは美しかった。背中が大きく開いた漆黒のドレスに、結われた髪。周りのご令嬢達よりも一線を画した美しさだ。騒ぎが起こるのも無理はない。


 先ほど絡んでいた男達は、ヴィクターの姿を見つけると早々に退散していった。地位も美貌も兼ね備えた色男だ。彼を相手にしたら、退散するのも無理はない。


「ウィルベル、もうすぐ始まるぞ。もう何言うか決めたのか?」


「…………」


 ウィルベルはフリッツをジロリと睨む。

 この様子からして、ヴィクターの嘘は看破されているらしい。フリッツがウィルベルに気づかなかったのが、よっぽど気に障ったようだ。


「……決めたけど、そっちは?」


「僕はもともとウィルベルの付き添い役みたいなものだしなあ」


「ご主人を見分けられない付き添いがいるなんて、世の中珍しいこともあるものね!」


「わ、悪かったって」


 嫌味ったらしく罵るウィルベルに、なんとか許してもらおうと平謝りしていると、壇上で挨拶が始まった。


「皆さん、よくいらしてくださいました。七賢決議会議長のエマでございます。本日は、かの邪龍の討伐記念の舞踏会ということで、立役者のお二人をお呼びしております。お二人、前へどうぞ」


 ウィルベルと顔を見合わせて、前に進み出て、壇上に上る。多くの視線が(ウィルベルに)集まり、居心地が悪い。


 段取りでは、まずはフリッツから自己紹介、ということになっていた。一歩前に出て、喉の調子を整える。


「あ、えー。皆さん、はじめまして。こちらの、ウィルベル・ミストルート……様の騎士、フリッツ・ローエンでございます」


 パチパチと拍手が起こる。へこへこ頭を下げて、一歩下がる。フリッツと入れ替わるように、今度はウィルベルが前に出る。


「魔術師のウィルベル・ミストルートです」


 それだけ……? というような困惑を含んだ沈黙の後、拍手が起こった。まったく場慣れしていない二人の様子を見て、エマが苦笑しながら式を進行する。


「お二人は、邪龍討伐に際して多大なる貢献をしてくださいました。お二人がいなければ、ヴァイスランドは今もまだ邪龍の脅威に怯えていたことでしょう。この活躍を称して、七賢決議会議長の名の元にお二人に叙名を行いたいと思います」


 エマの宣言に、会場が湧く。

 叙名というのは、いわば英雄としての認定だ。その価値は、授ける者によって決まる。以前は王が執り行っていたが、現在はエマがその役目を担っている。つまりエマからの叙名は、ヴァイスランドでもっとも権威のある名ということだ。


「ウィルベル・ミストルートの騎士、フリッツ・ローエンに――『陽剣』の名を!」


『陽剣』! 『陽剣』! と会場が唱和する。


 剣の名を与えられるのは、騎士にとって最高の名誉だ。歴史的瞬間の証人となった観客は口々にフリッツへの賛辞を述べる。


「続いて、ウィルベル・ミストルートに――『月光』の名を!」


 こちらもまた大きく盛り上がった。

 光の名は魔術師にとっての最高位。ウィルベルもまた、これで歴史に名を残すことになる。


 フリッツの『陽剣』とウィルベルの『月光』。

 二つの名は、お互いに反していて、それでいて分かち難い。

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