第三章♯5『 誇りの対価』
「——我々、ジン商会の者でございます」
ストリートへの道を塞ぐように、黒ずくめの男が三人現れた。背後を見やると、そちらにも三人。合計六人の男に囲まれている。
「そちらの竜人のお嬢さん。実は我々が"保護"をしているお嬢さんでして。ブラオエに向かう途中、"何者か"の襲撃を受け消息不明になっていたのですが、親切な旅のお方がブラオエまで連れてきてくださったと聞き、こうしてお迎えに上がったという次第でごさいます」
そう言って、先頭の男が恭しく一礼をする。
「ああ、勿論お礼は致します。……あれを」
話をしていた男にうながされ、隣の男がなにやら懐から取り出す。
チャリチャリと鳴っているそれの中身は、間違いなく金だろう。
さっきのわざとったらしい口調からして、フリッツ達が奴隷商からセーナを奪ったことはジン商会に筒抜けなのだろう。しかし、その上で知らぬ振りをして金を渡そうとしている。つまり、今なら見逃してやるから、セーナを置いてとっとと失せろということだ。
ジン商会としては多少の金を払っても、ことを荒げずに処理したかったのだろうが、今回に関しては逆効果だ。なにせ取引相手がバカが付くほど善人のウィルベルだからである。
フリッツとしても、こうしてジン商会の人間が目の前に現れた時点で、穏便に事を済ませるのは諦めた。もうやるしかない。こいつらを振り切って、追ってがかかるまえにブラオエを出よう。それしかない。
剣の柄に手を掛けようとしたときであった、
「分かったわ。セーナは貴方達に返します。ただし、私も連れて行って」
ウィルベルがそんなことを言い出したのは。
「はぁ!? な、なに言ってんだウィルベル!」
「セーナを一人で行かせるわけにも行かないでしょ。私が話を付けてくる」
「いやいやいやいや! 自分がなに言ってるか分かってるのか!?」
「……フリッツうるさい。良いから宿で、信じて待ってて」
ウィルベルは聞く耳を持とうとしない。
(ジン商会に連れて行かれて、戻ってこられるわけないだろ! ウィルベルも奴隷として売り払われるのがオチだ!)
「貴方達、それで構わない?」
「……ええ、竜人のお嬢さんに来ていただけるのであれば、後は御自由に」
「じゃあ行ってくるね」
「お、おい! 待てって!」
ウィルベルに詰め寄ろうとするが、黒服の男達に阻まれる。その向こう側で、ウィルベルがセーナの手を引いて、男に付いて行く
彼らが人波に帰るのはあっという間だった。
裏道に残されたのはフリッツと男三人。呆然としているフリッツに、男が金の入った袋を乱暴に押し付ける。
「捨てられちまったな兄ちゃん。その金で女でも買うといいさ」
「あの娘、本当に帰れると思ってんのかね? 娼館にでも売られて終わりだと思うが」
男達もそんなことを言いながら、人波に消えていった。
フリッツは動けずにいた。ウィルベルの考えていることが全く分からない。
ウィルベルは世の中の悪意に対して抜けたところがあるから、本当に話をしにいったつもりなのかもしれない。だが、人身売買をする悪徳商会相手に話なんてできるはずもない。男達が言っていたように娼館にでも売られて終わりだ。
これからどうするべきだ。助けに行く? 一人で? 相手は大商会だぞ。さっきのような男達が他にも何人も雇われているだろう。幾ら何でも分が悪すぎる。
——捨ててしまおうか。
何もかも捨てて、ここから逃げ出してしまおうか。モニカも、セーナも、そしてウィルベルも。何もかも無かったことにして、ここから逃げ出してしまえばいいじゃないか。
元々その程度の関係じゃないか。仕事が終われば二度と顔を合わせることのないような相手だ。それに、今回のことはウィルベルの自業自得だろう。フリッツに落ち度は無い。世間知らずな娘が、勝手に失敗しただけのことだ。
カルテドルフでこうなっていてもおかしくはなかった。
ウィルベルの性格だ。ここでなんとかやりすごしても、またいつかこういうことになっていただろう。その時期が早まっただけに過ぎない。
なによりフリッツは傭兵だ。報酬の金はすでに手元にある。この金を持ってどこかに行ってしまえば良い。今までだってそういう生き方をしてきた。今回もそうするだけだ。なにもためらう事は無い。そういう生き方しかできないから、ずっと傭兵なんてやってるんだろ。
簡単な事だ。この金で、酒でも飲めば忘れられる。
一体何を期待していたんだ? 特別な人間と一緒にいるだけで、自分も特別になれるとでも思っていたんだ。そんなものは只の勘違いだ。これまでも、これからも、フリッツは只の人間。それも金に媚びる汚い人間だ。
だったらやることなんて何一つ変わらない。これまでも、これからもだ。
「大丈夫……僕は捨てられる」
手の袋がずっしりと重い。当たり前だ。これはフリッツの命より重いのだから。
「——訳ないだろッ!」
しかし、『誇り』と比べるにはあまりにも軽い。
袋を路地に放り捨てて、人波に飛び込む。




