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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯25『央都への帰還』

 群青色に染まる空から、影を落とす大地にルクセンの光が見えてきたところで、ウィルベルは地面に降り立った。

 邪龍の襲撃を経験した央都に、龍の姿で舞い戻るのはよろしくないという判断からだ。


「ああ〜、体が固まる」


 鞍から降りたフリッツが大きく伸びをする。

 一日中、身を固くして鞍に掴まっていたのだ。その緊張感からくる疲れときたら筆舌に尽くしがたいものがある。


 龍の体が解けていき、人の姿をしたウィルベルが光の中から現れる。何度見ても神秘的な光景である。まるで神話のワンシーンを見ているようだ。


「ん〜! さすがに飛び続けると堪えるなぁ」


 ウィルベルも伸びをしたり、肩を回したりしている。

 龍の体とウィルベルの筋肉が連動しているとは思えないが、疲労は溜まるようだ。というか、龍の姿の時はウィルベルの体がどういう状態になっているのか不思議だ。


「央都までは二キロくらいか……急がないと完全に陽が落ちるぞー」


「うん。行こうか」


 ウィルベルと並んで歩き出す。

 前にも通ったことのある道だ。あの時は、目前に迫ったウィルベルとの別れのことばかり考えていた。でも今はその真逆だ。ウィルベルと一緒にいるために進んでいる。本当に、何があるか分からないものだ。


 しばらく歩いていくと、央都の方から篝火を灯した集団が近づいてきているのが見えた。こんな夜中に部隊を編成してどこにいくつもりなのか。このまま進めば鉢合わせすることになりそうだ。見咎められたりしなければ良いが。


 しかし、そんなフリッツの不安はまったくの的はずれだった。


「ウィルベル様! フリッツ様! お迎えにあがりました!」


 集団の先頭、壮年の騎士はそう告げたのだ。

 フリッツ達を馬車に乗せ、部隊は反転し、央都へと戻りはじめる。


 迎えにきてくれたのは有り難いのだが、一体どうやってフリッツ達の帰還を察知したのだろうか。こういう風にさらっと理解不能なことをされると、央都の指導者達が恐ろしく思えてくる。


 それはともかく、馬車に揺られること半刻ほど。お迎えの一団は大聖門を通過し、光の階のエントランスまでフリッツ達を送り届けてくれた。


 後は誘導の近衞騎士に従い、光の階を上る。すでに懐かしく思える螺旋階段を上って、王の間まで通された。


 中にはエマ、アルヴィン、ギルバートの三人。

 それとは関係ないが、以前にここを訪れたときに比べて、装飾物の類が増やされているように感じた。近いうちに催し物でもあるだろうか。


「お帰りなさい、お二人とも無事で何よりです」


「はい。早速報告をしても?」


「ええ、お願いします。こちらへどうぞ」


 エマに着席を勧められる。

 この椅子は七賢決議会で使われるものだと思うのだが、フリッツが座って良いものかと思いつつも、腰を下ろす。三人と円卓を挟んで向かい合う形となった。


 ウィルベルが断絶の森から順を追って、今回の旅で起こった事、知った事を説明していく。


 両親のことや、邪龍を倒す二つの方法についても包み隠すことなく告げた。それを聞いた三人のうち、ギルバートが苦い顔をしたように見えたのはフリッツの気のせいか。




「つまり……邪龍を倒す為には、ウィルベルくんが身を捧げるか、自身の手で父を討たねばならないということか」


 アルヴィンが沈痛な面持ちで言った。その言葉に、ウィルベルが頷く。それを容易く肯定したウィルベルに、アルヴィンが感心したような表情を浮かべた。。


「あなた達は、戦うつもりなのですね?」


「はい。二人で、戦います」


 エマの問いかけにウィルベルが答える。アルヴィンはそれに同調を示すが、ギルバートは違った。机を指で叩き、不遜に言い放つ。


「そんな不安定な手段を採る必要はない。こいつに死んでもらえば済む話だろう」


「ッ……あんた! そんなこと出来るわけないだろ!」


 軽々しくそう言ったギルバートに、フリッツが怒鳴る。しかし、ギルバートの方は冷然とした態度を崩さない。


「お前達には聞いていない。私達が決めることだ」


 あまりに傲慢な物言いに絶句する。

 堪えかねて椅子から立ち上がろうとしたフリッツの腕を、ウィルベルが掴んで抑える。そのおかげで、ギルバートに掴みかかるようなことにはならなかったが、彼への怒りは収まらない。


「たとえあなた達が相手でも、私は戦います」


「僕もだ」


 あくまでも冷静に、ウィルベルが言い放った。フリッツもそれに続き、円卓に緊張感が漂う。ギルバートとフリッツ達の間で睨み合いが続いた。

 一触即発とまではいかないまでも、そんなピリついた空気を崩したのはアルヴィンだった。


「まあまあ、落ち着くんだ。この場で争っても仕方がない」


 アルヴィンがギルバートとフリッツ達の間を仲裁し、ひとまず両者矛を収める。


「この案件は我々三人で決められることではありませんね……七賢決議会で論じることとします」


 ここまでの話をまとめて、エマが言った。

 事は国家の危急を争う一大事。三英雄の中でも意見が割れ、まとまりに欠けた状態だ。ヴァイスランドの最高意思決定機関である七賢決議会で、すべてを決めようという判断だ。


 だが、フリッツ達にとってこれはかなりマズイ状況だ。

 果たして、決議会がウィルベルの決意を認めてくれるだろうか。邪龍の脅威を取り除くという一点では、ギルバートが主張するようにウィルベルを殺して、後は三英雄に任せてしまうというのが一番無難な判断だ。

 未来に禍根を残さないように、ここで戦うという選択をする者が何人いるだろう。


 もし決議会でウィルベルの処刑が決まれば、フリッツ達はヴァイスランド全体のお尋ね者となる。この国すべてを敵に回して、逃げ切ることができるだろうか。それでは、ウィルベルの両親と同じ道を辿ることになるだけではないのか。


「お二人は決議の結果が出るまで、光の階に滞在してもらいます。良いですね?」


「はい」


 退路を封じようとしているともとれる発言だが、ウィルベルは逃げようともしない。

 まさに、どちらに転んでも戦うつもりなのだろう。ウィルベルがそう決めたのであれば、フリッツもそれに従うだけだ。


 椅子から立ち上がり、王の間から退出する。扉まで付いてきてくれたアルヴィンがフリッツの肩に手を置き、声を抑えて言った。


「どうか安心して欲しい。万が一の時は私が必ず君達を守る。救国の英雄を処刑させたりはしない」


「ありがとうございます」


 アルヴィンは頷き、肩をポンと叩いてから元の席は戻っていった。


 扉の外に出てから、ウィルベルに話しかける。


「何か考えがあるのか?」


「何かって?」


 フリッツの問いかけに、ウィルベルは疑問符を浮かべる。

 フリッツが尋ねているのは、勿論ヴァイスランドと敵対することになった場合のことだ。


「だからさ、もし処刑が決まって三英雄と戦うようなことになったら、どうするつもりなんだよ」


「どうするって言われても……力の限り暴れる、とか」


「なんだよそれ! 何も考えてないじゃいか!」


 フリッツは絶叫した。

 あれほど自信満々に「あなた達とも戦います」なんて言ったものだから、何か秘策があるのかと思ったが、そんなものは無かったようだ。


「考えたって仕方ない事は考えない方が良いの」


 ウィルベルはくすくす笑っている。

 なぜこの状況でこんなに楽観的なのか理解できないが、考えても仕方ないというのは一理ある。


 フリッツ達には、七賢決議会の決定を神妙に待つ以外にできる事はない。

 三英雄をはじめ、大ギルドの長、工房組合長や貴族会代表など、様々な分野の代表者が集まる七賢決議会でどのような決定が下されるのか、知るよしもないのだ。


 落ち着かない気持ちのまま夜を過ごし、翌朝を迎えるのだった。

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