第四章♯16『不壊のガーディアン』
開戦礼の後、石像が斧槍を回しながら振り払う。ブンッという風切り音が響き、その重量感を感じさせた。
「来るぞ!」
四人それぞれ武器を抜き、石像の動きに備える。フリッツとウィルベルはいつもの装備。モニカは弓と短剣、ユリウスは細身の直剣だ。
相手は見るからに堅そうな石で出来ている。だが、ただ堅い石ではないのは、相手の自然な動きからして明らかだ。邪龍のウロコまでとはいかないだろうが、剣で破壊するのは難しいだろう。となると、ウィルベルに頼るしかない。
石像が腰だめに斧槍を構え、猛然と突進をしてくる。三メートル近い巨体があっという間に距離を詰め、体を捻ってフリッツ達を薙ぎ払う。
モニカとユリウスは後ろに飛んで躱す。フリッツとウィルベルは身を沈めてやり過ごし、すれ違いざまに斬りぬける。
ギィン、とピッケルで石材を叩いたときのような音がした。
「やっぱり堅いね……」
斬った場所には、わずかに傷が付いている。とはいえ致命傷とは程遠い。そもそも相手は非生物だ。首を飛ばしても動くかもしれない。動けないほどにコナゴナにしてしまうのが一番確実だ。
「ウィルベル、頼めるか?」
「うん。二十秒あれば」
「よし……おーい! ウィルベルの魔術の準備まで時間を稼ぐぞ!」
石像を挟んだ反対側にいるモニカとユリウスへと声を張り上げる。りょうかーい、と気の抜けた声が返ってきた。こんな状況だというのに、のんきな奴だ。
ともかく、時間稼ぎだ。邪龍相手にも時間を稼いだ腕の見せ所だ。
柄を握る手に力を込め、石像へ駆け出す。迎撃に繰り出された突きを避け、膝を斬りはらう。体勢を崩すには至らないが、石像の意識が下半身に集中する。その隙を狙って、ユリウスが背後から石像のうなじを斬る。
石像は右腕を引き戻し、脇を締めて回転する。斧槍が振り回され、距離を取らざるを得ない。後退したフリッツを狙う左腕を、モニカが射った矢が弾く。
「ウィルベル!」
「破術五十一番——」
詠唱と共にウィルベルの手のひらに迸る魔力が青く発光し、魔術が発動しようとする寸前——突如魔力が爆散した。
ガラスを割ったような、爪で引っ掻いたような不愉快な音が響き、キラキラとその残滓が舞う。ウィルベルは左腕を抑えて、苦悶の表情を浮かべている。
「くっ……魔術が、使えない!?」
「この場所のせいか!」
舞った残滓は、床や天井に吸収されていく。この場所自体が魔術を阻害する性質を持っているのかもしれない。ウィルベルがミスをするとは思えないし、あり得る話だ。
魔術師でしか解けないようなパズルの先に、魔術が使えない状態でこんな化け物と戦えだなんて、ここを造った奴の性格の悪さが滲み出ている。
とにかく別の方法を探すしかない。石像の剣戟をやり過ごしながら、頭を回す。
「もう三十秒稼いで!」
ろくに考えれていない思考を、ウィルベルの声が遮った。魔術が使えない状況で、また時間を稼いで何をするつもりなのか。だが、ウィルベルが無意味にそんなことを言うはずがない。言われた通り時間を稼ぐ。
人間対石像。体の大きさも勿論ながら、何よりも大きな差は疲労だ。ほぼ無呼吸状況で攻撃をいなし続けるしかない人間と、どれだけ動いても息の上がらない石像。持久戦の結果は目に見えている。三人で石像を囲み、背に回った時だけ攻撃をして、正面の時は回避に専念する。可能な限り個人あたりの負担を減らしながら、一秒一秒を稼いでいく。
神経が研ぎ澄まされ、時の流れがゆっくりと感じられた。一分経ったような気もするし、まだ十秒しか経っていないような気もする。
「みんな離れて!」
ウィルベルの声を聞いて、現実に引き戻され一斉に距離を取る。
目の端でウィルベルを見ると、彼女の左腕から青紫のオーラが立ち昇っていた。その先にあるのは、光で形作られたしなやかな龍の尾。
「はあああっ!」
ウィルベルはそれを振りかぶって、石像に向けて振り下ろす。石像は斧槍を両手で構えて、尾の一撃を受け止めようとする。
打撃の瞬間、空間全体が震えるような衝撃が走り破壊力に耐えかねた斧槍が真っ二つに折れる。それで尾の勢いは止まらず、そのまま石像の右肩を砕く。右肩から腰へ、そして脚まで砕いた。衝撃は床にも伝わって、辺り一面に亀裂を生じさせるほどだった。
ウィルベルが、手を払うと、石像の体の半ばまで抉った尾がほどけるように消える。
石像の方は俯いて膝をついている。右半身のほとんどを失い、左手には折れた斧槍だけ。脚も砕けていて、もう戦いどころか歩くことすら出来なさそうだ。
そんな状態にも関わらず、石像は左手をゆっくりと持ち上げた。一体何をするつもりかと身構えるが、石像の顔はフリッツ達を見ていない。それが見ていたのは、床に生じた亀裂だ。そこ目掛けて、斧槍を叩きつける。ガンッと音がドームに響いて、亀裂がより深まり壁から天井まで達する。
「ッ……崩落するぞ!」
ユリウスが叫んだ。衝撃はドーム内に留まらず、大きな地鳴りをも発生させた。地震のように遺跡全体が揺れ、天井の一部がボロボロと崩れ始めた。
このままでは全員生き埋めだ。
「通路まで走れ!」
未だ床を叩き続ける石像を置いて、四人で通路に走り出す。しかし、通路から遠いフリッツとウィルベルが出遅れた。少し前を走るウィルベルを追いかけながら、足を動かす。
懸命に走るが、揺れと落下物で思うように進めない。そうしている内にも、揺れはとんどん大きくなっていく。目一杯踏ん張ろうとした時、脚が空回りするような感覚を味わった。冷や汗をかきながら足元に目をやると、真っ暗な穴がぽっかりと口を開けていた。
重力に吸い込まれ、体が引っ張られる。掴んだ瓦礫もすぐ崩れて、意味をなさない。抵抗も虚しく、奈落に滑り落ちる。
ユリウスとモニカはなんとか通路まで退避したのを目の端で捉えた。二人が何かを叫び、振り返ったウィルベルがフリッツに手を伸ばしている。
最後に青い光に視界が包まれ、そこから先は分からない。意識があったのは、そこまでだ。
頬に冷たい感触がした。しばらくして、自分が地面に倒れていることに気づき、呻きながら体を起こす。辺りは暗いが、水色に発光する結晶のおかげでなんとか足元は見える。
どうやらここは元々あった空洞か何かで、崩落と共にここに落ちてきてしまったようだ。頭上を見上げると、瓦礫に覆われて何も見えない。
「フリッツ、平気?」
「うわっ! ……ウィルベルか。びっくりした」
ウィルベルが暗闇からヌッと現れた。腰に手を当てて、辺りの様子を探っていたようだ。
「ウィルベルが助けてくれたのか」
頭上の瓦礫を指差して言う。あれほどの崩落で、こんなに綺麗に隙間が出来るとは思えない。
「うん。『翼』で瓦礫を押し上げたの」
ブラオエでは一瞬『翼』を使っただけで、立てなくなるほど消耗していた。今回は『尾』と『翼』を立て続けに使ったのだが、そのわりには元気そうだ。
「額が割れてる……今手当するね」
「いや、いい。出血も止まってるし、問題ないよ」
ウィルベルがフリッツの額に手を伸ばすが、その手を遮る。傷口に触れると、指が血でぬるついたが大した怪我じゃない。気は失ってしまったが、脳震盪を起こしたわけでもないようだ。
「向こうに道がある。立てる?」
「ああ、うん。大丈夫」
泥を払って立ち上がる。側に落ちていた剣を拾い上げ、腰に差す。ここは洞窟の中にも関わらず風がある。どこかが外に繋がっていて、そちらの方に通路があるのだろう。ウィルベルと並んで、奥へ奥へと進む。




