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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第三章 享楽の都
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第三章♯4『硝子の花』

「なぁなぁ、せっかくブラオエに来たんだからさ。店とか屋台とか見に行こ!」


 モニカがそう言い出したので、宿に荷物を置いてから、四人で再び街へ繰り出したのであった。

 ジャンの忠告通り、セーナにはフード付きのケープを着せ、角を隠している。多少怪しい感じにはなっているが、竜人とは分かるまい

 今は、各々自由に店を見て回っている最中である。


 セーナのことは責任を持ってフリッツが預かっている。

 実はセーナと二人だけになるというのは初めてのことである。嫌われているわけではないと思うが、ウィルベルやモニカにひっつきっぱなしだったから、フリッツとはあまりコミュニケーションをとることが無かった。だから、この機会にもう少し仲良くなっておきたい。


「セーナは何か、見たいものとかある?」


「……キレイなもの」


「キレイなものか〜。一緒に探してみようか」


 キレイなもの、キレイなもの。何かあっただろうか。さっきは花に興味を示していたようだが、花と言わずにキレイなものと言ったからには別のものを探してやったほうがいいだろう。

 何かないだろうか、と辺りを見回す。


「おっ、あれなんてどうだ?」


 フリッツが指を指すが、セーナの身長ではその先を見ることはできないようで、首をひねっている。

 そこで、セーナの手を引いて見つけた店へと連れて行く。


「わぁ!」


 店頭に並べられていたのは、繊細な意匠の施されたガラス細工たちだ。具体的にどう使うのかは分からないものも多いが、キレイなのは確かである。セーナも喜んでくれているようだ。


「欲しいものある?」


「欲しいもの?」


 キョトンとした表情でセーナが言った。


「ああ、買ってあげるよ」


「ほ、ほんと!?」


 おう、と頷く。

 悪徳商人のような言い方になるが、金ならあるのだ。ハーブル校長から渡された聖金貨もあるし、当面金に困るということはないだろう。


「うーん……じゃあこれ!」


 セーナが選んだのは、桃色の色付きガラスで作られた花の形をした髪飾りだ。いかにも女の子らしいチョイスである。


「よし、それだな。店長、これ売ってくれ」


「そいつなら錫貨八枚だ」


 店長に提示された金額を支払う。


「なあ兄ちゃん。あの子の兄貴か?」


「え? いや兄貴……じゃないけど。保護者?」


「そうか。まあ目を離さんようにな。最近また人さらいが増えてるんだ」


「……それってジン商会?」


 そう言うと、店長の方は驚いた様子だ。


「余所者の割に詳しいな……ジン商会が奴隷売買に関わってるってのはブラオエの人間なら誰でも聞いたことのある噂だ。だがあんまり大きな声で言うんじゃねぇぞ。誰が聞いてるか分からんからな」


「そうか……ありがとう」


「毎度」


 セーナの手を引いて店を出る。

 店長の話によるとらジン商会の奴隷売買はブラオエに知れ渡っているようだ。にも関わらず野放しにされているというのは、ジン商会にはそれだけの権力があるということか。やはりジン商会を敵に回すのはマズすぎる。


 そういった考え事をしていると、セーナに手を引っ張られた。


「ねえねえ、聞こえてる?」


「ん? ごめん、どうした?」


「これ、ありがと……すごくうれしい」


 セーナがガラス細工を大事そうに持ちながら言った。ちょっとしたプレゼントのつもりだったが、随分と喜んでもらえたようだ。


「ああ、どういたしまして」


 これでもう少し仲良くなれただろうか。

 ジン商会を相手にどうこうするということは無いにしても、セーナが狙われるというのは大いにあり得ることだ。フリッツが十分注意をしておかなければならない。


「あれ、ウィルベルお姉ちゃんじゃない?」


 セーナが指差した先には、確かにウィルベルの姿がある。古びた佇まいの店でなにやら物色しているようだ。


「おーい、ウィルベル。なに見てるんだ?」


「んん! ……なんだフリッツか」


「なんだってなんだよ。そしてなんだよその反応は」


 ウィルベルの手元を覗き込むと、様々な材質からできた棒のようなものがたくさんあった。


「なんだそれ?」


「魔術の触媒だよ」


「しょくばい?」


 セーナが興味津々といった様子で聞く。かなり難解な答えが返ってきそうな気がするが、セーナに理解できるのだろうか。フリッツにも理解できるかは怪しいが。いつかの魔術講義の記憶が浮かんで、頭が痛くなりそうだ。


「広義では魔法を使うための道具だよ。主に術式の安定化と、術者魔力の増幅のために使うの」


「あれ? でも前に素手で魔術を使ってなかったっけ?」


「無くてもなんとかなるけど、やっぱりあったほうがいいかなって。かさばるから全部学院に置いてきちゃったんだよね」


 そう言うと、真剣な表情でまた物色を始めた。


「セーナはウィルベルの言ってること分かったか?」


「うーん。ちょっと?」


 流石にまだ難しかったようだ。そういうフリッツも完全に理解出来ているのかと言われれば怪しいところである。


「これだ!」


 ウィルベルがガラクタの山からなにか発掘したようだ。

 その手には金属とレザーから作られた、左手用の手甲のようなものを持っている。手甲とは言ったが、戦士が身に付けるような重厚なものではなく、貴族たちが着飾るために身に付けるような薄いもので、黒地に銀の細工が施されている。何かの文字のようにも見えるが、魔術関係の記号かなにかだろうか。


 ウィルベルはうんうんと頷きながら会計へ向かう。フリッツにはよく分からないが、納得のいく品らしい。


 会計を済ませたウィルベルが、さっそく手甲を左手にはめる。


「それも触媒ってやつなのか?」


「うんうん! 魔力絶縁体の黒色鋼に、魔力伝達率の高い霊銀の組み合わせ。効率的に魔力を増幅しつつも、術者へのリバウンドも防ぐ優れものだよ!」


 先ほどにも増して話が分からなくなったが、ウィルベルがめずらしくご機嫌だ。きっと素晴らしいものなのだろう。分からないけど。


「じゃあモニカを探して、飯でも食いに行くか」


 時刻はすでに夕刻。腹も減ってきた。モニカもそのへんにいるだろうし、拾って行くとしよう。


 モニカを探しに行くために、人波を避けてメインストリートから外れた道に入った時だった。




「——失礼、御二方。我々、ジン商会の者でございます」

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