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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第三章 享楽の都
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第三章♯10『少女の真実』

 フリッツ達は追っ手を振り切って、なんとか宿まで戻ってきた。この宿もじきに見つかるだろうが、今夜くらいは大丈夫だろう。


 部屋のベッドでは、疲れたであろうセーナが寝かせられている。その額を撫でながら、ウィルベルがベッドに腰掛けている。フリッツとモニカは向かいの椅子だ。


「あの……まずはありがとう」


 ウィルベルがバツが悪そうに言った。今回の件についてはさすがに反省しているようだ。もしフリッツとモニカが商館前で張り込んでいなければ、逃げ切るのは難しかっただろう。……もしくは、あの翼のような秘策が他にもあったのだろうか。


「それはもう良いんだ。……それより、なんでジン商会に付いて行ったりしたんだ? どうせ逃げるなら、あの場で逃げた方が良かっただろ」


「あっ、それは」


 ウィルベルがガサゴソと懐をまさぐる。出てきたのは、巻かれた紙束だ。


 それを広げて見てみると、ずらりと人名が羅列されていた。その横には金額と、また人名が記されている。


「これは……」


「ジン商会が関わった奴隷売買の証書。それを手に入れる為に商館まで付いて行ったの。……セーナには怖い思いさせちゃった」


 そう言って、ウィルベルがセーナを撫でる。すやすやと寝息を立てるセーナは安心しきった様子だ。


「こいつがあれば、ジン商会をぶっ潰せるかもな」


 モニカがいつも通りの呑気さで言った。だがそう簡単にいくだろうか。


「そんな簡単じゃないだろう。普通にやっても揉み消される」


 今までも隠蔽してきた事実だ。ジン商会がその気になれば、こんな紙切れ一枚どうとでもできるだろう。


「それの使い方については、ひとつ策があるから多分大丈夫。……それよりも、その、みんな気になってない?」


 歯切れ悪くウィルベルが言う。指しているのはもちろん、あの光の翼のことだろう。


「気になってないと言えば嘘になるけど……言いたくないなら、別に」


 ウィルベルの様子からして、あまりおおっぴらにしたいことではないというのは察することができる。であれば、無理に聞き出すということはしたくない。


「みんなには知っておいてもらった方がいいと思うの……特にフリッツには。だから、話しても良いかな?」


 話しておきたいというのであれば、それを止めるつもりはない。モニカと共に、黙って頷いた。


 その反応を受けて、ウィルベルがゆっくりと語り始める。


「……分かってると思うけど、あれは魔法じゃない。ハーブル先生もそう言ってたから、それは間違いないと思う」


 やはり、魔法ではなかった。フリッツがあれを見たときに感じたものは間違っていなかったのだ。


「正直なところ、あれが何なのかはよく分かっていなくて。ハーブル先生からも、秘密にするようにって言われてたの」


 原理不明の謎の力を持った人間がいると知られれば、なにかしらのトラブルに巻き込まれやすくなるということは容易に予想できる。それを回避する為に、ハーブル校長はそう言ったのだろう。


「私が始めてあれを使ったのは七歳のときらしくて、そのときのことは憶えてないんだけど……私を止めるのが大変だったって聞いてる」


 それは、あの力が暴走したということだろうか。

 腕利きの魔術士がたくさんいるはずの魔術学院ですら持て余すほどの力とは、いったいどれほどの物だったのか。


「それから私は、あの力に向き合って、使いこなせるように努力してきたの。そうしてるうちに分かってきたんだ。あの力は、龍に関するものだってことが」


 責任感の強いウィルベルのことだ。力を制御するために、努力をしている様子が目に浮かぶ。その努力はきっと、とても苦しいことだったに違いない。


「だから私は、本物の龍に会って、あの力のことを聞きたい。私が何者なのか知りたい。……それが、私の旅の目的」


 そこまで語り終えて、ウィルベルは一息つく。


「ごめんなさい……自分でも分かってることが少なくて。でも今は自分で制御できてるから、危なくはない……と思う」


 ウィルベルの話はこれで終わりのようだ。


 いつだったか、ウィルベルに旅の目的を聞いたことがあった。その時は、秘密だと答えを濁されたが、まさかこんな理由があったなんて。フリッツの想像よりもはるかに、この少女は特別なものを背負っていた。


 そんなウィルベルに、どういう言葉をかければいいのか。


「すげーじゃん! なんかよく分かんないけど、スーパーパワーみたいなもんだろ!?」


「モ、モニカ?」


 興奮しながら言ったモニカに、ウィルベルが困惑気味で応える。


「……そうだな。せっかく凄い力を持ってるんだからさ、もっと自信持って使いまくれば良いんじゃないか?」


「フリッツまで……」


 今まで、ウィルベルがどういう扱いをされてきたか、それは想像に難くない。未知のものというのは恐ろしいものだ。たとえそれが、年端のいかない少女に宿ったものだとしてもだ。


 その恐怖を越えて、普通に接することができる人間は多くない。それができる人間がモニカで、きっとニーナとラウラだったのだろう。


 フリッツはどうか。少なくとも、未知のものを恐れず受け入れられる人間ではない。だが、ウィルベルの力に対して恐怖を感じないのは、きっとそれがウィルベルだからだ。


 これまでたくさん傷ついてきたであろうウィルベルが傷つくところは見たくない。それだけなのかもしれない。

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