第三章♯6『対峙』
黒服の男達に連れられた先は、立派な構えをした館だった。
おそらく、ここがジン商会が本部とする商館だろう。隣のセーナがギュッと手を握ってくるのを感じる。その手を握り返してやると、安心したように力が緩んだ。
「こちらへ」
リーダー格の男がウィルベルとセーナを先導して館へと入る。ウィルベル達の背後には二人の男がぴったりと付いていて、今から逃げるのは無理そうだ。
館の中はとてつもなく豪華な造りになっていた。これみよがしに、高価そうな壷やら絵やらが飾られている。
並んでいる一品一品は素晴らしいものでも、こうも下品に並べてしまっては悪趣味と言わざるを得ない。これらの所有者であろうダリウス・ジンの性格が窺える。
男に連れられしばらく館を進むと、一際豪華な扉の前で立ち止まった。
おそらくここにダリウス・ジンがいる。セーナを追うことをやめるように、説得をしなければらない。
相手は一代で財を成した天才商人、話術に長けた相手のはずだ。気を抜かずに話を進めなければ、すぐに丸め込まれてしまうだろう。
ウィルベル達を先導していた男が扉を開く。中に踏み込むと、濃密に焚かれた香の匂いがした。その匂いのあまりの強烈さに思わず咳き込みそうになる。
「ようこそ、私の商館へ。わざわざ竜人のお嬢さんを連れてきて頂きありがとうございます。私、ジン商会会長ダリウス・ジンと申します」
部屋の中央に置かれた執務机に恰幅の良い男が座っていた。歳は五十ほどだろうか。だが老いは感じられない、青年のような活気に満ちた印象だ。豪商らしい衣装に身を包み、人の良い笑みを浮かべているが、目のギラつきようは隠せていない。
「……悪いけれど、ここにきたのはあなたたちにセーナを渡すためじゃない。セーナを諦めてもらうように説得に来たの」
「ほう。説得……ですか。しかし我々は商人、故に損得勘定無しの説得には応じませんが、交渉ならば聞いてみましょうか? あなたが我々にどんな利を与えてくださるのか」
ウィルベルの言葉を聞いても、ダリウスはまったく動じた様子もない。すべて予想の範囲内だとでも言わんばかりの態度である。
「あなたたちはセーナをお金に変えるつもりでしょう? ならそのお金、私が払う」
「ふむ。……竜人は希少で、しかも子供となると滅多には出回らない。少なく見積もっても聖金貨三十枚と言ったところですが、あなたに払えますか?」
「……時間はかかっても、いつか必ず」
「後払いというのは商人にとっては中々難しいものでね。買い手との信頼関係が無ければ応じられません。竜人を欲しがる好事家はたくさんいる。わざわざ危険な取引をするつもりはありません」
最もらしい理由を並べているが、そもそもウィルベルにセーナを渡すつもりは無いのだろう。
ウィルベルとしても、これ以上無駄な議論をするつもりはない。ウィルベルがジン商会に対して持っている、唯一の交渉カードを早々に切ってしまうことにした。
「あなたたちが私の要求に応えないなら、奴隷売買の事実を公表する」
「……それは困りますな。いくらジン商会が大商会といっても、商人は評判が第一。奴隷売買が公になれば他商会に食われてしまいかねません」
本当に困った、という様子でダリウスが言う。その態度にキナ臭さを感じるが、交渉は有利に進められているはずだ。
「だったら……」
ウィルベルの言葉を遮って、ダリウスが大きなため息をついた。先ほどの困った様子は、すでに消えている。
「しかし、ひとつだけ。我々にとっての最善手がありますな」
そう言った後、ダリウスが指を鳴らすと、すぐに黒服の男達が部屋に入ってきた。
そして、ウィルベルを数人がかりで取り押さえようとする。
「なっ……離せ!」
なんとか抵抗するが、相手の数の多さの前にどうしようもない。腕を取られ、拘束されてしまう。
「貴女から竜人を奪い、好事家に売る。そして貴女は薬漬けにでもして娼館に売る。これで我々は奴隷売買の秘密を守りつつ、より以上の金を得ることができる」
「貴様ッ……!」
「そもそもウチがやっている奴隷売買は公然の秘密とでも言うべきもの。余所者一人が騒いだところで意味はない。……無知無謀は罪ですな。次から気をつけることですよ。貴女に次があればですが、ね」
これで話は終わりだというように、ダリウスが机から煙草を取り出す。そして、火をつけながら黒服の男達に指示を出す。
「竜人のガキは適当な部屋に閉じ込めておけ。傷をつけるなよ、値が下がるからな。小娘の方は地下牢に入れろ、後で業者を呼ぶ」
「お姉ちゃん……っ!」
男達の手でセーナと引き剥がされる。今にも泣き出しそうなセーナが、必死にウィルベルに手を伸ばしている。ウィルベルもセーナに手を伸ばす。
「セーナ! 安心して、必ず助けに行くから!」
伸ばした手は届かず、男達にダリウスの部屋から連れ出される。扉が閉じられ、少しずつセーナの声が遠のいていく。
◆◆◆
男達に拘束されたたまま、長い階段を下りる。一体どこまで下りていくのか。
さすがのウィルベルも不安を感じずにはいられない。階段に反響する足音が、不安をさらにかきたてる。
連れて行かれた先は、ダリウスが言っていた通り地下牢だった。ほんの少しの松明が通路を照らしているだけで、とても暗い。まともな商館にこんな地下牢が必要なはずが無い。この場所自体が、ジン商会の異常性を証明してると言っていい。
いくつも並んだ牢のひとつに乱暴に放り込まれる。手枷の類は付けられていないが、牢には厳重な施錠がされている。
また、牢の中にはおぞましい想像をさせるような拷問道具が散らばっていた。どれも血の跡が付いていて、これらが実際に使われたことを証明している。
男達はウィルベルを牢に入れた後、すぐに戻って行ってしまった。この場にいるのはウィルベルと、はじめからいた一人の見張りだけだ。
ダリウスは、後で業者を呼ぶと言っていた。一体何の業者なのか、それはこの地下牢の有様からして想像に難くない。
暗く冷たい牢の中でウィルベルは思った。
——ここまでは計画通り。




