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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第一部『龍姫の叙事詩』序章
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序章♯4『出発前夜』

 実験棟で魔術を見せてもらった後、ニーナとラウラとは別れて、ウィルベルと共にまた廊下を進んでいる。


 今は食堂に向かっているらしい。フリッツが最後に食事をとったのは今日の朝のことだから、もう半日以上も前になる。夕刻も近づいてきたので、早めの夕食にしよう、というのがウィルベルの提案だ。


 たぶん、僕に気を遣ってくれたのではないだろうか。態度からは分かりにくいが、きっと根は優しく、気の利く子なんだろう。


 二歩ほど前を歩くウィルベルの背を見ながら、これからのことについて考える。


 ここから目的の央都まで、順調にいけばおよそ1ヶ月。旅慣れないウィルベルを連れてのことだ、道中長めの休息を取るとしても2ヶ月もかかるまい。


 学院を出発して、まずは最初の村であるカルテドルフまでに3日。そこまでは雪道が続く、この旅で一番の難所になるだろう。雪の中を進むのは、通常の何倍も体力を使う。本来なら雪どけまで待ってから出発するべきだが、そういうわけにもいかないようだし。


 ともかく、ウィルベルに危険が及ばないように、気を張らねばいけない。


 そういったことを思案していると、視線を感じた。ふっと顔を上げると、ウィルベルと目が合う。


「大丈夫?……聞こえてる?」


 どうやら、思案にふけるあまり、ウィルベルの呼びかけが耳に入っていなかったようだ。


「あぁ……ごめん、ちょっと考え事してて。どうしたの?」


「着いたよ、食堂」


 ウィルベルが木製の扉と、その上に掛けてある金属製のプレートを指差しながら言う。


 ウィルベルが扉に手をつき、押しひらく。広間は、先ほどの実験棟の広間と同じほどの広さがあるが、人はまばらだ。まだ夕食には少し早い時間だからだろう。食堂に入ると、どこからともなく、おいしそうな匂いがしてくる。


「何か食べたいものはある? 大抵のものは出てくるよ」


 食べたいもの、か。これからしばらくはまともな食事が取れないことも考えて、少し真剣に考えてみる。


「……あったかいものが食べたいなぁ」


 悩んだものの、結局出てきたのはそんな答えだった。ここに着くまで、食事は干し肉やらをかじるだけの日々が続いていた。正直まともな料理ならなんでも喜んでたべられる。


 ウィルベルはこくりと頷き、どこかに座ってて、と言い残してカウンターの方へ向かう。


 言われた通り、席を探して座っておこう。広間にはいくつも円卓があり、それを囲むように椅子が置いてある。席はたくさん空いているので、とりあえず手近な椅子を引いて、腰を下ろす。


 しばらく待っていると、ウィルベルが湯気の登る盆を抱えてやってきた。盆の上には、たくさんの具が入ったシチューと、切り分けられたパン、香り豊かな葡萄酒が載っている。


 皿やグラスを、机の上に並べて、ウィルベルも席に着く。


「すごい豪華なんだね。この時期にこんな余裕があるのは、珍しいよ」


 冬ともなれば、備蓄しておいた食料が主食になる。このレベルの食事が生徒全員に提供されているのであれば、央都でもなかなか見れない光景だ。


「野菜とかは、学院内でも栽培されてるし。学院はヴァイスランドから直接支援を受けてるから」


 ウィルベルがフリッツの疑問に答える。


 魔術士の育成は、国家にとっても重大事だ。平時であれば学者として、戦争になれば兵士としてこれ以上ない戦力となる。学院は一応、国家からは独立しているはずだが、ヴァイスランドとしては有事に備えて恩を売っておきたいといったところか。


「さあ、食べよう」


 そう言って、ウィルベルがスプーンを手に取る。シチューをすくって、口に運ぶ。


 僕よりも賢いであろうウィルベルが、そして学院の指導者達が、ヴァイスランドの政治的思惑に気づいていないはずがない。利用できるものは利用しておくというだけなのか、それとも戦争の際にはヴァイスランドの兵として参戦するつもりなのか。


 目の前の年端もいかない少女が、泥と血に塗れた戦場に立つというのは、想像したくない。

 まあ、ヴァイスランドはここ十年、戦争らしい戦争はしていない、大陸全土の中でも比較的平和な国だ。フリッツが危惧しているようなことにはならないだろう。


 そんな縁起でもないことを考えていては、せっかくの食事がまずくなる。気を取り直して、目の前のシチューをスプーンですくった。




 ◆◆◆




 食事の後、食堂を出て、今度はウィルベルの部屋へ案内してもらっている。

 学生は基本的に二人で部屋を共有して暮らしているそうだが、成績上位者には特別に個人部屋が与えられるらしい。


 首席であるウィルベルにも、もちろん個人部屋が与えられていて、今日はそこで休ませてもらうことになっている。


 旅が始まれば、そんなことは言ってられないということは分かっているが、出会ったばかりの男と同じ部屋で寝ることが嫌じゃないのかと聞いたところ、別に気にしないとのことだった。


 場合によっては廊下で寝てもいいと思っていたが、ウィルベルの言葉に甘えて、部屋の中で休ませてもらうことにする。


 ウィルベルの部屋は実験棟とも、食堂とも離れた場所にあった。おそらくこのあたり全域が学生寮なのだろう。


 ウィルベルが鍵を取り出して扉を開き、中に入れとすすめてくる。

 おじゃまします、と言いながら中に入る。部屋は予想よりかなり広く作られていた。さすがに実験棟や食堂の広間とまではいかないが、一人で使うには広すぎる部屋だ。


 厚みのある絨毯が敷かれ、ベッドと机とソファ、本棚が置いてある。家具はそれくらいで、部屋が広い分、物の少なさが目立つ。


 人の部屋をじろじろ見るのはマナー違反な気がするが、女の子の部屋に入るのは初めてだから、ついキョロキョロしてしまう。


「何も無いでしょう、この部屋」


 そんなフリッツの挙動不審な様子を見て、ウィルベルが言う。

 

「あー、うん。確かに物が少ないね。何か理由があるの?」


「いや、単に無趣味なだけだよ」


  ウィルベルにすすめられて、ソファに腰を下ろす。ウィルベルも隣のソファに座った。僕は少し緊張しているが、ウィルベルの方はまったく気にしていなさそうだ。


「眠るにはまだ早いから、少し話さない?」


 ウィルベルが足を組んで、姿勢を崩しながら言った。


 落ち着いて話せる機会だ。ウィルベルの言う通り、身の上話でもして、お互いを知っておくべきかもしれない。


 何から話したものかな、とソファの肘おきを指でトントンと叩く。


 柔らかな灯りに満ちた部屋に、穏やかな時間が流れ、夜が更けていこうとしていた。

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