第四章♯27『魂の本質』
一夜明けた昼過ぎ。フリッツとウィルベルは、近衛騎士団寮舎に付属している修練場に来ていた。
光の階から北へ数分の場所に位置するここには、多くの若い騎士達が暮らしている。ここに来るまでに、何人もの爽やかな騎士達とすれ違った。中には声をかけて来る者もいて、フリッツ達……主にウィルベルが話題になっているようだ。
それはともかく、フリッツ達がここに来たのはアルヴィンに呼ばれたからだ。
少し待つと、アルヴィンが修練場にやって来た。その後ろにはギルバートも付いて来ている。
まだ何か文句をつけるつもりなのかと、フリッツは身構えた。
「すまない、遅れてしまった」
「いえ、私たちも今来たところです」
ギルバートがウィルベルに鼻を鳴らす。そんな態度を見て、フリッツはギルバートを睨みつけるのだった。
基本的に誰とでも上手くやれてきたフリッツだが、どうにもギルバートとは馬が合わない。実際に会うまで、こんなにも傲慢な男だとは思わなかったのだ。
「では早速始めるとしようか……まずはレゾンデートルの説明からだな」
アルヴィンが話し始めたので、ひとまずギルバートから視線を外す。
いよいよ、邪龍を倒す方法の全容が明らかになる。聞き逃したりしないように、しっかりと耳を傾ける。
「レゾンデートルは魂の業とも呼ばれていて、その始まりは魔術や祈祷術よりももっと古い原始的な業だ。ゆえに素質などは問われず、誰しもが使う事ができる」
ウィルベルがふむ、と顎に手を添える。
「発動の条件はただ一つ。己の魂を見つめる事だ」
「魂を……見つめる事」
フリッツは首をひねる。
魂を見つめる事、だなんて随分抽象的な話だ。これでは、どういった訓練が必要になるのか見当もつかない。
「実を言うと、我々から教えられるのはこれくらいなのだ。後は先駆者としてのアドバイスをするくらいしかできない」
「なるほど……」
ウィルベルはふむふむと頷いていた。
魔術を良く知るウィルベルには、レゾンデートルの本質とやらがすんなりと理解できるのかもしれない。
「そこで、ウィルベルくんにはギルバートが、フリッツくんには私が付くことになった」
「えっ、僕もやるんですか?」
フリッツは素っ頓狂な声をあげた。
レゾンデートルの修得が必要なのはウィルベルで、フリッツはそのサポートをするだけのつもりだったからだ。
「うむ。無論、君が望めばの話だが」
アルヴィンの言葉を受けて、少し考え込む。
今まで考えてもみなかったことだ。そもそもレゾンデートルは魔術の類だと思っていたし、フリッツには資質がないだろうと思っていた。けれど、現実はそうではなかった。どうやらフリッツにも可能性があるらしい。
しかし、フリッツがレゾンデートルを修得してどうするというのだ。それで邪龍が倒せるわけでもないし、使う機会が来ることはないかもしれない。
だが、それでもやってみたいと思った。どんどん先に進むウィルベルに、これ以上置いていかれるのは嫌だ。足手まといになるつもりはない。共に戦うと約束した以上、少しでも戦う力を身に付けたい。
「……やります。僕にも、教えてください」
「勿論だとも!」
フリッツの答えに、アルヴィンが満足げに頷く。ギルバートの方は、またしても冷めた風に鼻を鳴らすのだった。
そんな彼の様子を見て、見返してやりたいという気持ちも湧いてきた。動機としては不純な気もするが、この際利用できるものはなんでも利用するとしよう。
そう心に決めるフリッツだった。
少し時間が経って、フリッツはアルヴィンと共にまだ修練場にいた。修練場は静寂で満たされていて、聞こえてくるのは自分の呼吸音くらいだ。
ウィルベルとギルバートの二人はどこか別の所に行ってしまった。二人っきりにして、嫌なことを言われていたりしないか気にかかるが、ウィルベルだって負けん気は人一倍だ。きっと大丈夫だろう。
なんでも、レゾンデートルの修行は精神的なものだから、落ち着ける状況で行った方が良いのだとか。
そういった理由で、フリッツは広い修練場の真ん中にポツンと座っているのだ。
アルヴィンからの指示は非常に簡潔で、自分が心から望んでいると思うことは何かを考えよ、とのことだ。それがつまり、「魂を見つめる事」なのだという。
この問題に取り組んでからかなりの時間が経ったと思うが、フリッツはまったく進展を感じられないでいた。
「自分がしたいこと」なんてたくさんある。美味い飯を食いたいとか、酒を飲みたいとか、考えればキリがない。だが、こういう願望がレゾンデートルに繋がるものでないということくらいは分かる。もっと深い、自分でも認識できていないような深みに潜らなければならない。
瞑想なんぞしたこともないフリッツには、瞳を閉じて思案に没頭することすら困難だ。
気を抜くと、ついウィルベルのことを考えてしまっていた。
ウィルベルはこういった修行は得意そうだな、とか。ウィルベルが魂から求めていることは何か、とか。自分のことよりも、深く考えているのだった。
そのとき、ポンと肩を叩かれた。瞼を開くと、辺りはすでに暗くなっていた。先ほどまでは昼だったはずなのに、もう日が落ちている。
「今日はここまでにしよう」
「は、はい」
途中寝ていたんじゃないかと思うほど、時間が進むのが早い。これが集中によるものかどうかは分からないが、こういった経験をするのは初めてのことだった。
ともかく、一日目はこれといった成果はなかったが、集中する感覚だけは掴めた気がする。この調子でもっと深い所に潜っていけば、自分が心から望むことが何なのかを見つけられるはずだ。
「アルヴィンさんの『心から望んでいること』って、何だったんですか?」
「それは秘密だ」
参考までに聞いて見たのだが、答えてはもらえなかった。
言いたくないようなことなのだろうか。
「その人間の魂の本質など、人に言うのが憚られるようなことであることも多い。恥ずかしいことであったりもするだろう」
「……なるほど」
言えないこと、恥ずかしいこと。それでいて、自分が認識できないほど深い所にある感情。
先駆者であるアルヴィンのことを知れば、何か助けになるかと思ったが、そういうわけにもいかないらしい。正に、自分のことだけを考えていれば良いというわけだ。
こうして、修行一日目が終わった。




