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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯26『七賢決議会』

 ——光の階、王の間。


 華美な装飾がそこかしこに施された広間には、睨み合いのような緊張感が漂っていた。

 円卓を囲む七つの椅子に、七人の代表者。王政崩壊後のヴァイスランドを導く最高機関・七賢決議会である。


 エマの口から、邪龍戦争の真実と現状の脅威への対処法が語られ、議会はかつてないほどに紛糾していた。娘の命と引き換えに邪龍を倒すべきだと主張する犠牲派と、王家の末裔たる娘を信じて戦うべきだという末裔派に二分されているのだ。

 ギルバートを筆頭とする犠牲派が四人、エマを筆頭とする末裔派が三人だ。


 どちらも一歩も譲らず、結論は出ない。そんな調子で半日近く、議会開催を祝う飾りが空虚に思えるような時間が経った。まさに会議は踊る、されど進まずといった状態だ。


 七賢決議会は基本的に全会一致制であり、一人でも反対者がいる限り最終的な決定を下す事はできない。今まではなんとか折り合いをつけて解決をしてきたが、今回ばかりはそうもいかない。

 しかし、事は急を要する。いつまでも悠長に議論をしていられるような状況ではないのだ。


 そこでエマから、多数決で結論を出すという提案がされ、それに全員が賛成。暫くの休憩を経て、日没と共に投票を行うということになった。




 というのが、アルヴィンから聞かされた議会の内容だった。彼はすでに議場に戻り、今頃は丁度投票をしているだろう。

 彼は「心配することはない」と言ってくれたが、話を聞く限り心配にならざるを得ない。四対三という、数的に負けた状況で多数決をすれば結果は明らかだ。

 これはいよいよ、ここから逃げ出す算段を立てなくてはいけないかもしれない。

 窓辺に腰掛け、夕暮れに染められる央都を眺めるウィルベルを横目で見ながら、フリッツは黙々と剣の整備をするのだった。




「では、結論を出すとしましょう。私から順に一人ずつ、ヴァイスランドがウィルベル・ミストルートと共に戦うことに対して賛成か反対かを述べてもらいます」


 エマの言葉で、騒ついていた議場が静まりかえる。窓からは太陽が地平線に触れ始めた様子が見える。約束の時刻、日没だ。


「賛成」


 三英雄の一人、ヴァイス正教大主教兼七賢決議会議長——『聖血』のエマ。


「賛成」


 三英雄の一人、近衛騎士団団長——『白盾』のアルヴィン・フライア。


「反対」


 三英雄の一人、宮廷魔術師、七賢決議会副議長——『幻光』のギルバート・フォン・ゲーテンハイル。


「反対」


 魔術結社 『サロメー』社長——『火靴』のマルティン・ファルシネリ。


「……反対」


 総合工房組合組長——『黒槌』のクララ・マーチロード。


「賛成」


 傭兵ギルド『猟犬ヤークトフンド』の長——『灰狼』のエドワード・ベールマー。


 ここまで賛成三、反対三。皆、先の会議で主張していた通りの意見を述べている。このままいけば、反対で決まるだろう。六人の視線が、最後の一人に集まる。

 最年少の彼は、並み居る大御所たちに物怖じもせず言い放った。


「賛成です」


 貴族会代表——ヴィクター・ヴィリアーズ。


「ヴィリアーズ卿! 先程までは反対と言っておられたであろう!」


「気が変わったのです」


 マルティンが食ってかかるが、ヴィクターの方は涼しい顔で受け流す。マルティンはヴィクターのそんな態度に顔を真っ赤にして怒りに震える。


「クソッ! こんな茶番に付き合っていられるか!」


 そう吐き捨てるように言うと、マルティンは席を立った。立ち去ろうとする背中に、エマが声をかける。


「ファルシネリ殿。ここは神の御前、そして玉座の御前。ここでの決定を茶番などと……少々、分別のない発言では?」


 エマの声色はいつも通りだが、表情は冷たい。いつも微笑を浮かべている彼女の真顔は、それだけで威圧感を発する。


「……先程の発言は撤回させてもらう」


 不服そうながら謝罪をし、今度こそマルティンが立ち去った。


「結論は出ました。今後、ウィルベル・ミストルートの身柄はヴァイスランドが保護します。皆さんも、要請のあった際には是非ご協力をお願いしますね。ではこれで解散とします」


 エマが閉会を宣言し、参加者が次々と席を立ち、王の間から退出していく。残ったのはエマとギルバートの二人だ。

 ギルバートはひとつため息をついて言う。


「さすがの政治手腕だな、エマ」


「あら、なんのことでしょう?」


「とぼけるのはよせ。あの貴族の若者、お前が手配したのだろう?」


 あの男は最初反対派だった。数的有利があったからこそ、反対派は多数決に応じたのだ。もしヴィクターが初めから賛成派であれば、きっと多数決に応じない者がいただろう。そうなれば、議論は進まなかった。

 エマとヴィクターは通じており、すべてエマの計画通りに事が進んだということだろう。


「いえいえ。彼は彼自身の力であの椅子に座ったのですよ」


「……そうか」


 にこやかに笑いながら、あくまでも手の内を明かさないつもりのエマにこれ以上質問を投げかけても無駄なことだろう。


「貴方にも、協力してもらいますよ」


「分かっている」


 誰も信じず、誰にも手の内を見せない。王政崩壊後の混乱期をまとめ、議会制を構築しながらも全てを思うがままに操ってきたこの女。笑顔の裏にどれほど深い闇を抱えているのか。長い付き合いだが、それを推し量ることはできない。

 ギルバートは改めて、エマの恐ろしさを感じたのだった。




「安心してくれ、二人とも。ヴァイスランドは君達に協力する!」


 駆け足で部屋に入ってきたアルヴィンが、開口一番そう告げた。


「本当ですか! ウィルベル、やったぞ!」


「うん。良かった」


 一時はどうなることかと思ったが、お尋ね者となる事態は避ける事ができた。ウィルベルもホッとした様子だ。


「詳しい事はまた追って知らせる。今は落ち着いて体を休めてくれたまえ」


「はい、ありがとうございます」


 アルヴィンが部屋から去った後、ボスっとソファに腰を下ろす。ここずっと張り詰めていた緊張が一気に切れた感じだ。本当の問題はこれからだということは分かっているが、一度休憩を入れるくらい構わないだろう。


 アルヴィンの言う通り、ゆっくりと身体を休めることにする。

 フリッツとウィルベルは、夜の帳が下りた央都で数ヶ月ぶりの休息を取るのだった。


 これからはいよいよ邪龍を倒す方法である"レゾンデートル"の習得のための修行が始まる。フリッツにできる事はウィルベルのサポートくらいだろうが、一度支えると決めた以上、どんなことでもやるつもりだ。

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