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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第三章 享楽の都
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第三章♯8『次の一手のために』

 ウィルベルは没収されていた装備を回収し、階段を上って商館の一階まで戻ってきた。

 今のところは誰とも遭遇していない。


 ウィルベルがこうして敵の懐に潜入しているのも、ジン商会の悪事に関する決定的な証拠を得るためである。

 ウィルベルの予想では、この商館のどこかに売買契約の証書がある。証書にはジン商会の契約印が押されているはずだから、奴隷売買にジン商会が関与していることの証拠になる。


 ダリウスは、ジン商会の奴隷売買は公然の秘密だと言っていたが、それは奴隷売買についての情報が噂の域を出なかったからだと思われる。証拠品を持って秘密を暴けば、他の有力商会がジン商会の弱体化を狙って動き出すだろう。


 ウィルベルが自ら手を下さなくとも、ジン商会は崩壊する。それがウィルベルのプランだった。


 そのためにも、証書を入手しなければならない。だが、この広い商館中を探し回るのは無理がある。適当な商人を捕まえて、口を割らせたいところだ。


 そのとき、丁度狙いやすそうな商人が廊下を歩いてきた。大きな壺に身を隠して、商人が近づいてくるのを待つ。


 商人が十分近づくのを待って、勢いよく飛び出す。ウィルベルに気づいた商人が声を上げる寸前に、耳を平手で叩いて平衡感覚を奪う。

 よろめく商人の首を掴んで、倉庫らしき部屋に連れ込んだ。


 うつ伏せに寝かせ、腕を背後で取る。


「ぐっ……なんだ貴様! 盗賊か!?」


「次に大きい声を出したら腕を折る」


 そう言って商人の腕を締め上げる。ギチギチと、腕全体が悲鳴を上げているのが分かる。

 こういった脅しは真剣味が大事なのだ。心を鬼にして続ける。


「わ、分かった……何が目的だ」


「奴隷売買に関する証書が欲しい。どこにある?」


「……三階東の保管室だ。一番奥の棚にある」


「今からあなたを魔術で眠らせる。もし嘘をついていたら、次目覚めたときには死ぬより辛い目に合わせるけど?」


「う、嘘なんて言ってない……! 全部本当だ」


「……どうも。——アパスの歌 黒羊は海へと向かい、深い空に身を投げる 『空眠歌ゾムカントゥス』」


 魔術の効果によって、商人が昏睡する。この魔術の効果は太陽が空にある内、つまりあと二時間ほどだが、それだけあれば十分だろう。


 証書の位置を聞き出せたので、第一の目標は達成だ。


 だが、まだ関門がある。今のウィルベルの格好は、この商館の中で非常に浮いているということだ。学院の装束のまま商館内をウロウロするのは非常にまずい。

 申し訳ないが、商人から服を頂いていくことにする。


「ぐ……脱がせにくいな」


 力の抜けた人間から服を剥ぐというのは、なかなか重労働だったが、なんとか服を手に入れた。

 着てみると、男性用の衣装なだけあって色々とブカブカだが、学院の装束よりはマシだろう。裾を踏んづけて躓かないよう注意しながら、商人を倉庫の目立たないところに押し込めておく。


 廊下に出て、三階の保管室を目指す。


 途中何度か商人らしき者とすれ違ったが、多少注目された程度で、呼び止められたりはしなかった。なんとか誤魔化せているようだ。


 目標の保管室というのは、特に苦労なく見つけられた。

 常に開放されているようなので、あくまで自然に部屋に入る。


 中の様子はまさに保管室といった具合で、天井まで届く棚に丸められた紙がたくさん入れられている。この中から目当ての物を見つけ出すのはなかなか大変そうだ。


 とりあえず、商人から聞いた通り、奥の方を目指す。

 奥に着いても、それらしい棚はない。鍵でも付いていれば分かりやすかったのだけど。木を隠すなら森ということか。


 地道に、ひとつずつ手にとって確かめていく。


 鉄、木材、小麦、様々な商品の売買記録がある。そのどれもが、大商会というにふさわしい規模の取引だ。だが、今の目的はこれらではない。


「見つけた……」


 いくつもいくつも手にとったうちのひとつ。ついに目的の物を見つけた。

 人間の名前がいくつも羅列されており、その横には取引相手と取引価格。下部にはダリウス・ジンのサインと証明印。


 これを公表すれば、奴隷売買の紛れもない証拠になる。


 あとはセーナを救出して、この証書と共に脱出する。後のことは後で考えることにしよう。


 セーナの居場所だが、実はすでに見当は付いている。というのも、竜人の魔力は人間のそれとはかなり違う。特徴的な魔力だから、かなり距離があっても捕捉できるのだ。


 ウィルベルの感覚によると、セーナは四階の部屋に閉じ込められているようだ。


 証書を懐に入れ、次の目的地へ向かう。

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