第三章♯15『涙は拭いて』
——早朝、ブラオエ南門。
「よしっ、準備万端だ」
ポン、と馬に乗せた積み荷を叩く。
ブラオエでの買い物が捗ったのもあり、かなりの量になってしまった。馬にとっては重くて大変だろうが、我慢してもらうしかない。艶やかな毛並みの首を撫でてやると、嬉しそうに鼻を鳴らす。
極寒のカークスに比べれば幾分マシだが、それでも早朝はかなり冷え込む。白い息が消えていくのを眺めながら、仲間たちが来るのを待つ。
女性は朝の準備が大変だからだのなんだの言って、フリッツを宿から叩き出し、寒い中荷造りをさせた罪をどう償わせようか。そんなことを考えていると、街の方から新聞屋のジャンが歩いてきた。
「おはようさん、フリッツ」
「おはよう、ジャン。どうしたんだ?」
「お見送りってやつだよ。ついでに、見せたいものがあってな」
ジャンが手に持っていた新聞を差し出す。それを受け取って、一面を読んでみる。
「えーなになに『天才少女魔術師と美男騎士、正義をもって悪徳商人を成敗』……なんだこれ」
「お前たちのことを書いた新しい新聞だよ。ちな今日発売予定な」
「はあ!? 美男騎士って誰だよ!」
「読者の心を掴むにはこういう脚色が必要なんだよ!」
「さすがに詐欺だろ、これは……美男はともかく騎士って」
「美男ってのも脚色だアホ!」
たしか前にジャンの新聞に載ったときは『付き人』だったから、それと比べると大幅に前進している。
「まあ冗談は置いといて、だ」
ふざけていたジャンが、改まって言った。真面目な顔をして一体何を言うつもりだろうか。
「お前、ウィルベルちゃんのことどう考えてんだ?」
「ウィルベル? どうって、何を?」
「だーかーら。ルクセンに着いたら、どうすんのかって聞いてんだよ」
ルクセンに着いたら。そういえば、今まであまり考えてこなかった。だが考えるまでもなく、フリッツの答えは決まっている。
「どうって……そこで終わりだろ」
「それで良いのか?」
「良いも悪いもないよ。最初からそういう約束だったんだし……」
「お前の顔には終わって欲しくないって書いてあるぞ」
「……僕がウィルベルと一緒いたって、できることなんか何もない。
それこそ、どこぞの騎士の方がふさわしいだろ」
「それを決めるのはウィルベルちゃんだろ? ……まあ、よく考えてみろよ」
「…………」
終わって欲しくない、か。仮にフリッツがそう思っているのだとしても、それがどうしたっていうんだ。今までだって、たくさんの人と出会って、そして別れてきた。ウィルベルもその中のひとりに過ぎないし、ウィルベルにとってのフリッツも、きっと同じだ。
「おっ、来たみたいだぞ」
ジャンが指を指す。その先には、防寒用のコートに身を包んだ三人の姿がある。ゆっくりとした速度で、だが確実に近づいてくる。
「じゃあな、フリッツ」
ジャンがフリッツの肩を軽く叩く。その衝撃で、一気に現実に引き戻されるような感覚を味わった。
「……ああ、またな」
ジャンと握手を交わして、別れの挨拶を済ませる。いつも通りの、別れだ。もう一生会えないって訳じゃないんだ、悲しむことはない。
そのはずなのに、徐々に近づくウィルベルを見ると、胸が締め付けられるような感じがした。
◆◆◆
——三日後、『断絶の森』近く。
目の前に広がる森は、街道の横に突然現れた。未開の地であるにも関わらず、まるで人の手が加わっているかのように整列した木々は、見る者に不気味さを感じさせる。
ここは『断絶の森』、通称『エルフの森』である。フリッツ達がいるのは、正確にはその近くであり、内部ではない。
なぜなら、森の中に立ち入れるのはエルフだけだからだ。フリッツやウィルベルのような人間が無理矢理に立ち入ろうものなら、すぐさま森の番人達に串刺しにされてしまう。
「それじゃあ、ここまでだな……セーナのことは、あたしが責任持って面倒見るから、任せときな!」
モニカの言葉通り、モニカとセーナとはここでお別れだ。
ジン商会の脅威はもう無くなったが、セーナが狙われやすい存在であることは変わらない。なので、外部の勢力が介入できないエルフの集落で預かってもらうことになったのだ。
「なあモニカ、セーナはエルフじゃないけど大丈夫なのか?」
先ほどいった通り、断絶の森に入れるのはエルフだけ。竜人であるセーナもその例外ではないはずだが。
「大丈夫大丈夫! いくら堅物のエルフでも、身寄りのない女の子を見捨てるほど冷たくねーよ」
「そうか……それじゃあな、モニカ、セーナ」
馬にまたがって、二人に別れを告げる。
モニカはともかく、セーナの方は今にも泣き出してしまいそうだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……また会える?」
「泣くなってセーナ。僕もウィルベルも、また会いにくるから」
「だからそれまで、モニカの言うことを聞いて良い子にしてるんだよ?」
ウィルベルがセーナを膝立ちで抱きしめ、頭を撫でてやる。セーナもウィルベルにギュッとしがみついて、別れを惜しんでいる。
しばらくして、ウィルベルが立ち上がった。これで本当にお別れだ。ウィルベルは最後にもう一度セーナの頭を撫でてやってから、馬の背に飛び乗る。
「じゃあ、またね。モニカ、セーナ」
「いつかエルフの村にも来てくれよな〜! 森に入ったらとりあえず弓で撃たれるとおもうけど、気にすんな!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。さようならー!」
モニカとセーナにうなずきかけ、馬の腹を蹴る。
駆け出した馬の背から振り返ると、ふたりが大きく手を振っていた。その姿もどんどん小さくなっていって、やがて見えなくなった。
旅の目的のルクセンはもうすぐだ。それはウィルベルとの別れがもうすぐに迫っていることを示している。
今まで繰り返してきた、いくつもの別れ。ウィルベルとの別れも、同じようにやり過ごせるだろうか。少し前までのフリッツなら「できる」と即答していただろう。だが今は。
その答えは、もう少しだけ先送りにしたのだった。




