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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第三章 享楽の都
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第三章♯7『相対する決意』

 人波で溢れる大通りを、息を切らせながら走る。

 ウィルベルとセーナがジン商会に連れて行かれてから、すでに一時間ほどが経過している。

 しかし、フリッツはまだモニカを探して走り回っているのだった。


「くそッ……どこいったんだアイツ!」


 四方八方を見渡しても、モニカは見つからない。それほど遠くには行っていないはずだが、いかんせん人の数が多すぎる。この調子では、モニカを見つける頃には日が暮れているだろう。


 モニカのことは一旦諦めて、フリッツ単独で動いた方が良いかもしれない。


 ウィルベルたちはおそらくジン商会の商館に連れていかれたはずだ。商館の位置は、住人にでも聞けば分かるだろう。

 だが、商館に行ってどうする。正面突破はさすがに無理だろう。だがこのまま時間を潰してしまっては、ウィルベルたちが別の所に移されるかもしれない。そうなると、足取りを追うのはほぼ無理だ。


「おーい、フリッツー!」


 歩きながら思い悩んでいると、呑気な声のモニカに呼び止められた。


「あっ、おいモニカ! お前どこ行ってたんだよ!」


「どこって、飯屋だけど? そんなに慌ててどうした?」


 そう言うモニカの両手には、屋台で買ったのであろう食べ物が大量に抱えられている。


「お前が飯探してる間にまずいことになったんだよ!」


 モニカに事の顛末を説明する。

 モニカは最後まで静かに聞いていた。モニカの性格からすると、大慌てで商館に突っ込んで行きかねないと思っていたが、意外と落ち着いている。


「まあまあ、落ち着けよフリッツ」


 それどころかモニカに宥められた。饅頭を咥えながら彼女が言う。


「うぃうへうが考えなひについていふわけないらろ? ……きっと何か考えがあるんだよ。何か言ってなかったか?」


「何かって……」


 ウィルベルの様子を思い出す。

 話し合いをするとは言っていたが、あれを本気で言っていたかどうか。さすがにそんなことはないだろう、と今は思う。


「……信じて待っていてくれって、言ってた」


 わざわざ、『信じて』なんて言ったということは、何か意図があったのか……?


「じゃあ、やれることやって待ってようぜ」


 モニカか快活に言った。

 まさかモニカに諭されるとは。なんだかんだで、平静を欠いていたのはフリッツの方だったようだ。

 モニカの言う通り、今できることをして待つことにしよう。




 ◆◆◆




 どこかで水滴の落ちる音がした。小さな音でも、閉鎖的で静かな空間では際立つ。

 この場にいるのは二人。ウィルベルと、牢番の男だけだ。男は他にすることが無いのだろう、ずっとウィルベルの様子を観察しているのだった。


「嬢ちゃん。何やったか知らねぇが、災難だな。よりにもよってここに連れてこられちまうなんて」


「哀れに思うなら、逃がしてくれる?」


「はっは! そりゃ無理だな。俺がそっちに入る羽目になる」


「……私はこれからどうなるの?」


「女は大抵、薬で狂わされて娼館行きだな。まあ男だったら殺されてるだろうし、マシだろ」


「そう……」


 まあ想像通りだ。

 しかし、ダリウスは世に知られている以上に闇が深いことをしているらしい。なおさら放っておく訳にはいかなくなった。


「やけに落ち着いてるな。もう諦めたか?」


「いや、そろそろここから出るつもりだったから」


「は?」


 牢の錠に手をかける。触って確かめると、やはり大した鍵じゃない。


「四元の緑 プルッティヴィの爪 腐敗した聖杯、輪廻する奴隷 巴術レナート三番『腐花ロトフロース』」


 ウィルベルの魔術によって、金属製の錠が腐り落ちる。涼しい顔して扉を手で押し開き、牢から出る。男を見ると、唖然とした様子だ。


「……あんたが身につけてた剣やらはこの先に置いてある。じゃあ俺は気絶させられてたってことにするから」


 そう言って、男は冷たい床に伏せた。やけに手際よく降参する男だ。ジン商会の裏側に加担しているのだ、まともな人間ではないはずだが、なぜか憎めないところがある。


「あなた……名前は? これからどうするの?」


「バッカスだ。俺はただの雇われだから、適当なとこで逃げるわ」


「そう……私はウィルベル。それじゃあ気をつけてね」


「おう。何やるつもりか知らんが頑張れよ」


 バッカスと名乗った男が、床に寝たまま親指を立てる。その後、完全に沈黙して、気絶したフリを始めた。


 牢を後にして、まずは剣を回収する。たしかに、男が言っていたところに置いてあった。手早く身につけながら、これからの行動について考える。


 まず、ここに潜入した第一の理由。奴隷売買の証拠品を手に入れなければいけない。その後、セーナを救出してから脱出する。思い描くのは簡単だが、果たして上手く行くだろうか。


 ……それに、フリッツのことが気になる。彼は待っていてくれるだろうか。時間が無かったこともあって、まともに説明もできなかった。愛想を尽かされていても文句は言えない。


 必死にウィルベルを止めようとした彼の様子を思い出して、準備の手が止まる。


 ウィルベルはフリッツに信じて待っててと言ったのだ。ウィルベルの方がフリッツを信じなくてどうする。彼ならきっと待っていてくれる。今までだって、そうだったのだ。いつも助けてくれていた。だから今だけは、ひとりで戦わなければならない。

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