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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第四章 ヴァイスランドの英雄達
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第四章♯5『白の英雄達』

 邪龍の大顎がウィルベルを喰らおうとした寸前、他に倒れ伏すフリッツの横を何者かが駆け抜けた。

 その何者かは邪龍に猛進し、その顎に向けて、半身を覆うような大きさの盾を打ち付ける。


 凄まじい衝撃音が鳴り響き、邪龍がよろめく。


 フリッツの渾身の一撃すらものともしなかった邪龍が、不意を突かれたとはいえ人間の膂力に負けるなどということがあり得るのか。フリッツは目の前の光景を信じられないでいた。


 フリッツからでは後ろ姿しか見えないが、突如現れた男性は全身に高価そうな白銀の甲冑を身につけている。白髪混じりの長髪を後ろで束ね、凛と構えるその姿は、まさに熟練の騎士といった風体である。


 体勢を立て直した邪龍が、騎士に向き直る。邪龍が怒りの咆哮を放とうとした瞬間、今度は虚空に出現した巨大な氷塊が邪龍の身体を押しつぶした。


 あまりに理解を超えた状況に、思考が停止する。


(なんだ!? 魔術!?)


 だが、騎士は邪龍を睨みつけるばかりで、魔術を使用したような様子はない。


「まったく、騒がしいにも程がある。研究の邪魔だ」


 そう言いながら、今度は学者風の男性が、瓦礫を踏み分けながら倒壊した広場に入ってきた。

 この男性が先ほどの魔術を放ったのだろうか。

 長身痩躯、髪を撫で付け、髭を整えた姿は、紳士然としていて戦場には似つかわしくない。


 その男性はフリッツを一瞥したが、何も言わずに騎士の男性の横に並ぶ。


「ギル、次だ。まだ浅いぞ」


 騎士が学者風の男性に言った。ギルと呼ばれたその男性は、面倒臭そうに答える。


「言われなくとも分かっている。お前はそこに転がっているガキの世話でもしていろ」


「……彼らはガキなどと呼ばれるべきではない。勇敢に戦った。何より、あの邪龍の傷を見ただろう?」


「…………」


 男性たちの会話の最中、圧倒的な質量の氷がぐらぐらと動く。

 そして、その下からバキバキと音を立てて邪龍が這い出てきた。片方の翼が折れ、鱗も何箇所か剥がれている。なにより、ウィルベルが穿った傷跡から夥しいほどの血が流れていた。

 氷塊の衝撃で、焼けた傷跡から血が吹き出たのだろう。


「話は後だ。三十秒稼げ」


「分かった」


 その言葉を機に、騎士が駆ける。

 分厚い甲冑を身につけているとは思えない身軽さだ。身体能力の高さはもちろん、彼の足捌きからは実戦経験の豊富さが感じられた。フリッツには分かる。彼はずっと、戦ってきたのだと。その姿は、フリッツに憧れの感情を抱かせた。


 騎士が邪龍の爪を盾で受け、尻尾を剣で弾く。

 驚いたことに、弾かれた尻尾には切り傷が生じていた。並の刃物では、鱗の表面に傷をつけることすら不可能なのに、あの剣は邪龍の鱗を切り裂いたのだ。


 最上級の武器と、最上級の技。それが合わさることで、騎士の戦いはまるで芸術のようだ。


 騎士が時間を稼いでいる間、もう一人の男性は何やら準備らしきことをしている。ブツブツと詠唱をして生み出しているのは、人の頭部ほどの大きさの水球だ。それが三つ、彼の周囲に浮遊している。


 その水球をよく見ると、中で何かが淡く発光している。さらによく見ると、どうやら蒼い光で出来た記号のようなものが渦巻いているようだった。記号がいくつもいくつも重なって、遠くから見ると発光する球のように見えるのだ。


「アルヴィン! 風を張れ!」


 彼が騎士に叫ぶ。その言葉を聞いた騎士は、邪龍から距離を取って、ウィルベルやフリッツを庇うような位置に立ち、盾を地面に突き立てる。

 それとほぼ同時に、ギルの周囲に浮かぶ水球の発光が強まり、辺りが蒼く染まった。


破術ルイーナ八十八番『蒼結地獄コキュートス』!」


 ギルの詠唱と共に、邪龍の周囲にいくつもの巨大な氷の杭が出現し、その杭が回転しながら邪龍の身体を抉った。杭から発せられる冷気が、ありとあらゆるものを凍りつかせる。飛ぶ血すらも一瞬で凍て付かせて、邪龍を氷像にしてしまった。


 溢れる冷気が、フリッツ達にも迫る。だが、その冷気がフリッツ達を飲み込むことはなかった。アルヴィンの盾から発せられる風が冷気を吹き散らし、四人を護る。


 逸れた冷気は、ひとしきり辺りを凍結させた後、霧散した。後には、氷漬けの邪龍だけが残り、辺りは静寂に包まれる。


 地面から盾を抜いた騎士がウィルベルの体を抱えて、フリッツの方へと歩いてきた。魔術士は白い息を吐きながら邪龍の氷像を眺めている。


「君は大丈夫か? こちらの少女は力が抜けてしまっているだけのようだから、安心しなさい」


 抱きかかえられたウィルベルは、フリッツに緩く微笑む。尻尾の一撃も、フリッツが庇った甲斐あって直撃は免れていたようだ。おそらく、魔術の使いすぎによる疲労だろう。


「え、ええ……あの、貴方は」


 いくらか回復した体を起こしながら問う。

 その答えはもう分かっている。だが、フリッツはどうしても本人の口から確認しておきたいのだ。


「私はアルヴィン。向こうの彼はギルバートだ。無愛想なのは許してやって欲しい」


『白盾』のアルヴィン

『幻光』のギルバート


 言わずと知れた英雄。邪龍戦争の功労者。三英雄のうち二人が目の前に立っている。生きる伝説を前にして、フリッツは言葉を失った。


「君、本当に大丈夫か? 怪我をしているなら見せなさい」


「い、いえ! 大丈夫です!」


「おい、アルヴィン。何を遊んでいる。まだ終わっていないぞ」


 ギルバートが言った。その視線の先には変わらず氷像がある。彼は一度も視線をそらさずに、それを見続けていた。


「分かっているとも」


 アルヴィンが、ウィルベルをフリッツの横に横たえながら応える。

 二人の言わんとすることは、フリッツにも理解できている。彼らはフリッツなんて比べものにならないくらい、邪龍と戦ってきた。その異常性についても誰よりも知っているだろう。


 つまり、邪龍は死なない。殺せないから、撃退するしかなかったのだ。


 徐々に、氷像にヒビが入っていく。

 フリッツも、今となってはその現象に驚きはなかった。

 派手な音を立てて、氷像が砕け散る。現れた邪龍は、身体中をズタズタに引き裂かれ、あちこちが折れ曲り、もはや原型を留めていなかった。だが、その双眸だけは、変わらず煮えたぎっている。


 邪龍はフリッツ達を睨みつけながら、翼を開いた。そして、大きく羽ばたく。血を滴らせながらも、強引に飛んだ。


 奴は逃げるつもりだろう。

 しかし、アルヴィンとギルバートがその気になれば、邪龍を逃さずに攻撃を加えることができるはずだ。だがそうしないのは、それが無駄だと知っているからだ。


 空に一筋の曙光が差し、夜明けを告げる。

 白み始めた空を背景に、傷だらけの邪龍が飛んだ。その姿はどんどん小さくなっていき、戦いの終わりを示す。しかし、これで終わりではない。邪龍は何度も、何度でもまた現れるだろう。


 その光景を見て、フリッツは息を吐いた。

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