第三章♯14『何度目かの夕景』
「素敵な人だったなあ……」
恩賞の話もそこそこにフリッツ達が退出した後、部屋に残ったヴィクターが呟いた。
「ミストルート殿ですか?」
その呟きに、背後に控えている騎士のカインが応える。
「ああ。強く、まっすぐな女性だった」
あのように、女性から直接言葉をぶつけられたのは初めてのことだった。
ヴィクターが公爵になる前からの付き合いであるカインやイザベルも、ヴィクターに対して意見を言うことはあるが、それはあくまでも諫言。ウィルベルの言葉とは別種だ。
「少々、まっすぐすぎるところがあるようでしたが」
イザベルが無表情のまま言う。だが、付き合いの長いヴィクターには、イザベルの無表情の裏にある感情が分かる。声の調子からして、イザベルもミストルート殿のことが気に入ったようだ。
「たしかに、ヴィクター様が今までお会いになった貴族の御令嬢にはいないタイプの女性でしたね」
ヴィクターは立場上、様々な女性と会ってきた。だが、その誰もが蝶よ花よと育てられた箱入り娘で、ミストルート殿のように、相手を問わず言いたいことを言うような性格の娘はいなかった。
「私も、彼女のようになりたいな。……いつか、彼女の役に立てるようになりたい。だからまずは、目の前のことを片付けよう」
◆◆◆
——夕方。ブラオエ、メインストリート。
役所を後にしたフリッツは、モニカとセーナとも合流して、ブラオエのメインストリートを歩いていた。
「なあなあ、フリッツ。オンショーって、何もらったんだよ〜」
「それがさ〜。結局何にも貰えなかったんだよ……」
話はほんの半刻前に遡る。
ヴィリアーズ公爵が恩賞として用意していたのは、袋いっぱいの金貨だった。それを前にして、フリッツの胸は踊ったものだが、なんとウィルベルが受け取りを断ってしまったのだ。
「そんなに欲しかったなら、欲しいって言えば良かったじゃない」
みすみす逃した金貨に対して不平不満を垂れるフリッツを、ウィルベルが横目で一瞥して言った。
「言えるわけないだろ!」
ウィルベルは金貨の受け取りを拒否するときに、ヴィリアーズ公爵に「この金貨は本当に必要な人のために使ってあげてください」と言ったのである。ヴィリアーズ公爵は、その言葉にいたく感激して涙を流さんばかりの状況だった。そんな雰囲気の中で「僕は欲しいです!」と言えるほどフリッツの神経は図太くない。
「それに、お金はなくても勲章をもらったでしょ」
「……勲章なんて持ってても仕方ないだろ」
「頑張って仕事すれば騎士なったりできるんじゃない?」
「騎士って……僕が? ムリムリ」
騎士なんてのは、幼少期から軍事訓練を受けていることはもちろん、高い教養も身につけた貴族だけがなれる職業だ。フリッツのような下賤な生まれの人間がなれるはずもない。そもそも、騎士には必須の誓いを立てる相手すらいないし。
「えー!? フリッツ、騎士になるのか!」
「いや、ならないって。っていうか、なれないって!」
「頑張れ、未来の騎士様ー」
本気でフリッツが騎士になると思っていそうなモニカに乗っかって、ウィルベルが適当に囃し立てる。
「騎士って……かっこいいね、お兄ちゃん」
「セーナまで……」
ハーブル校長から貰った金貨があるから、金に困っているわけではないんだけど、もらえるものはもらっておくのがフリッツの性分だ。まだ金貨に後ろ髪を引かれる思いがあるが、今回は諦めるしかなさそうだ。
「ほら、いつまでもグジグジしてないで。明日の朝にはブラオエを発つんだから」
……そうだった。残りの旅路に必要なものを揃えるためにメインストリートを歩いているんだった。
ブラオエを出ればまたしばらく安い宿場と野宿の日々が続く。やわらかいベッドや、ちゃんとした食事ともしばらくお別れだ。なら今日は心ゆくまで自分を慰めよう。
「今日の夜は腹一杯食べて、腹一杯飲むぞ!」
「おおー!」
暴飲暴食の決意をして叫んだフリッツに、モニカが拳を突き上げて応じる。呆れた顔のウィルベルと、久々に四人で食事ができるのが嬉しいのだろうセーナ。
久しく忘れていた……いやきっと、知ってすらいなかったこの感覚が、フリッツにとってはとても心地いいものに感じられた。
日が沈んで、空が群青に変わっていく。だが、この街の輝きはむしろここからだ。夜を掻き消すほどの享楽の灯火が、金貨と、金貨には変えられないものを包み込んだ。




