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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯32『淡光の舞踏』

「フリッツ君! ウィルベル君は!?」


 ウィルベルがフリッツを置いて飛び去った後すぐに、アルヴィンとギルバートがやってきた。二人は辺りの戦闘跡を見渡し、ウィルベルの姿がないことに気づいたアルヴィンが、フリッツに問い詰めているという場面である。


「邪龍を追って、この先の廃教会に落ちていきました!」


「……まったく、手間をかけさせる」


 ギルバートが舌打ち混じりにボヤくが、その顔は微かに焦りを浮かべている。

 なんだかんだと言っても心配しているのだろう。ウィルベルから「根は良い人」という風に聞いてから、無闇と敵視するのはやめにしたのだ。それがギルバートに伝わっているかは定かではないが。


 ともかく、廃教会を目指して三人で走ったのだ。




 十数分ほどかけて、廃教会にたどり着いた。傾いた扉を蹴りあけ、内部の捜索を始める。

 そこそこの広さがある建物なので、三人それぞれ別れてウィルベルを探す。


「おーい! ウィルベル! いるなら返事してくれー!」


 埃の積もった廊下を、大声を出しながら走る。舞い上がった埃を吸い込んで、咳き込みそうになるのも気にしない。それよりも、今はウィルベルの無事を確認するのが先決だった。


 廊下の突き当たり、ひときわ豪華な扉を開く。そこは広大な礼拝堂だった。天井には大穴が開いていて、奥のステンドグラスからは柔らかな光が見え差している。


 その礼拝堂の祭壇の前、倒れこむウィルベルの姿があった。


「ウィルベル!!」


 急いで駆け寄り、肩を抱きおこす。手には剣が握られていて、頬には涙の跡があった。どこを見渡しても邪龍の姿はない。まさか逃げられたのか。


「おい! しっかりしろ!」


 腕の中でウィルベルを揺さぶる。すると、ウィルベルが眉根を寄せて呻き声をあげる。どうやら気を失っていただけのようだ。安心感からギュッと抱きしめる。


「ん……フリッツ?」


「ああ、そうだよ。フリッツだよ」


 細い声で呼びかけるウィルベルの耳元で答える。フリッツの方は感極まって涙を流しそうな勢いだが、フリッツの腕の中で身をよじったウィルベルが不満げな声を発する。


「苦しいんだけど」


「ごめん……でも、本当に心配したから」


 もしウィルベルが死んだら。それを考えずにはいられなかった。

 ウィルベルのために戦うと誓ったフリッツにとって、彼女の存在は何よりも重い。生きる意味とも呼べる存在だ。それを失ってしまえば、いくら力をつけたところで生きてはいけない。


「ごめん……ありがと」


 フリッツの心中を察したのか、ウィルベルがフリッツの頬に手を伸ばす。


「邪龍は、どうなったんだ」


「……倒したよ。今は私の中に」


「そうか……終わったんだな」


 ウィルベルが立ち上がろうとしたので、フリッツが側で支える。身体的にも問題はないようで、彼女はサッと立ち上がった。


「うん。ひとまずね」


 ウィルベルが伸びをしながら言った。

 彼女の言う通り、「ひとまず」だ。邪龍を倒したからといって、フリッツの物語が終わるわけではない。文字通り、死ぬまで続くのだ。それにしても――


「長かったなぁ」


「大変なことばっかりだったね」


 老人のような雰囲気を醸し出したフリッツに、ウィルベルがくすくすと笑いかける。

 二人以外は誰もいない礼拝堂に、二人の笑い声がこだました。




 ◆◆◆




 ――三日後。


「ぐっ!? こ、これ、キツイです……!」


「そういうものです」


 侍女はこともなげに答えると、情け容赦もなく、もう一度紐を引っ張る。


「ぐえっ!」


 お腹が締め付けられ、ウィルベルは潰れたカエルのような声を上げた。

 貴婦人のたしなみ、コルセットの装着中である。社交界など縁遠きものだと興味すら持たず、いつもゆったりした服を着ているウィルベルにとって、限界まで腹を締め付けるこの装備は初めての経験だった。


 なぜこんなことになってしまったのか。それは三日前まで遡る。




 邪龍を討伐したウィルベルとフリッツは、アルヴィン、ギルバートと共に光の階に帰還した。エマに報告を済ませ、いざ立ち去ろうとした時である。エマに呼び止められ、しばらくは央都に滞在するように言われたのだ。


 なんでも、邪龍討伐の記念パーティーをするのだとか。

 一応、邪龍討伐の立役者として二言三言スピーチをしてから、さっさと立ち去るつもりのウィルベルだったが、そうは行かなかった。


 邪龍討伐から一夜明けた朝、つまり二日前の朝に、宿泊していた部屋にお針子の女性達がなだれこんできたのだった。同室のフリッツは寝ぼけ眼のまま部屋を追い出され、ウィルベルは女性だけの空間となった部屋で裸に剥かれた上に、身体中のサイズを測られたのだ。

 同性とはいえ、人前で裸を見せるのはあまりに恥ずかしく、あの経験は一生の傷になりかねないものだと思う。


 そんな災難をなんとかやり過ごし、二日経った今日。お針子達が今度は様々な衣装道具を持って部屋に押しかけてきたのだ。フリッツはまたしても追い出され、どこかに連行されていってしまった。


 そういった経緯があって、ウィルベルは今、コルセットを巻かれているのだった。




 背骨が折れるんじゃないかという怪力で締められたコルセットは、生半可な刃物ならはじき返しそうなほど硬い。こんなものを着けて動けるかと文句を言いたい。


 コルセットの後も、やけにヒラヒラしたドレスを着せられたり、髪を梳いて飾られたりと、職人技でご令嬢・ウィルベルが形作られていった。


 大きな鏡の前に座らされ、顔中に粉を吹きかけられ、最後に唇に紅を引かれた。最初こそ抵抗していたウィルベルだったが、コルセットによって戦闘力を奪われてからはされるがままとなり、化粧の段階では石像のように微動だにしなかった。


「はい、完成ですよ」


 瞑目して忍耐をしていたウィルベルに、侍女が声をかける。それを聞いて目を開くと、鏡の中にはどこかのお姫様と見紛う美貌の娘が映っていた。


 化粧の力とはこれほどのものなのかと、ウィルベルは言葉を失う。まるで魔術のようだ。


「こちらへ」


 侍女に手を引かれて、椅子から立ち上がる。ヒールで足を挫きそうになったが、なんとかバランスを保つ。そのまま手を引かれ、鏡のように磨かれた廊下を歩く。


 連れて行かれたのは、もう何度も通った王の間だった。侍女は扉の前で止まり、ウィルベルだけを促す。守衛を騎士が開いた扉を通り、王の間へ入る。


 中はがらんとしていて、エマしかいなかった。


「まあ! 綺麗ねえ……」


 ウィルベルの姿を見たエマがうっとりしたように言った。


「いえ……ありがとうございます。あの、今日はどういったご用件でしょうか」


「ああ、そうでした。今日の記念舞踏会の打ち合わせについてです」


 エマがポンと手をつく。


「単刀直入に言って、ウィルベルさん。貴女はこの国の王になるつもりはありませんか?」


「……え?」


「貴女には王家の血が流れています。そして、現在玉座は空席。貴女が第一の王位継承権を持っているのです。この国の王となり、民を導くつもりはありませんか?」


 自分でも忘れそうになっていたが、エマの言う通りだ。ウィルベルは紛れもなく、この国の姫なのだった。


「……すみません、私には無理です。私は誰かのために生きれるほど強くないから。それに、ヴァイスランドはこのままの方が良いと思うんです。エマさんがこの国を導いた方が、良いと思うんです」


 ウィルベルの出自は複雑だ。それに、やっと共和制が馴染んできたこの国で、再び王政を宣言すれば混乱は免れないだろう。


 エマとしても、ウィルベルが王になるなんて言わないと分かっていただろうに、一応確認をしてきたのは言質をとるためか。どこまでも抜け目がない人だ。だからこそ、この国を安心して任せられる。


「……分かりました。では、貴方の血筋のことは伏せておくようにしましょう。それと邪龍の真実についても伏せます。しかし、英雄としての務めは果たさなければなりませんよ」


「はい」


 邪龍が元人間、しかも王族で、新しい英雄だと祭り上げた人間がその娘だなんて、受け止めるには複雑すぎる。邪龍の脅威は完全に払われたのだから、これで良いのだ。幸せでいるためには、知らなくても良いことがある。


「では、会場に向かいましょうか。歌に踊りに食べ物、きっと楽しい夜になりますよ」

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