第四章♯6『明けの空を渡る』
邪龍が飛び去った後、辺りは静寂に包まれた。オレンジ色の空にはまだ黒煙が立ち上っているが、火の手は大分おさまったようだ。ひとまず、生きた心地を噛みしめる。
「おい、お前。お前が龍に撃った魔術はなんだ」
藪から棒に、ギルバートがウィルベルに問いただした。
ギルバートの言葉に、ウィルベルはハッとした表情になり言葉を濁す。
「……自己流です。魔術は、ロンドフで学びました」
「そんなことは聞いていない。あれは何だと聞いているんだ」
「おい、ギル。お前こそどうしたんだ。らしくもない、冷静さを欠いているぞ」
まるで罪人を問い詰めるような調子で聞くギルバートを、アルヴィンが諌める。
フリッツは状況を飲み込むことができないでいた。ギルバートは何を気にしているのか、ウィルベルがなぜ後ろめたさを感じているような表情をしているのか。
「……お前も見ただろう、あの青い雷光を」
「それがどうしたんだ。たしかに年端のいかない少女が放ったとは思えない威力だったが……それだけではないのか?」
苛立つギルバートを抑えながら、アルヴィンが言った。それに対して、ギルバートはさらに言葉を続ける。
「魔術は四元素理論に基づいている……故に雷光の魔術など存在しない。雷光は祈祷術の領域、つまり王の力だ」
「……であれば、先ほどの一撃は祈祷術だったということだろう?」
「祈祷術の雷光は黄金色だ。青みを帯びた光など聞いたこともない。それに、俺が魔術と祈祷術を間違えるとでも——」
「私にも分かりません……」
ウィルベルがギルバートの言葉を遮った。
そして彼の目を見ながら続ける。
「私の雷光は、私自身に宿った力です……この力の正体を確かめるために、旅に出たんです」
「…………」
ウィルベルの言葉に、ギルバートが沈黙する。彼の冷徹な瞳が、値踏みするようにウィルベルを見る。
「……ともあれ、ここで答えが出るわけでもないだろう? 一度、光の階に戻ろう。君達も付いてきてくれるね?」
アルヴィンがギルバートとウィルベルの間に立って言った。それに対して、ウィルベルが頷く。置いてけぼりになっていたフリッツだが、ウィルベルが付いて行くならばと、首を縦に振った。
ギルバートはそれ以降、ウィルベルに何か聞くことはなく、一人で考え事をしているようだった。
◆◆◆
アルヴィンとギルバートに連れていかれた先は、光の階の中層だった。まさか自分がここに足を踏み入れることになるなんて、昨日まで考えたこともなかった。
アルヴィンが豪奢な扉を押し開く。
そこは大広間だった。大理石が敷き詰められ、天井は発光する結晶で作られている。扉から一直線に敷かれた絨毯の先には、円卓と七つの椅子。そのさらに先には、三段ほど上がって、石造りの椅子が置かれている。その椅子が、空席の玉座だろう。
円卓の前に、一人の女性が立っていた。歳はアルヴィンやギルバートと同じくらい、四十ほどだろうか。聖職者の装束を身につけ、やんわりと微笑んでいる。
「エマ様、此度の邪龍撃退、その功労者の方々をお連れしました」
「ご苦労さま、アルヴィン、ギルバート」
膝をついて言ったアルヴィンを、女性が労う。ギルバートとウィルベルは立ったままだが、フリッツは不恰好ながらも慌てて膝をついた。
『聖血』のエマ。三英雄の一人にして、七賢決議会を主宰する現ヴァイスランドの最高権力者。
エマはそんなフリッツの様子を見て、笑みを浮かべた。
「ふふふ。王でもないわたしに膝をつくことはありませんよ。どうぞお立ちになって」
「い、いえ!」
「エマ。この娘は雷光の力を宿している。お前は何か知らないか」
フリッツをよそに、ギルバートが早速本題に入る。だが、エマはその言葉を予期していたようだ。
「それについて、先ほど啓示がありました」
聖女エマは神の聞き手としても知られている。啓示とはつまり、神からのお告げだ。建国の王に力を与えたとされる白神は、このヴァイスランドで信仰されている宗教の主神。その神からのお告げとあれば、その威光は計り知れない。
「『その者、水元龍を訪ねよ』とのことです」
「その者……ですか」
アルヴィンがエマの啓示を反芻する。
その者、なんていうのはまた抽象的だ。誰でもかまわない訳ではないだろうが、誰を選ぶこともできない。
「水元龍は断絶の森で長い眠りについている。辿り着いたとて、話を聞けるとは思わないがな」
「啓示を無視するわけにもいくまい? すべては邪龍を討つため、できることはすべてするべきだ」
「……ここからはわたしの私見なのですけれど。この啓示、そちらのお二人に任せるのが良いと思いますの」
エマがフリッツとウィルベルを見ながら言う。
「……一応聞いておくが、何故だ?」
「女の勘?」
胡乱げに聞いたギルバートに、エマが微笑みながら答えた。その答えを予想していたのか、ギルバートは呆れてため息を吐いている。
「とは言っても、決めるのはお二人。どうされますか?」
「私は……私は行きます。水元龍に会いに」
「僕も、ウィルベルと一緒に行きます」
その答えに、エマが満足げに頷く。
龍に会いにいくという点だけでみれば、ウィルベルの旅の目的そのものである。啓示などは想定外だろうが、思ったよりもずっと早く、目的が達せられることになる。
「お二人は今より、聖血の名においてヴァイスランドの使者となります。アルヴィン、手配はお願いしますね」
「はっ!」
アルヴィンが恭しく騎士礼をする。
「では、行こうか。付いてきてくれ」
アルヴィンに促され、彼の後を追う。エマに深く礼をして、ウィルベルと共に王の間を退出した。隣を歩くウィルベルは、いつもより遠くを見ているような雰囲気だった。それが疲労や緊張によるものだけではないことくらいは、フリッツにも分かるようになってきていたのだった。
アルヴィン達が退出し、王の間に残ったのは、エマとギルバートだけだ。二人だけの空間で、エマは七つの椅子の内、最も玉座に近いそれに腰掛けながら言葉を発した。
「ギルバート。たとえ彼女が何者であっても、決定を下すのは七賢決議会。くれぐれも、軽率な真似は慎んでくださいね?」
「……分かっている。だが、あの娘が予想通りの存在であれば、お前はどうするつもりだ?」
「……まだ判断はしかねますが。信じてみたいとは思いませんか?」
「感情論で話をするつもりはない。俺たちはもう、自分の好きなように振舞って良い歳ではない」
「何を信じ、何を信じざるかなど、結果を見ないと分からないことでしょう? 理を捨てられないのはあなたの悪い癖よ、ギル」
「お前とアルヴィンが奔放すぎるから、俺がこうしているんだ」
「……先王がわたしたちを信じたように、わたしたちも誰かを信じなくてはいけない時が来るのよ」
「……俺は理で動くぞ。たとえ、お前達と決別することになってもだ」
そう言い残して、ギルバートは王の間を後にした。
ひとり残されたエマは呟く。
「あなたは正しすぎるわ。ギルバート」




