第四章♯30『陽剣』
「ウィルベル! 一度戻って報告するべきだ!」
央都のメインストリート。少し前を駆けるウィルベルに、フリッツが叫ぶ。道行く人が何事かと振り返るが、そんなことは気にしていられない。
「ダメ! それじゃ間に合わない! きっとすぐ気づいてくれるから大丈夫!」
ああクソッ! なんでこんなに間が悪いことばかりなんだ。
安全に戦うには一度光の階に戻ってアルヴィン達の力を借りるべきだが、そんなことをしている間に邪龍が街の中に入って来てしまうらしい。そうなれば、民間人への被害は免れない。なんとしても、街の外で迎え撃たなければ。
「分かった! だけど無茶はダメだぞ!」
ウィルベルの横に並ぶ。
武器はある。戦う術も学んだ。だが、心構えがまだ出来ていない。あまりに唐突すぎる。文句を言っても仕方がないのは分かるが、文句も言いたくなる!
大聖門を抜けて、街から出た。空を見上げても、まだ邪龍の姿は見えない。これから起こるであろう戦闘の規模を考えて、大聖門から更に離れる。
またしばらく走ったところで、フリッツの目が邪龍の影を捉えた。漆黒の翼をはためかせ、こちらに向けて飛んでくる。
「ウィルベル。あれどうやって止めるんだ」
まだまだ距離はあるが、邪龍は遥か上空を飛んでいる。地面からでは何も出来ない。ウィルベルの魔術なら届くかもしれないが、この距離で飛んでいる対象に当てるのは至難の技だろう。
「奴の目的は私のはず……きっと降りてくるよ」
ウィルベルの言う通り、邪龍は徐々に高度を落として来ていた。間違いなく、央都ではなくこちらに飛んできている。このままいけば、央都を背に邪龍と対峙することになるだろう。
「ここで終わらせよう、ウィルベル」
隣のウィルベルの肩を叩く。
フリッツが邪龍に抱いているのは、純粋な脅威としての恐ろしさだが、ウィルベルはそれだけではないはずだ。面影すら残っていなくとも、あれはウィルベルにとって実の父親なのだ。それを殺すということに、何の想いも抱かないはずがない。
フリッツにそれを代わってやることはできないが、せめて隣で支えよう。
「一緒に戦ってね、フリッツ」
「もちろん。僕が君を守る」
「私も、君を守ってみせる」
背中の大剣に手をかけ、一気に抜き放つ。ウィルベルも曲剣を鞘走らせた。シャラン、という透き通った響きが、これから始まる戦いの幕開けを告げる。
邪龍が墜落するような勢いで地に降り立ち、巻き上げた土煙の中から咆哮する。フリッツは大地が揺れるような迫力の咆哮に負けず、精神を集中させる。
「『守護王の威光』!!」
構えた剣尖から、邪龍の咆哮を押し返すように光が迸り、真紅のマントを生み出す。それだけでなく、黄金のゴルゲットも形成された。レゾンデートルは、使用者の想いに応じて進化していくのだ。これも、この一ヶ月で得た成果だ。
「――『星辰の探求者』」
続いて、初めて見るウィルベルのレゾンデートル。フリッツのそれとは違い、派手さや苛烈さはない。
足元から巻き起こった疾風を斬り払い、その中から現れたウィルベルは、口元までを隠す群青色のクロークを纏っていた。クロークの裾は二つに分かれ、濡れ鴉の羽のようにも見える。それに、左腕には肩まで覆うガントレットが出現していた。
ウィルベルの戦闘スタイルに合わせて進化したのだろう。精緻な装飾のあるそれは、おそらく魔術の触媒だ。
「行くよッ!」
ウィルベルの号令で駆け出す。以前から決めていた、邪龍を囲むように動き、常に挟み撃ちの体勢を作るという作戦だ。一方が注意を引いている間に、もう一方が攻撃を加える。二人で出来る、最も安全な戦法だ。
「攻め急ぐなよ!」
逆側のウィルベルに叫ぶ。
急いで倒す必要はないのだ。アルヴィン達の到着まで、時間を稼ぐという方法もある。最終的に勝てるのなら、途中経過などどうでもいい。
邪龍が振るった尾を紙一重で躱す。その尾は大きく大地を抉った。『守護王の威光』で身を守っているとはいっても、あれを喰らえば無事ではいられまい。以前あれを喰らった時のことを思い出して、足が竦みそうになった。しかし、神経を尖らせ、邪龍の攻撃に備える。
ウィルベルも、邪龍の顎を躱し、爪をいなす。
そもそも邪龍は、龍の中で抜きん出て強い存在ではない。元龍や、それに連なる上位眷属の方がよっぽど力を持っている。
多くの龍が争いを好まない中で、異常なほどの凶暴性こそが邪龍の恐ろしさなのだ。それさえ理解してしまえば、倒せない相手ではないということも分かる。冷静さを失わないこと、それが勝ちに繋がるのだ。
邪龍はすんでところで躱し続ける二人に痺れを切らしたのか、狂ったように身をよじり辺りに爪や尾を叩きつける。あまりに不規則な動きに、距離を取らざるをえない。
「ハッ!!」
一瞬の間隙を突いて、フリッツが邪龍の後脚を斬りつけた。横一線に払った大剣が、邪龍の鱗に潜り込む。斬り抜いた剣尖は血の跡を引いていた。邪龍が劈くような声で鳴き、姿勢を崩す。
確かな手応えを感じ、距離を取る。遂に邪龍の体に傷を付けることができた。
再びの膠着状態の中で、フリッツはあることを考えていた。レゾンデートルの修行の中で『守護王の威光』を発展させて生み出そうとしていた、ひとつの技についてだ――。
「光、ですか?」
「うむ。正確には太陽光だ」
レゾンデートルを上手く扱うための修業中、アルヴィンがそう言った。
フリッツの『守護王の威光』には、太陽光を操る能力があるというのだ。マントやここ数日で創り出せるようになったゴルゲットは、あくまでも副産物らしい。
とはいえ、太陽光を操る能力と言われても、具体的にどう使うべきか中々難しい。フリッツに思いつくのは、せいぜい光を剣に纏わせて斬りつけるとか、そういった、子供でも思いつきそうなものくらいだ。
右手に持った訓練用の剣の感触を確かめて、イメージを膨らませる。毎日の訓練のおかげで、レゾンデートルの扱いにもかなり慣れてきた。その上で理解したのは、上達に必要なのは膂力などではなく、想像力ということだ。だからこそ、完成形をイメージするというのは大事なことなのである。
「はっ!」
掛け声と共に、脳内のイメージをそのまま現実に引き出す。フリッツの集中が高まるにしたがって、剣がオレンジ色に輝き出す。
いい調子だ。このまま……!
「うわっ!?」
いける! と思った所で思わぬ失敗が起こった。
ボタボタと、修練場の床に液体が溢れる。その液体は、フリッツが握る剣から垂れていた。なんと、あまりの高熱に剣が溶け出してしまったのだ。
おそらく数千度はあろう溶鉄が木張りの床に落ちて、ぼうぼうと火柱を上げる。
やばい! このままでは火事になる!
「『水握』!」
火元に水が降り注ぎ、ボフッという音を響かせて辺りに水蒸気が立ち込める。
アルヴィンが放った魔術でなんとか火は消えた。しかし……。
「す、すみません! まさかこんなことになるとは!」
床には固まった金属と、広い焼け跡がしっかりと残っている。近衛騎士の修練場で放火未遂など、前代未聞だろう。
平謝りするフリッツの様子を見て、アルヴィンが豪快に笑う。
「ハッハ! クク……素晴らしい! 剣が溶けだすとは、素晴らしい力じゃないか!」
そしてフリッツの肩をバシバシと叩く。どうやらフリッツの放火未遂は、アルヴィンの笑いのツボだったようだ。なんとか許された雰囲気に、ホッと胸を撫で下ろす。
ひとしきり笑ったアルヴィンが、焼け跡を剣で突きながら言う。
「……だが、この技はしばらく封印だな」
その後、いくつかの剣で試してみたが、すべて同じ結果に終わった。結局、使い道のない技として封印せざるを得なかったのだが、この剣ならば。
稀代の名匠が鍛え、邪龍の鱗すら断ち切ったこの剣なら、フリッツが編み出した『陽剣』に耐えうるはずだ。フリッツにはその確信があった。
剣を上段に構え、陽光を纏わせる。
あっという間に熱を蓄えた剣は、余熱だけで辺りを焼く。ただならぬ気配を感じたのだろう。邪龍がフリッツの方を振り向き、右前脚を叩きつけようとした。だが、もう遅い。
真正面から、邪龍の爪に刃を入れる。
もしも『陽剣』が失敗であれば、フリッツが潰される。しかし、失敗する気は無かった。太陽が如き熱の刃は、ありとあらゆるものを寸断する。邪龍とて例外ではない。
邪龍の爪を、バターのように。続いて肉を焦がし、骨を焼く。そして、手から肩までを灼き斬った。




