表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
50/181

第四章♯18『魂を導く者』

 遂に眼前に現れた、神話の体現。フリッツが水元龍アパスに圧倒されているのも束の間、服の隙間に隠れていたフェアリー達がパタパタと飛び出したいった。


「こんにちは。お婆さマ」

「こんにちは。この人たちガ」

「こんにちは。会いたがっていたノ」


 フェアリー達の言葉を受けて、アパスがフリッツ達に目をやる。ジッと見つめられて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


『ああ……よく来ました、人の子らよ』


 不思議な声だった。声というよりは音に近く、言葉を紡いでいるようには聞こえないが、意味は理解できる。そして、思ったよりも優しい声だった。

 フェアリー達が先程から「お婆さま」と言っているし、きっと女性なのだろう。老女が無垢な子供達に語りかけるような音色だ。


『私はアパス。眠りを守る者……そして、魂を導く者。貴方達の望みは?』


 望み、と言われてもすぐには思いつかない。フリッツ達は「水元龍に会って来い」と言われただけで、「会って何を尋ねるか」については聞いていないのだった。無難なところで言うと、邪龍の倒し方とか、そういうことだろうか。


「邪龍を倒す方法を」


 ウィルベルの答えを受けて、アパスはキョトンとした様子だ。龍の表情なんて分かるはずもないのに、どうしてか直感的に理解できる。


『邪龍……? ああ、ニーズヘッグの血のことですか』


 アパスが得心したように呟く。そして、緩やかに首を振りながら続ける。その目は哀しみを浮かべているように感じた。


『龍を殺すことが出来るのは龍だけです……』


 アパスの口から、衝撃的な事実が告げられた。


「そ、そんな……それじゃあ人間は、絶対に龍には勝てないのか?」


 フリッツの絶望混じりの問いに、アパスがまたしても首を振る。


『確かに、人が龍を屠ったところでいつかは復活しますが……それはあくまでも悠久を生きる龍の尺度。数千年を経てのことです。人間にとっては関係のないことでしょう』


「あの邪龍はたったの十五年で復活した……ぜひ貴方に力を貸してもらいたい」


 ウィルベルが言った。龍しか龍を殺せないのなら、彼らの力を借りるしかない。そして、最も現実的なのは目の前にいる水元龍の力を借りることだ。


『……なりません。龍の罪は龍が、人の罪は人が裁く。もっとも古い約定です』


「っ……それなら邪龍は龍達で始末するべきだろ!」


 アパスの言葉に、フリッツが苛立って叫ぶ。

 邪龍のせいでどれだけの人間が死んだと思っている。それを無視して、こんなところで眠りこけていたなんて許せない。

 しかし、叫んでから気づいた。何かがおかしくはないか。


「そんな……まさか」


 龍を裁くのは龍。そして、その龍が「邪龍を裁くのは龍の役目ではない」と言った。であれば、そこから導き出される答えはひとつだ。頭をハンマーで殴られたかのようなショックに、声が震えた。


「人間……なのか、あれは」


 絞り出すように言ったフリッツに、アパスがゆっくりと頷きかける。

 フリッツは膝から崩れ落ちた。

 人間だとは言っても、邪龍はたしかに不死身で、龍としての性質を宿している。龍の力を借りて戦うことは許されず、人間では撃退することしかできない。

 つまり、これから先もずっと邪龍と戦い続けなければならないのだ。終わりのない戦いに、どれほどの血が流されることになるのか。この戦いに、英雄もなにもありはしない。


 側に立つウィルベルは、動揺した様子もなくアパスと向かい合っている。そんな彼女に、フリッツは掠れた声をかける。


「……知ってたのか」


「邪龍と戦った日に、そうなんじゃないかって思った」


「なんで言わなかった!」


「……自分でも馬鹿げてると思ったし、フリッツに言っても動揺させるだけだと」


「だからって……くそっ」


 フリッツの怒鳴り声にウィルベルが瞳を揺らす。それを見て、フリッツは自分自身に腹が立って仕方なくなった。

 ウィルベルに悪いところなどない。それは分かっている。もしルクセンで「邪龍は人間だ」なんて言われても、フリッツはきっと信じなかっただろう。


 それでも、並んで歩いていると思っていた相棒が実はもっと先を進んでいたと知って、惨めな気持ちになった。そんな感情を彼女にぶつけたことと、頼ってもらえるようにできなかった自分に腹が立つ。


『私が貴方達に話せるのはここまでです。続きは……北の賢者が語るでしょう』


「北の賢者……?」


『ええ。彼はすべてを知り、そして隠している。秘匿を貴方達に伝えるのが彼の役目、ずっと待っていることでしょう』


 北の賢者だけじゃ誰のことかさっぱり分からない。せいぜい、北の方に住んでいることと、男性であることくらいじゃないか。


『さあ、もう行きなさい。ここは闇に近い。長く留まるべきではありません』


「でも、どうやって帰れば……」


 帰れと言われても、道は崩落していて上層に戻る術はない。


『この子達に送らせましょう』


「はいはい。それモ」

「はいはい。私たちノ」

「はいはい。おしごとなノ!」


 フェアリー達がぴょんぴょん跳ねる。赤色の帽子を被ったフェアリーは、どうやらフリッツの胸ポケットが気に入ったようで頭だけを出しながらガサゴソ動いている。


『さようなら、人の子らよ。何千年ぶりかの語らい、楽しかったですよ』


 そう言い残して、アパスは湖へと沈んでいき、水底へと戻っていった。ほんの数秒で、巨大な影が見えなくなるまで潜り、後には波紋と静寂だけが残る。


「……さっきはごめん、取り乱した」


「良いの。私もその……これからは秘密は無しにする」


 ウィルベルはフリッツの言い表せない思いも理解してくれていた。それがますますフリッツの惨めさを加速させるのだが、それについては仕方がない。年下の女の子相手に声を荒げるなんて、フリッツもまだまだ子供だったようだ。


「はーぁ……振り出しに戻る、って感じだね」


「水元龍の次は『北の賢者』か……」


 ウィルベルがアパスの言葉を反芻する。ヒントとして与えられた言葉だが、少し抽象的すぎる。

 ルクセンから断絶の森まで来て、ここからさらに北に行けだなんて、ルクセンに戻れるのはいつになるのだろうか。


「心当たりは?」


「……ある」


 ウィルベルが少し言い淀んでから答えた。しかし、まだ疑問符を浮かべている様子だ。確信は持てていないのだろう。


「そうか……でもまぁ、まずはここから出してもらおう」


「うん。お願い、フェアリーさん」


 ウィルベルが声をかけると、赤帽子がポケットから飛び出して行く。三羽? 三人? がフリッツ達の顔の前で浮遊する。


「よしよし。仲直リ!」

「よしよし。出口ヘ!」

「よしよし。せーので行くヨ!」


 フェアリー達がフリッツとウィルベルの周りをグルグルと回りだす。羽から発せられる光が尾を引いて、光の輪のようなものができ始める。


「「「せーノ!」」」




 始めて揃った掛け声と共に、視界が白に染まる。若干の浮遊感の後、足の裏が地面を踏みしめる感覚。瞼を開けると、遺跡の入口まで戻ってきていた。フェアリー達はいなくなっていて、フリッツとウィルベルだけだ。


「な、なんでお前達がここにいるんだ!?」


 振り向くと、モニカとユリウスが遺跡から出てくるところだった。


「水元龍に会ってきたの。その後、ここに送ってもらえて」


「俺たちは崩落現場でしばらく二人を探してたんだが……一度村に戻って応援を頼みに行くところだったんだ。ともかく生きていて良かった」


 ユリウスに肩を叩かれる。瓦礫の山を探していてくれたから、まだここにいたようだ。二人は平気だろうだとは思っていたが、こうしてちゃんと無事を確かめるとやはり安心した。


 ここまで、思ったより順調に当初の目的は達成することが出来た。しかし、水元龍からは次の目的地が示され、おそらくそこにすべての答えがある。ゆっくりはしていられない。邪龍を完全に仕留める術も、そこにあるかもしれないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ