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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯14『緑香』

 小鳥の囀りで目が覚めた。隣のベッドはすでに空で、シーツが寝乱れた様子もない。


 ウィルベルはこのところ眠れていないようだった。それでも日中疲れた様子を見せないのは、そういう体質なのか、それとも意地か。どちらにせよ、いずれ限界は来るだろう。そうなる前に、無理矢理にでも酒を飲ませて眠らせるべきかもしれない。


 適当に身支度をして外に出ると、早朝特有の冴えた空気に包まれた。熟睡はしたものの、長い時間を寝ていたわけではないようだ。体の疲れも一応取れて、一通り体を動かしても痛みはない。


 風に乗って、遠くからふと子供達らしき声が聞こえてきた。

 そちらに人がいることは確かなので、ひとまず声が聞こえてきた方へ向かう。


 しばらく歩くと、声に加えて良い匂いも漂ってきた。それに釣られて樹上の広場に登ると、そこにはおそらく村中の子供たちが集まっていた。大勢の子供達は、五、六人に分かれて円卓に座り、朝ごはんを食べている。声と匂いの正体はこれだったらしい。


「あっ、フリッツ。丁度良いね、今から呼びに行こうと思ってたんだ」


 エプロン姿で鍋を抱えたウィルベルが、子供達に配膳していた。あまりに自然に馴染んでいたので、声をかけられても一瞬誰か分からなかった程だ。


「料理……してたのか?」


 ウィルベルに気づくのが遅れたのにはもう一つ理由がある。エプロン姿のせいだ。料理をしているウィルベルなんて、今までお目にかかった事はない。


「うん。村の人に色々教えてもらいながら、お手伝いしてたの」


「へぇ〜。ていうか料理できたんだ」


「し、失礼な……人並みには出来ます」


 確かに、旅の途中だと野宿の時は雑な食事だし、何処かに泊まった時は食堂や屋台で済ませることがほとんどだ。料理をする機会が無かっただけなのかもしれない。


「おにーちゃーん! こっちこっち!」


 ふと、横合いから聞いたことのある声が聞こえた。そちらを向くと、まだ空席のあるテーブルで白髪の女の子が手を振っている。


「セーナ! 久しぶりだな」


 セーナに呼ばれたので、まだ手伝いの途中のウィルベルから離れて、そちらに近寄る。テーブルにはすでに、モニカとユリウスも着席していた。二人とも軽く挨拶を交わして、腰を下ろす。


「髪切ったのか」


 出会った時には腰ほどまであった髪は、うなじにかかる程度の長さまで切られていた。前髪には、ブラオエでフリッツがプレゼントした髪飾りを付けてくれている。

 以前のような儚さは少し鳴りを潜めて、快活な雰囲気になった。髪の色と同じ白いワンピースを纏った姿は、この場所も合わせて本物の妖精のようだ。


「うん! ユリウスさんに切ってもらったんだよ」


「ユリウスが?」


「ああ、刃物の扱いは得意だからな」


 ほのぼのとしているのか殺伐としているのか、ユリウスがニヤリと笑いながら言った。


 しばらく話していると、手伝いを終えたウィルベルも同じテーブルに着いた。五人でテーブルを囲んで、朝食を頂く。

 村には窯があるのか、焼きたてのパンまで用意されていた。肉と野草のスープなど、狩猟民族らしいメニューが並ぶ。


「それで、お前たちはいつ出発するつもりなんだ?」


 朝食の途中にユリウスが訊いた。無論、遺跡の件だろう。


「う〜ん。早い方が良いから、今日か明日かにでも」


「準備は出来ているのか」


「準備って言ってもなあ……遺跡の中がどうなってるとか分からないんだろ?」


「ああ、エルフは遺跡に入れないからな。だが、聞いたところによると内部は魔術仕掛けの罠が張り巡らされているらしい」


「古代の魔術……ね」


 ウィルベルは顎に手を当てて思案する。

 古龍が侵入者を選別するために造った魔術仕掛けの遺跡。何千年の時を経てなおちゃんと作動しているのだろうか。もしすでに機構が破損していて、どうやってもアパスの元へ辿り着けないなどということになっていれば最悪だ。


「おにーちゃん達、また危ないことするの……?」


 スプーンを握ったセーナが不安そうな声で言った。

 彼女の言う通り、また危ないことをしなければならないのだが、そのことを伝えて不安にしてしまうのは可哀想だ。


「大丈夫だってセーナ! フリッツ達にはあたしも付いていくからさ!」


 セーナを安心させるようにモニカが言った。その言葉に対して、ユリウスが声を荒げる。


「モニカ! そんなこと許されるはずがないだろう!」


「元々あたしは村のルールとか破りまくってるし? 今更ルールでダメって言われてもなあ」


 一方のモニカはあっけらかんとした態度だ。

 エルフ達のしきたりによれば、村を出ること自体禁じられているらしい。各地を放浪しているモニカはすでにはみ出し者というわけだ。


「だが……」


「あたしは自分のやりたいようにだけやるんだ。文句言うならぶっ飛ばすぞ!」


「……俺が許しても、今度ばかりは長老達が許さないぞ」


 ユリウスが声をひそめる。


「バレなきゃいいんだって、バレなきゃ」


そう言ったモニカに、ユリウスは渋い顔をした。


「……なら俺も付いていく。遺跡の中で死なれたら説明が面倒だからな……それで構わないか?」


 ユリウスがフリッツ達に問う。


「僕たちはもちろん構わないというか……ありがたいけど」


 フリッツ達としては願ったり叶ったりだ。モニカとユリウスに同行してもらえるのであれば心強い。


「でも、大丈夫なの? モニカはともかく、ユリウスは」


 顔をしかめるユリウスに、ウィルベルが訊く。

 ユリウスは村の若者の中心的存在のようだし、彼が規則を破るというのは、彼自身になかなかのリスクが付き纏うのではないか。


「……エルフが遺跡に立ち入ってはいけないという約定は水元龍が定めたものだ。つまり、俺達を裁くのは長老達ではない……だからきっと大丈夫だ」


 根拠というよりは屁理屈に近い考えだが、ユリウスがそう決めたのなら言うことはない。


「よしっ! 決まりだな! ちゃちゃっと用を済ませて帰って来るから安心しろよ〜」


 モニカがセーナを頭を撫でてやる。セーナはまだ不安そうな表情をしているが、フリッツ達からこれ以上言ってやれることはない。


「……わたしもいく」


 セーナがそう呟く。よっぽど心配らしい。不満そうに頬を膨らませている姿は、なんでも言うことを聞いてやりたくなるが、今回ばかりはそうもいかない。何が起こるか未知数な場所に、まだ子供のセーナは連れていけない。


「あと五年経ったらな。今回は信じて待っててくれ」


 信じて待っててくれ。

 いつかフリッツが言われた言葉を、今はフリッツが口にした。これが精一杯だ。




 朝食の後、一度借りた家に戻って準備を整えることにした。革鎧を身につけ、荷物を確かめる。

 遺跡というのがどれほどの規模か分からない。内部で野営をしなければならない可能性もあるから、一応火起こしの道具なども持っていくことにする。

 荷物の量と機動性のバランスはいつも頭を悩ませる。今回は森に入った時よりもかなり少なめにして、動きやすさを重視した。


 荷物の確認を終えて、後ろを振り向く。ウィルベルがハイブーツの靴紐を締めていた。黙々と準備をするウィルベルに、思い切って声をかける。


「なあ、ウィルベル。……最近、眠れてないの?」


 フリッツの言葉に顔を上げたウィルベルは、少し驚いた表情を浮かべている。


「……気付いてたんだ」


「ああ、まあ。その……悩んでることがあるなら言ってくれれば」


「ありがとう……でも、これは私の問題だから」


 そう言って、ウィルベルが準備に戻る。その言い方が突き放すように聞こえて、フリッツは少し動揺した。


「僕たちパートナーだろ?」


「そう……なんだけど。自分の中でもまだ整理がついてなくて……まとまったら話すね」


 ウィルベルはフリッツの想像も付かないようなものを抱えている。それが分かっているからこそ、一緒に背負いたいと思っているのだ。だが、ウィルベルがそれを望まないのなら、フリッツに出来るのは見守ることだけだ。


「……分かった」

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