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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯12『青の約定』

 エルフ達に導かれた先は、彼らの集落だった。高い木々に蔦の橋をかけ、木材や大きな葉で作られた家がまるで果実のようだ。無尽に張り巡らされた蔦の橋を、子供らしきエルフが駆けている様子が見えた。


 上空を覆うはずの葉は綺麗に切り取られて、集落全体に月光が差し込んでいる。それに加えて、発光性の苔を丸めた提灯のようなものがそこら中に吊るされているから光源は十分だ。


「綺麗……」


 巨大虫のショックから立ち直ったウィルベルがそう呟いた。

 たしかに彼女の言うとおり、幻想的で美しい光景だ。だがフリッツは、まだ素直に景色に感動することはできない。この後の話次第では、フリッツ達はエルフに襲われることになるかもしれないのだ。まだ気は抜けない。


 木製の階段を上って、地上から離れた居住区に入る。地面と呼んで良いのか床と呼ぶべきか、足をつける所も蔦を編んで作られていて、穴が空いたりしないのか心配に思ったが、自分の足で踏みしめるとそんな心配は必要ないことが分かった。しっかりと編み込まれた蔦は頑丈で、剣を突き立てても貫通させることは難しそうだ。


 集落の住人達が、珍しそうにフリッツ達を見ている。若いエルフは興味津々といった様子だが、老いたエルフの中には嫌悪感を露わにする者もいて、歓迎されている雰囲気ではなかった。

 人間とエルフの戦争はもう数百年前のことだが、エルフの寿命は千年近いという。その戦争に参加していた当事者がまだ生きていてもおかしくはない。


「ここが長の家だ」


 そう言って男性のエルフが入っていくのは、儀礼的な装飾がたくさん施された家だった。女性のエルフ二人は扉の両脇に控えて、フリッツ達を促す。


 家の中には、いかにも老エルフといった様態の人物がいた。痩せてはいるが、弱々しい印象は受けない。灰色の長髪を束ねた姿は、老練な狩人といった様子だ。彼は胡座をかいて座り、フリッツ達を笑顔で迎えた。


「よくぞ来てくださいました。私はこの集落の長、カンドレと言います」


 カンドレはフリッツ達に腰を下ろすよう勧める。それに従い、二人並んで彼の対面に座る。先に家に入った男性のエルフは、壁に持たれかかって話を聞いている。

 一見、力を抜いているように見えるが、その実フリッツ達を警戒していることが分かった。怪しい動きを見せれば、すぐにでも攻撃してくるだろう。やはり、あまり歓迎されていないようだ。


「私達はヴァイスランドの使いとして水元龍に会いに来たんです。龍の所へ案内してもらえませんか」


 ウィルベルが単刀直入に要件を述べる。その言葉を聞いて、カンドレは表情を曇らせる。


「……水元龍は——アパスは埋もれた遺跡の先に眠っています。アパスが眠りについたのはもうずっと前。私の曽祖父が村長をしていた頃になります。簡単に会えるとは思えませんが、会ったところで話せるかどうか」


 目の前の老いたエルフの曽祖父が生きていた頃とは、一体いつの話になるのか。少なくとも数百年やそこらの話ではないだろう。とてつもない時の壁に目眩がする。


「それでも、会わないといけないんです」


 ウィルベルが決意を込めた声色で言った。それを聞いたカンドレは、鷹揚と頷いている。


「無論、案内はいたしましょう。それもアパスとの約定のひとつですから」


「龍との約定?」


 カンドレの予想外の発言に、フリッツが問う。

 人間と龍の約定については建国史にも載っていたが、エルフも龍と約定を結んでいたなどという話は聞いたことがない。保守的な種族だから、情報が外に出なかっただけということでも不思議ではないが。


「ええ、我々の先祖がアパスと交わしたものです。我々はアパスの眠りを守り、アパスは我々を世界から守る。この森も、アパスが我々を守るために創ったものなのですよ」


「なっ……」


 カンドレの言葉に唖然とする。

 人の歴史が始まる前から大地を広く覆うこの森が、龍によって創られたものだと? 一体、水元龍とやらはどれほどの力を持っているのか。自分たちが会おうとしている存在の、桁外れさの片鱗を味わった気分だ。


「もしアパスを訪ねる者が現れたら、その者たちを遺跡まで案内するというのも約定です。ですが我々は遺跡には入れません……これも約定です」


 約定、約定と。エルフという種族は先祖が龍と交わした約定にきつく縛られているようだ。だが、無理だと言うのなら仕方ない。当初考えていた、エルフの協力を得て龍を訪ねるというのは半分成功で、半分失敗といったところか。


「つまり、そこから先は二人で確かめないといけないってことだね」


 ウィルベルがフリッツに言う。

 簡単にはいかないだろうなと、フリッツは思う。水元龍に会うには遺跡を踏破しなければならず。その遺跡は何千年も前に作られたもので、過去に踏破した者がいたのかどうかも分からないような場所なのだ。だが、ここまで来て帰るわけにもいかない。なんとしても遺跡を越えなければ。


「ユリウス。お前がお二人の世話をしてあげなさい」


「はい」


 カンドレが、壁にもたれかかっていた男性に言った。ユリウスと呼ばれた彼は、カンドレに頷きかける。


「お二人とも、お疲れでしょう。しばらくは休んでいかれると良い。ですが、古いエルフの中には人間というだけで良く思わない者もいる。どうか気を悪くされないでもらいたい」


 カンドレがフリッツ達を気遣うようなことを言った。

 やはり、人間嫌いのエルフ達もいるようだ。フリッツ達が何かをしたわけでも、何かをされたわけでもないから、こちらとしては何も思うところはないが、当事者であった彼らにとって憎しみというのはずっと消えないものなのだろう。


「はい、ありがとうございます」


 カンドレに礼を言って立ち上がる。ユリウスに続いて、長の家を退出する。冷えた夜風が頬に当たって、身震いした。


「付いて来てくれ」


 あくまで事務的な調子でユリウスが言う。

 彼は若い……といってもフリッツより遥かに歳上だろうが、人間との戦争を直接経験したわけではないだろうし、人間をどう思っているのだろうか。好まれている感じはしないが、毛嫌いされているような感じもしない。

 フリッツにとって、エルフの知り合いが放浪癖のあるモニカしかいない以上、一般的なエルフの考えは分からない。

 心の底ではフリッツ達を憎んでいるのかもしれない集団の中に入ることは、なかなか落ち着かないものだ。


 そういったことには無頓着で、景色を見て感動しているウィルベルをよそに、心配性のフリッツはエルフたちの心情を慮っているのだった。




「あー! やっぱり!」


 ユリウスに導かれるまま進んでいた途中。背後の方で聞いたことのある声がした。そちらの方へ振り向いて、


「ぐえっ!」


 声の主は矢のように駆けて、その勢いのままフリッツにタックルを食らわせた。本人的にはハグのつもりだったのかもしれないが、鳩尾に突き刺さった一撃は、情けない声をあげさせるのに十分な破壊力を持っていた。


「ひ、ひさしぶりだね……」


 ひさしぶり、というほどひさしぶりではないのだが。別れた時にはまさかこんなに早く再開することになるとは思っていなかった。


「おう! ひさしぶり!」


 おおよそ一週間ぶり。ブラオエでは共に悪徳商人と戦った。モニカが屈託のない笑みを浮かべて、フリッツの胴にしがみついていた。


「……なんだ、モニカ。お前の知り合いか」


 その様子を見ていたユリウスがモニカに訊く。モニカの方は、フリッツ達しか目に入っていなかったようで、ユリウスの姿を認めると目を見開いて言った。


「おっ、ユリウスじゃーん。相変わらず辛気臭い顔してんな〜」


「質問に答えてくれ……」


 げんなりと言った様子でユリウスが言う。それに対して、モニカはニカッと笑って答える。


「そうそう、知り合い知り合い。というかダチだな!」

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