第四章♯22『白日』
ハーブルの口から語られた過去は、フリッツの想像を超えていた。
ウィルベルの両親は龍と人に追われるような罪を犯し、その中で母は死に、父は怒りに狂った。父は龍の血を啜り、肉を喰らい、狂気に溺れた邪龍となった。
ハーブルの話が真実であれば、今までの謎には一通り説明がつく。ウィルベルに宿る龍の力は母譲りで、雷の力は王族だった父譲りだということだ。
「……邪龍を殺す方法は無いんですか」
ウィルベルが聞いた。
邪龍を殺すということは、彼女にとって実の父を殺すことを意味する。それでも、精一杯の意志を振り絞ってそう聞いたのだ。
だが、その瞳が揺れるのをフリッツは見逃さなかった。他にも、声や指先の震えから、彼女が必死で平静を保っているのだということは簡単に見抜けた。
もちろん、ウィルベルのことを十五年も守り続けてきたハーブルもそれに気づいているだろう。
「二つ、ある」
ハーブルが答えた。
孫のように可愛がってきたウィルベルに、父を殺す手段を教えるということが、彼にとってどれほど辛いことなのか、フリッツには推し量ることができない。
「じゃが、その為には邪龍の特殊性について話さねばならん。あれは普通の龍とはまるで異なるものなのだ」
ハーブルがそう前置きを入れる。
フリッツが会ったアパスや、話に出てきたニーズヘッグとは明らかに違う。邪龍を倒すためには、特別な方法をとる必要があるのだろう。
「邪龍が他の龍に比べて途轍もなく早く復活する理由。それは魂を分けた器が存在しているからじゃ」
「器……?」
初めて出てきた単語に、フリッツが疑問を唱える。
「龍が傷付き瀕死の重傷を負った時、通常は長い休眠状態に入り、何千年という時をかけて大地を満たす魔素を吸収して治癒を進める。しかし、邪龍は魂の器から直接魔素を得ることができるのじゃ。これが、邪龍の不死性のカラクリじゃ」
つまり、大地中のエネルギーを集めて少しづつ回復していくという行程を、器から直接供給されるエネルギーを使うことですっ飛ばしているということか。
理解の及ばぬ理屈ではなく、見せかけの上で不死のように見えているだけということならば、対応のしようもあるはずだ。
「その魂の器というのは……私ですか」
ここまでの話の流れで、邪龍となったウィリアムと密接な関係にあるのはリリベルかウィルベルしかいない。リリベルが既に亡くなっているのであれば、可能性はウィルベルしかないということはフリッツにも分かる。
「……そうじゃ。邪龍……ウィリアムとお主は魂の深き所で繋がっている。それは認識の及ぶものではない。ゆえに、自覚して制御などはできんはずじゃ」
だが、ここで新たな疑問が生まれた。邪龍は三英雄に敗れてから、回復に努めていたはずだ。それも十五年もだ。しかし、ルクセンで戦った邪龍はすぐに復活した。単なるダメージの問題だとは思えない。
「この十五年、邪龍が沈黙していたのは?」
「この学院の結界が、魂の繋がりを断ち切っていたからじゃ。とはいえ、完全にではない。復活の時期を遅らせたに過ぎん」
「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃあ……もしウィルベルが旅に出ていなかったら?」
「……邪龍の目覚めが遅れただけじゃ。いつかは目覚め、破壊をもたらしていたじゃろう」
ハーブルの答えは、フリッツの言葉を認めたも同然だ。
ウィルベルが学院にいる間は、邪龍の活動が鈍る。ハーブルはそれを分かった上で、ウィルベルを旅に出すという決断をしたのだ。当然、どんな悲劇が生まれるかも承知した上でだ。
いつか同じことになっていたというのは理解できる。しかし、ハーブルを責めたい気持ちを抱かずにはいられなかった。覚悟を決めて罪を犯すというのは、こういうことを指すのだろうか。
「邪龍を倒す方法というのは……私が死ぬこと、ですよね」
「っ……ウィルベル! 冗談でもそんなこと言うな!」
それについては、フリッツもすぐに思い当たった。だがそんな恐ろしいことは口にできない。ウィルベルが口に出すのも許容はできない。
「……方法の一つじゃ。お主が死ねば、確かに邪龍の特殊性は失われ、復活には数千年の時を要するようになるじゃろう。じゃが、それも結局は時間稼ぎに過ぎん。未来の人間に災いを押し付けているだけじゃ」
「それじゃあ……どうすれば」
「ウィルベル。お主が、邪龍を倒すのじゃ」
ハーブルがウィルベルの目をしっかりと見つめる。
ハーブルもウィルベルの死など望んでいるはずがない。きっと、ウィルベルに自らの手で両親との因果を断ち切って欲しくて、旅に送り出したのだ。
「でも……ルクセンでは確かに心臓を貫いて……」
確かに、ルクセンの戦いでウィルベルの放った槍は邪龍の胸を貫き、息の根を止めたはずだ。あのとき、一体何が足りなかったのか。
ウィルベルの言葉に、ハーブルが首を振って答える。
「龍が龍を殺す時、相手の魂を自らの一部として吸収する。そうすれば、龍は完全に消滅する。それを実現するには、ある術の習得が必要なのじゃ」
「術……?」
「その術の名は"レゾンデートル"。ヴァイスランドでも扱える者はない多くないが……邪龍を倒す為には学ばなければならない」
邪龍を倒す二つの方法。一つはウィルベルが死に、もう一つはウィルベルが直接邪龍を手にかけなければならない。どちらを選んでも、彼女には辛い現実が降り掛かる。
だが、フリッツにとっては選択肢は一つしかないも同然だ。ウィルベルの死など認められるわけがないのだ。
そのレゾンデートルとやらの習得にどれほどの時間が掛かるか分からないが、他に道はない。
「少し……時間をください」
「あっ、ウィルベル!」
そう言うと、ウィルベルは立ち上がって部屋を出て行ってしまった。追いかけるべきか、一人にしておくべきか、逡巡で足が止まってしまう。そんなフリッツに、ハーブルが声をかける。
「フリッツくん。ワシは君に期待しとるよ……ウィルベルのことを、よろしく頼む」
ハーブルに頷きかけて、部屋を出た。
部屋を出てすぐそこの所にカーラが立っていて、思わず声を上げそうになった。彼女は廊下の奥を指差す。
「ウィルベルはきっと星見台です。あの子は……悩んでいる時はいつもあそこに行っていたから」
「ありがとうございます!」
そう言ったカーラはいつもの冷然とした様子ではなく、妹を案ずる姉のように見えた。
フリッツは礼を言って、カーラの指差した方へ走る。石造りの廊下に、フリッツの駆ける音だけが反響するのだった。




