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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯24『同じ道』

 学院の廊下に、二人分の足音が響く。ウィルベルの足取りは力強く、ここ最近の元気の無いような様子はもう感じられない。


「体、疲れてない?」


「ん? 平気だけど?」


 フリッツの質問の意図が理解できないという風に、ウィルベルが聞き返した。


「いやほらブラオエの時とか、翼だけですごく疲れてただろ? 今回は全身だったから、どうなんだろうって」


「ああ……慣れかどうか分からないけど、もう平気」


 ブラオエの時、断絶の森の遺跡の時、そして今回と、龍の力を使うにつれて、その副作用のようなものも軽くなってきているようだ。今ではなんの負担もなさそうである。


「心配してくれてありがとう、騎士様?」


「や、やめろよ」


 からかうような調子のウィルベルに、フリッツは狼狽える。

 先ほどは勢いであんなことをしてしまったが、少し気障すぎたと後悔しているのだ。もちろん、そのこともウィルベルはお見通しだろう。


「事が落ち着いたら、ちゃんと叙勲してもらえるよ。きっと」


「いや別にいらないよ」


 口を尖らせるフリッツを見て、ウィルベルがころころと笑う。それを見て、フリッツも笑顔になるのだった。

 一時はどうなることかと思ったが、この調子ならきっと大丈夫だ。ウィルベルとの絆も、またひとつ強くなっただろう。


 雑談を続けながら廊下を歩き、校長室の前まで戻ってきた。

 ハーブルとカーラもきっと心配しているだろう。早く安心させてあげなれけば。


「失礼します」


 ウィルベルがノックをして、校長室に入る。フリッツもそれに続く。部屋の中にはハーブルとカーラが、椅子にかけて待っていた。

 いつも部屋の隅で立っているカーラが座っているのは珍しい光景だ。今はハーブルの助手としてではなく、ウィルベルの友人としてこの場にいるということだろう。


「お帰りなさい、ウィルベル。フリッツ様」


 立ち上がったカーラに、着席を勧められる。そのまま、キビキビとした動きでお茶を用意してくれている。


「覚悟は決まったようじゃの」


「はい」


 ハーブルの問いかけに、ウィルベルが頷く。それに続いて、フリッツが尋ねる。


「邪龍を倒す方法を、詳しく教えてください」


「うむ」


 カーラが新しく淹れた茶を啜りながら、ハーブルが一息つく。

 先ほどはこの部屋にいた時のような緊張感はなく、ゆっくりと落ち着いた雰囲気だ。


 カップを置いたハーブルが、期待しとるとこ悪いんじゃが、と前置いた。


「レゾンデートルについてはワシよりも詳しい者らが央都におる。詳細はそいつらに聞くのが良いじゃろう。きっと力になってくれるはずじゃ」


「その……詳しい人達というのは?」


「もう会っとるじゃろう。エマ、アルヴィン、ギルバートのことじゃ」


「三英雄……」


「奴らが教えてくれるはずじゃ。央都に戻り、教えを請うと良い」


 ロンドフからルクセンへ、ルクセンからロンドフへ、そしてまたルクセンへ。行ったり来たりが多い旅だ。

 だが、今度こそ終わりのはずだ。央都でレゾンデートルを会得し、邪龍を倒す。ゴールはもう見えている。


「はい。必ずまた戻ってきます」


「うむ……」


 そう言い切ったウィルベルに、ハーブルがお茶を濁した。

 まだ何か秘密にしていたことでもあるのだろうかと身構える。


「ウィルベル、ワシは……お主のことを、本当の孫のように思っとるよ」




 夜明け、というよりは夜。僅かに空が白んできたかといった時間に、フリッツとウィルベルは魔術学院の外にいた。校長室を出た後、ほんの数時間だけ休んで、もう出発だ。

 だが、いつもよりも荷物は少ない。というより、剣くらいしか持っていない。馬もいなければ、重たい野営用品も持っていない。


「ウィルベル……本当に大丈夫なのか?」


 隣に並ぶウィルベルに、フリッツが不安そうに聞いた。


「何? 怖いの?」


「いや……うん」


「じゃあ鞍でも付ける?」


「それはなんか悪いし……」


「なら黙って乗ってなさいよ」


 歯切れの悪いフリッツに呆れたのか、ウィルベルがぴしゃりと言い放つ。

 そもそもなぜこんな会話になったのかというと、ウィルベルが央都まで飛んで行こうと言い出したからである。たしかに、馬で行くよりもそちらの方が断然早く央都に着くことができるだろう。

 しかし、ひとつだけ問題がある。龍の背は馬の背とは違い、非常に乗りにくいのだ。背筋には尖った鱗があるし、あまりのスピードに風で吹き飛ばされそうになる。そして何より、地面から遠く離れている。


 ウィルベルがフリッツから離れ、瞳を閉じて深呼吸をする。背中から溢れるように出た光の糸が、ウィルベルの体を包み込んでいく。するすると流れるように龍の形が出来上がっていき、たったの十数秒で昨日にも見た黒い龍が現れていた。


『さあ、どうぞ。高所恐怖症のフリッツさん』


「う、うるさいな」


 龍の癖にニヤリとしている気がする。というか、その状態でも話せたのか……。

 脚を折って姿勢を低くしたウィルベルの、どの辺りに乗っかるべきか、うろうろしながら考える。昨日、星見台から落ちたときには首のあたりにしがみ付くような形になっていたが、その体勢を長時間維持するのはかなり辛い。

 ひとしきりうろうろして、フリッツはひとつの結論に至った。


「……やっぱり鞍をつけさせてください」




 結局、ウィルベルの首に鞍を巻いて、そこに乗ることになった。

 安定性はまだまだ悪いが、とにかく速い。翼が力強く空気をかく度にグンッと加速する。しかし、あまり速すぎるとフリッツが息をできなくなるので、そこそこの速さを保ってもらっている。それでも、馬よりも断然速い。


 遥か下の地面が高速で流れ、雲にも手が届きそうな高さだ。そんな景色を眺めて、フリッツは青い顔をしていた。昨日は夜だったから地面との距離を意識することもあまりなかったが、陽に照らされている今は、その距離がありありと分かる。


 もしもウィルベルから転落するようなことがあれば、地面に叩きつけられて死んでしまう。そんなことを思いながら鞍にしがみ付いていると、正午頃にはブラオエの上空を通過した。


 もしかしたら、空を飛ぶ龍を目撃した者がいるかもしれない。見た目だけだと邪龍に似ているから、勘違いをされる可能性があるということを考えると、あまり人前だ龍の力を使うべきではないのだろうか。


 途中何度か地面に降りて休憩を挟みながら、馬で一月かけた街をたった一日で進む。ルクセンが見えてきた頃には、すでに陽が落ちかけている頃だった。

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