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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第一部『龍姫の叙事詩』序章
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序章♯5『戦場と龍智』

「フリッツは、ここに来る前何をしていたの?」


 先に口を開いたのはウィルベルだった。


 お茶を用意した後はソファに深く腰掛け、かなりリラックスした様子だ。


「直前の仕事って意味なら、南部のほうで魔物狩りだね。まあ、ずーっと傭兵生活だから、どこにいてもやることはあんまり変わらないかな」


 カップを手に取り、淹れてもらったお茶をいただく。甘くて、落ち着く味だ。カップの中の薄茶色の液体に、部屋の灯りが反射して、宝石のように輝いている。


「ずっとって、どれくらい?」


 両手でカップを持ったウィルベルが、眉根を寄せて聞く。


 傭兵なんて仕事は、大抵軍人崩れの逃亡兵か、元山賊なりがやるもので、なんの経験もない若者がその仕事に就くというのはあまりないことだ。だから訝しんでいるのだろう。


「14の頃からだから、大体5年くらいだね。」


 それを聞いて、ウィルベルは驚いた様子である。まあ、大抵の人は最初驚くか、同情してくるかのどちらかだ。


「物心もついてない頃に、両親が戦争で死んじゃったみたいでさ。孤児になりかけてたところを師匠に拾われて、剣とか色々教わりながら一緒に傭兵を続けてたんだよ」


 それを聞いて、ウィルベルはまたも驚いた顔になり、その後同情するような目になった。なんといったら良いのかわからない、という表情だ。


 自分でもひどい経歴だとは思うが、両親のことはまったく憶えていないから、それに関して悲しみを感じたことはない。


 師匠には良くしてもらったから、寂しさも感じたことがない。だから、字面ほど不幸な人生は送って来ていないと、本人的には思っている。


「あの……さっきは、頼りなさそうとか言ってごめんなさい。あと、私ちょっと人見知りで……どう話せばいいか分からなくて」


 ウィルベルが目を伏せながら謝罪の言葉を口にした。


 校長室でのことを言っているのだろう。まあ我ながら、見た目からすれば頼りなさそうだと思うのは当然な判断だと思う。

 それに、あの時はウィルベルも気が立っていたようだし気にしていない。だが、ウィルベルの方は気にしているようだ。


「良いよ、気にしなくて」


 まだ申し訳なさそうにしているウィルベルに軽い調子で声をかける。会話が途切れて、重苦しい空気が漂った。

 部屋のランプの火がちらついて、二人の影を揺らす。


「ウィルベルは、いつから学院に?」


 この空気を変えるためにも、話題を変えてみよう。

 どうせなら、たいして面白くもない自分の話をするより、ウィルベルのことを聞きたい。


「……私は赤ん坊のときからここにいるの。捨て子だった私を校長先生が育ててくれたの」


 なんでもないことのように、微笑みながらウィルベルが言った。

 想像していた以上に、ウィルベルも大変な生まれのようだ。迂闊な質問をしたことに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


「えっと……ごめん」


 いいの、とウィルベルが笑う。それに連られたのと、お互いにお互いの暗い過去をえぐったことがおかしくて、思わず笑ってしまった。


 魔術学院に通うような人間は、ほとんどが貴族か、それに準ずる身分の子だ。まさかウィルベルが孤児だとは思わなかった。


 とりあえず、笑って流してくれたのは良かったが、過去の話はもうやめたほうが良いと判断して、当たり障りのなさそうなことを聞いてみることにする。


「旅の目的って、聞いてもいいのかな」


 しかし、意外なことにウィルベルが黙ってしまった。また何かまずいことを言ってしまったのだろう

か。そう不安になりかけたとき、ウィルベルが口を開いた。


「……ドラゴンを探すために。」


 は? と間抜けな反応をしてしまう。

 どんな重大な答えが返ってくるのかと構えていたが、拍子抜けする答えだった。


「竜? 竜ってあの空を飛んでるやつ?」


 竜といえば、獰猛な魔獣だが、そこまで珍しいものでもない。山岳地帯には多く生息しているし、研究するほど価値のある存在だとも思えないのだが。


「フリッツが言っているのは飛竜ワイバーンだと思う。私が探しているのは、神話に出てくるようなドラゴンなの。」


 間抜けな反応をした僕に、ウィルベルが諭すように言う。


「竜なんてどれも一緒じゃないか?」


 火を吐くか、雷を吐くか。飛ぶか走るか。種類によってそれくらいの違いがあることは知っているが、それだけだ。


飛竜ワイバーン地竜ドレイクと違って、ドラゴンには人を遥かに超える知性がある……と言われているの。私が探すのは、ドラゴンの中でもとくに古い存在、古龍エルダードラゴンだよ」


 ドラゴンにまつわる神話で有名なものといえば、四元龍の話だろうか。だが、そんなものは御伽噺にすぎないはずだ。


 よく分からないが、僕が知っている以上に竜にも色々なやつがいて、ウィルベルが探しているのは、その辺にいるようなようなものではないといったところだろうか。


「それで、その古龍とやらを見つけてどうするんだ?」


 聞いていいことなのか迷いつつも、興味が湧いてしまう。ウィルベルは顎に手をやって、どう言ったものかと考え込んでいる様子だ。


「……聞きたいことがあるの」


 少し沈黙してからウィルベルが答える。なんだか言葉を選んでいるように感じる。言いにくいことなのか、僕にも分かりやすくするためなのかは分からない。


「聞きたいことって?」


 それを聞いて、ウィルベルがニヤリと笑う。そして、指を口元に立て言った。それは内緒、と。


 ウィルベルはイタズラっ子のように微笑んでいる。

 おそらく、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。煮え切らない思いがあるが、今は諦めたほうがいいようだ。無理に聞いても良い事はないだろう。


 初対面のときと比べれば、ずいぶん打ち解けることができた。それだけでも十分な成果といえる。


 そう考えながらカップを手にとるが、もうすでにカップは空になっていた。いつのまにか、飲み干してしまっていたようだった。

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