第四章♯7『央都の雨』
「この部屋を自由に使ってくれ。もし用があれば、外の守衛に声をかけると良い」
アルヴィンに導かれた先は、光の階下層の客室だった。おそらく他国からの来賓用である部屋は、嫌味にならない程度に品のある造りになっていた。
「ありがとうございます。アルヴィン様」
ウィルベルが礼を言う。その言葉に、アルヴィンは肩をすくめた。
「成り上がりの騎士に過ぎない私に、様はいらないよ。それに、我々はもはや同志だ。気を遣うことはない」
「じゃあ……アルヴィンさん?」
「そう呼んでくれたまえ」
おずおずと言ったウィルベルに、アルヴィンが頬を綻ばせる。
「ア、アルヴィンさん! その、握手していただいても良いですか?!」
フリッツが声をうわずらせながら言った。その突然の頼みに、アルヴィンは少し面食らっている。
「もちろん構わないが……私は世で言われているほど高貴な身分ではないぞ?」
苦笑しながら言うアルヴィンに、フリッツがまくし立てる。
「そんな! あなたは……僕の、いや僕だけじゃなく、すべての戦士にとっての憧れです!」
『白盾』の騎士・ギルバート。聖女御付きの騎士にして、近衛騎士団団長も務める、正に騎士の中の騎士。これに憧れない人間がどこにいるだろうか。フリッツも子供の頃から彼の英雄譚に触れ、その度に共に冒険をしたような高揚を味わっていたのだ。
「はは! それは光栄なことだ。これから宜しく頼むよ」
フリッツが差し出した手を、アルヴィンが力強く握った。
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
アルヴィンの手を両手で取って、深く頭を下げる。アルヴィンはフリッツの様子に苦笑しながらも、握った手を振ってくれた。
「では、私はもう行くよ。君たちもしばらくゆっくりと休むと良い。……それでは、失礼する」
フリッツが満足のいくまで握手をした後、アルヴィンがそう言った。彼が部屋から出ていくのを見送ってから、フリッツは大きく息を吐いた。
「はぁーー! まさか本物の三英雄に会えるなんて……生きてて良かったぁ」
フリッツは柔らかいソファにぼすっと腰を下ろす。ウィルベルも、低いテーブルを挟んだ向かいに座った。
「随分と喜んでるね」
「そりゃあ喜ぶさ! 本当に……ずっと憧れだったんだ」
握手を交わした掌を閉じたり開いたりして、感触を確かめる。昨日の夜から、信じられないこと続きだったが、アルヴィンとの握手で一気に現実感を得られた気がする。
「ねえ、フリッツ? ご機嫌なところ悪いんだけど……」
「ん? どうしたの?」
ウィルベルは言い淀む。だが、決心したように口を開いた。
「……君はもう無理に付いて来なくても良いんだよ? も、もちろん、君が一緒に来てくれるなら、私は嬉しいんだけど」
「ああ、それか……なんていうのかな、邪龍の襲撃があったとき、足が勝手に動いたんだ。それまで色々悩んだんだけど……やっぱり放っておけなくて」
ウィルベルの言葉はフリッツも予想していた。だが、その問いはもう何度も自問自答して、同じ答えが出ているのだ。ウィルベルから離れようという決意は、とうに折れていた。
「フリッツ……」
「だから、その、ウィルベルが許してくれるなら、僕も付いて行きたい」
「……死んじゃうかもしれないよ?」
「ウィルベルひとりだったら、すぐ死んじゃうだろ? それは……すごく嫌なんだ」
「……ありがとう」
ウィルベルが顔を背ける。ありがとう、と言ったその声はわずかに震えていた。
当然だ。大人びているとは言っても、まだ子供なのだから。自分の内に宿る力の正体すら分からないという不安は、フリッツの想像を絶しているだろう。立て続けに色々なことが起こりすぎた。心が弱っても仕方ない。
「さあさあ! もうこんな湿っぽい話なんてやめてさ! とりあえず生きてるのを喜ぼうよ!」
静かな空気を吹き飛ばすように、殊更明るく振る舞うフリッツに、ウィルベルが口元を綻ばせる。
「ふふっ……そうだね」
「それにしても、凄い威力だったね。ウィルベルの魔術。ギルバートさんが気になること言ってたけど、それもこれから確かめるしかないよな〜」
「うん。でも、フリッツにはできるだけ色々知っておいてほしいから、気になることがあったら遠慮なく言ってね? 私にも分からないことが多いんだけど……」
その言葉に、フリッツが唸る。
やはり、ギルバートの発言は気になる。そして、フリッツはギルバートの知らないウィルベルの能力も知っている。それを踏まえると、
「特別な青い雷光って、やっぱりウィルベルの龍の力と関係あるのかな?」
彼女自身もその可能性は考えたであろう。
ウィルベルは顎に手を当てて、フリッツに話し始める。
「そうね……祈祷術の雷光が黄金色っていうのはもう聞いたでしょ?」
「うん」
「青色って、魔術の色と言ってもいいようなものでね。魔法陣とか、魔術発動の瞬間とか、青色の発光があるの」
「ふむ」
決して適当に相槌を打っているわけではないのだが、ウィルベルの話はこちらが口を挟む隙を与えないから、自然とこういうことになってしまう。
「魔術は龍から人に与えられたものだから、私の龍の力が関係してるっていうのは当たってると思う……でも、それだけじゃ雷光の力の説明が付かないのよね」
「雷光って王様の力なんだっけ?」
「正確には神様の力で、それを王の一族が授かったんだけど。祈祷術は神様に祈って、一時的にその力を貸してもらう術なの」
「つまり、お祈りしないで使えるのは王族だけってことか……あれ? ってことはウィルベルって王族ってことに……!?」
「ち、違うよ……とは言い切れないかもしれないけど。王族の血は先王で絶えちゃってるし、先王の子がみんな戦争とか病気で死んじゃったのは私でも知ってる……それに、後継不在で悩んでたなら、たとえ私が妾の子だったりしても学院に預けたりしないでしょう」
ガタッと立ち上がったフリッツに、ウィルベルが慌てて否定する。
確かに、王家の断絶は誰もが知る話だ。だからこそ、先王の退位と共に共和制のヴァイスランドが誕生したのだ。
「まあ……そうだなぁ」
頷きながら、腰を下ろす。
結局のところ、龍に会って確かめるしかないのだろうか。龍がすべての真実を知っているとは限らないが、少なくとも龍の力に関してはなんらかの情報を持っている可能性が高い。
ふと目をやった窓には、細く水滴が付いていた。どうやら雨が降り始めたらしい。
十五年ぶりの傷を受けた央都を、ぬるい雨が癒した。




