第三章♯13『未完の大器』
「それにしても、今回もなんとかなったな〜」
フリッツはふかふかのソファに腰掛け、ティーカップでお茶を飲みながら言った。
ここは、ブラオエの役所、その来賓用の客室である。フリッツとウィルベルは、ジン商会崩壊事件の重要参考人として、もう丸一日ここに軟禁されている状態なのだ。
モニカやセーナも役所の保護を受けているが、直接顔を合わせることができたのは一度きりだった。
罰せられることはなく、褒賞の準備のためとのことだったが、自由に出歩けないのはなかなか退屈だ。
「フリッツのおかげだよ」
対面に座るウィルベルが、以前買った魔術用のガントレットをいじくりまわしながら答えた。フリッツには何をしているのか理解できないが、ウィルベルは暇さえあれば何か手を加えているのだった。
「え、僕? 僕何かしたっけ?」
「商館の前で待っててくれたでしょ?」
「あぁー。でもあれはモニカのおかげというか」
頭をかきながら言うと、ウィルベルが作業の手を止めて、フリッツの方に顔を向けた。
「もう、だめだよ。フリッツのそういうところ」
「そういうところ?」
「そうやって自分を卑下するところ。私は今、君に感謝してるの」
ウィルベルが少しムッとした様子で言った。ウィルベルがこういう態度をとるのは珍しいので、真剣に言っているのだと分かる。
「え……ご、ごめん」
「ごめんじゃなくて、どういたしまして、でしょ?」
「……どういたしまして」
「よろしい」
ウィルベルは満足したようで、手元の作業に戻った。
それにしても、自分を卑下するところ、か。別に意識してそういうことを言っていたわけではないのだけど、そういう癖がついてしまっているのかもしれない。
ウィルベルに言われたことについて考えていると、扉がノックされ女性が部屋に入ってきた。
「——お待たせして申し訳ありません。公爵がお呼びです。案内いたしますので、ついてきてください」
女性は要件だけ伝えて、さっさと部屋を出て行ってしまった。ウィルベルと連れ立って、やけに無表情なその女性についていく。
役所、とは言っても公爵位の貴族邸の一部を役所として利用しているのだ。内装は一流のそれである。
しばらく進み、応接室らしき部屋に通された。部屋の中にはすでに公爵らしき男性がいて、その後ろには騎士風の男が控えている。
フリッツたちを先導した女性も騎士風の男に並ぶ。どうやらただの役人ではなかったようだ。
「私は、このブラオエを預かるヴィクター・ヴィリアーズ。公爵の位を頂いています」
公爵というから、てっきり威厳のある壮年の男性を予想していたが、目の前の男性はその真逆といってもいい。線が細く、物腰も柔らかそうでふわふわの金髪といい、女性受けが良さそうだ。反面、こう言っては申し訳ないが、大都市の指導者としては少し頼りない感じがする。
「ロンドフ魔術学院のウィルベル・ミストルートです」
「護衛のフリッツ・ローエンです」
「お二人の事は役人から聞いています。どうぞ、お掛けになってください」
ヴィリアーズ公爵から着席を勧められたので、公爵の対面の位置に二人で並んで座る。
「まずは今回の一件について、この都市の代表としてお礼を申し上げます」
そう言って、ヴィリアーズ公爵が深々と頭を下げる。
貴族の割には随分と腰が低い。フリッツ達を街の恩人だと思っての対応だということを差し引いても、あまりに低い。これは彼の生来の性格によるものではないだろうか。
「ダリウス・ジンは一応裁判にかけられますが、極刑は免れないでしょう。没収された彼の財産は、彼によって売買された奴隷たちへの補助のために使われる予定です。——あなた方への恩賞の件ですが」「いいえ」
ヴィリアーズ公爵の言葉をウィルベルが遮った。
「私がここに留まっていたのはそんな話が聞きたかったからではありません。……この街の指導者、つまり貴方に言いたいことがあります」
(おいおい、何を言うつもりだ!?)
ウィルベルの横顔は、いつも通り正義感だけで動かされているような表情だ。
これはまずい気がする。止めに入った方が良いか……?
隣でおろおろしているフリッツをよそに、ウィルベルはヴィリアーズ公爵に向けて言葉を続ける。
「ジン商会の奴隷売買は、噂程度とは言っても街中の人が知っていました。当然、貴方の耳にも入っていたはずです。にも関わらず、貴方はそれを放置した。私は、貴方も許す事はできません」
(——終わった。完全に終わった)
大貴族相手に何を言ってるんだコイツは! 言葉遣いが丁寧なら何言っても良いってことじゃないんだぞ! なんだって、次々に面倒事を起こそうとするんだ!
フリッツが、ぐおおおっと頭を抱える。謝ったら許してもらえるだろうか。許してもらえなくても謝るしかないだろう!
チラリとヴィリアーズ公爵の様子を窺うと、目を見開いて唖然としている。
これまで大事に大事に育てられてきたであろう彼にとって、他人から明確な批判を受けるのは初めての経験だったのかもしれない。
「……おっしゃる通りです」
どんな言葉が飛び出すが身構えていたフリッツだったが、ヴィリアーズ公爵はそう言った。まるで母親に叱られた子供のようにシュンとしている。
「私は……僕は、父の跡を継ぐ形で公爵となりました。しかし、厳格でいつも公正であった父のように振る舞う事はできず、周囲の人々は僕を侮るようになりました。……当然のことです。爵位だけは持っていても、その実僕はただの世間知らずな子供なのですから」
ヴィリアーズ公爵は、公爵としてではなく、ヴィクター・ヴィリアーズ個人として話をしているように見える。
「その頃からです。ジン商会を含むいくつかの商会が、法を無視するようになったのは。それも全て、法の執行者たる僕が未熟者だからです。僕は……何もすることができなくて。いや、力が無いことを言い訳に、何もしてこなかったのです」
ヴィクター・ヴィリアーズの独白が続く。
フリッツには馴染みのない話だが、貴族も色々大変なようだ。
「でも、貴方たちの活躍を聞いて、僕も貴方たちのようになりたいと思ったのです。今はまだ未熟でも、いつか必ず、父のような指導者になりたい。そのために、今すぐ行動を起こさなければと……思うようになりました。僕の罪は、これから償います」
「……そうですか。頑張ってください」
(それだけかよ!?)
熱い想いを込めて語ったヴィクター・ヴィリアーズに対して、ウィルベルの対応はあまりに淡白だった。
だが、否定の言葉が飛ばないということは、一応は彼の覚悟を認めたということだろう。それが彼に伝わるかは難しいところだが。
「はは……頑張ります」
ヴィリアーズ公爵が苦笑する。
「では気を取り直して、恩賞の件ですが——」




