第四章♯29『鬼に金棒、英雄に聖剣?』
フリッツとウィルベルは、またしても王の間にやって来ていた。エマから「渡したいものがあると」と連絡を受けたからである。
レゾンデートルの発現に成功してから数週間の間、さらに修錬を続け、よりスムーズな発動や、『守護王の威光』を活かした戦い方の研究を進めてきた。
その訓練はウィルベルとは別々に行っていたので、こうして顔を合わせるのは数日ぶりくらいのことだった。
また少し面持ちが変わったような気もするが、迷いのない瞳は変わっていない。
ともかく、フリッツは久しぶりに光の階にやって来ていたのである。指定された時間よりもかなり早めにきたつもりだったが、王の間にはすでに人が揃っていて、フリッツの到着をもって話が始まった。
「優れた戦士には、優れた武器が必要でしょう。私たちからの贈り物ですよ」
エマがそう言うと、フリッツより少し年上ぐらいの女性が二振りの剣が乗った台を押してきた。
侍従の一人かと思ったが、どうやらそうではない。彼女が身にまとっていたのが、炭や油で汚れた作業着だったからだ。光の階に勤める侍従がこんな格好はしないだろう。
「どーも。ウチはクララ・マーチロード。鍛冶屋や」
「はあ……どうも」
フリッツが言えたことではないが、王の間にはあまりに不釣り合いな彼女に話しかけられ、思わず生返事をしてしまった。鍛冶屋ということは、ここに用意された剣は彼女が作ったということだろうか。
それにしても、マーチロードという名前はどこかで聞いたことがある気がする。
「実を言うとな……ウチは決議会であんたらを見捨てようとしてたんや。これはその詫びや、受け取って」
クララの発言を聞いてピンときた。
マーチロードと言えば、名高い鍛冶屋の名だ。とはいえ、何十年も前から活動している鍛冶屋だから、彼女が高名なマーチロード本人ではないのだろうが。娘か、孫か、そのあたりだろう。
それに、マーチロード家はヴァイスランド全域のありとあらゆる工房を束ねる総合工房組合の理事会にも席があったはずだ。その繋がりで、七賢決議会に参加していたのだろう。
クララは謝罪の意を表すが、フリッツは彼女を責める気にはなれない。
彼女にも立場があるだろうし、何処の馬の骨ともしれない人間に国の未来を託すなど、そちらの方が夢物語だ。実利を見る職人たちからすれば、選択肢など考えるまでもないことだろう。
「気にしないでください。私もきっとそうしていたから」
ウィルベルがクララを気遣う。フリッツも同じ気持ちだ。クララは頷くと、台の上からひとつ剣を持ち上げる。そして、それをウィルベルに差し出した。
「こいつの銘は"ブラオローゼ"。大事にしてやって」
ウィルベルが受け取った剣を鞘から半分出して、刀身を確かめる。形状はウィルベルが以前使っていたものとあまり変わらない。ナックルガードには精緻な薔薇の彫刻が施されている。刀身は見たこともない金属で、黒曜石のような輝きを放っていた。
「わあ……綺麗」
ウィルベルが目をキラキラさせて呟く。
たしかに、武器というよりは装飾品であるとも言えそうなほどに瀟洒な剣だ。ウィルベルにはよく似合っている。
「さて、次はあんたやね。この剣の銘は"ドラゴンベイン"。どっちもウチの爺さんが鍛えた一級品やで」
フリッツに渡されたのは、ずっしりと重い大剣だった。
……おかしい。フリッツが愛用してきたのはロングソードだったはずなのに。クララが台を押してきた時から気づいてはいたが、言い出すタイミングを失っていたのだ。しかしながら、言いづらくとも言っておかないと後で困る。
「あの〜……僕、大剣は使ったことが無いんだけど……」
「ああ、それな。爺さんにあんたが使うてた剣を見せたんやけどなぁ、あんたは直剣よりも大剣を使った方がええ言うてたで」
名匠ともなれば、使っていた剣を見ただけでどんな武器が向いているのかまで分かるのか。まあ名匠がそう判断したのであればフリッツとしては文句はない。元々武器にこだわる方でもないから、これからはこの大剣に慣れていけばいいのだ。
鞘から刀身を滑り出させると、ウィルベルが再び息を飲む。
こちらから注文を出したわけでもないのに、フリッツの好みを知り尽くしているかのような出来だった。装飾は最低限に抑えられていて、刀身は鈍く光り、とても頑丈そうだ。この剣なら邪龍の鱗でも断ち切れる気がする。
以前使っていたロングソードよりもふた回りほど大きい剣は、最初こそ重いと感じたが、長さと重量のバランスが抜群に良いのだと気づいた。きっと、速さと威力を両立するための重さなのだろう。
「ありがとう、クララさん。あとお爺さんも」
「ええんやええんや。その代わり、ちゃんと勝つんやで。絶対に死んだらあかんで」
「はい、もちろんです」
ウィルベルが刃を鞘に収め、クララに頷きかける。
無論、邪龍に負けるつもりはない。もはや、あの時のフリッツ達ではないのだ。今度こそ倒しきってみせる。
「これで準備は整いました……後は邪龍を討つのみです。最後はウィルベルさんに頼るしかありませんが、フリッツさんやアルヴィン、ギルバートがサポートしますから、安心してください」
元々、アルヴィンとギルバートだけで邪龍を撃退できるほどの力があり、フリッツとウィルベルもあの時より遥かに強くなった。必ず、一人の犠牲もなしに勝たなければ。
「それでは、もう行って良いですよ」
「はい、失礼します」
ウィルベルと並んで、王の間を退出する。廊下に出ると、ふぅっと息を吐いた。
緊張をしているわけではないのだが、王の間には独特の雰囲気がある。これだけは、いつまでも慣れられないものだ。
「ウィルベル、この後暇?」
ググッと伸びをするウィルベルに話しかける。
「ん〜? うん、暇だよ」
「じゃあ、久々にゆっくり話でもしないか」
なんの気はなしにした提案だったが、ウィルベルの方は訝しげな表情をした。
「……何企んでるの?」
「何も企んでないよ! ……この所まともに休んでないだろ? たまには羽を伸ばさないと」
一ヶ月近く訓練漬けだったのだ。今日くらい気を抜いたってバチは当たらないだろう。
「それもそうね。街にでも出てみる?」
フリッツの意図を理解したらしいウィルベルが、足どりも軽く提案をしてくる。
そういえば、これだけ長く央都にいるのに観光らしいことは未だに出来ていなかったな。せっかくの央都なのだ。色々なものを見て回るだけでも楽しいだろう。
数時間後。フリッツとウィルベルは、街の中の小高い丘に建てられたカフェから央都を見渡していた。
すでに冬の気配は遠くなり、春らしい日も増えてきた央都の往来はごったがえしていた。人間、獣人、様々な生まれの者が集まるこの光景は、平和なヴァイスランドならではのものと言える。
しかし、今この平和が脅かされているのだ。人々の活気ある暮らしぶりを見ていると、否が応でも自分の責任を痛感させられる。この想いは、フリッツよりもウィルベルの方が強いだろう。
「西区の方もだいぶ復興してきたみたいだね」
ウィルベルが、街並みを眺めながら言った。
邪龍襲来の夜に火災や倒壊などの被害を受けた西区も、もう瓦礫は取り払われ、新しい建物が建てられようとしているところだった。
「今度はちゃんと守らないとな」
「……フリッツ、やっぱりちょっと変わったよね」
ウィルベルが街並みからフリッツに視線を移して言った。フリッツもウィルベルに視線を移し、見つめ合う形となる。
「どこが?」
「う〜ん……口調?」
ウィルベルは口元に手を当て、少し悩んでからそう言った。
「口調って……そんなに変わるものでもないだろ」
「なんていうのかな。前は私のこと特別扱いしてる感じだったんだけど、そういう感じが無くなった」
「どっちの方が良いんだ、それ」
「今の方が良いかな〜。ふふっ」
ウィルベルは微笑みを浮かべて、再び街並みに目を向ける。
変わった……か。たしかに、ウィルベルを特別扱いしていたところはあるかもしれない。雇い主だし、女の子だし。だが今はもう戦友とも呼べる存在だ。口調の変化は余計な気遣いがなくなった結果だと思っておくことにしよう。
「そういえば、ウィルベルがレゾンデートルを発現した時ってどんな感じだった?」
「疲れて居眠りしてたら、突然だったね」
「な、なんだそれ……」
フリッツが瞑想の果てに、アルヴィンとの試合の中で達した境地に、居眠りの間に到達するとはどういうことだ。凄いのか凄くないのか分からないじゃないか。
「目が覚めたら日暮れの草原にいて、魔女っぽい人と話したんだ」
フリッツは朝焼けの海辺で騎士風の男に出会ったが、ウィルベルは全く違ったようだ。おそらく、皆がそれぞれ別の世界を持っているのだろう。あの場所は魂に由来するものなのだから、当たり前といえば当たり前だが。
「それじゃあ、ウィルベルが魂から求める事ってなんだったんだ?」
「……それは内緒。フリッツが教えてくれたら、考えてあげてもいいけどね」
「うわ! 絶対言うつもりないだろ!」
ウィルベルが悪戯っぽい調子で言うので、フリッツが大げさに声をあげると、彼女が突然ガタっと椅子から立ち上がった。一体どうしたのかと、彼女の表情を窺う。ウィルベルは眉根をひそめて、北の空を睨んでいた。
「邪龍が……来る!」




