序章♯2 『少女との出逢い』
「失礼いたします」
ノックの後、音を立てて開いた扉から、カーラが入ってくる。手には盆を抱え、盆の上のカップからは白い湯気が立ち昇っている。
「ほら、あなたも入って」
カーラが後ろを振り返りながら言う。フリッツの
位置からでは見えないが、どうやら扉の外に誰かいるようだ。おそらく例の護衛対象だろう。
たとえ仕事が終われば会うこともない相手でも、旅の間はずっと二人で過ごすのだ。第一印象が肝心だ。精一杯、人好きのする笑みを浮かべて待つ。
カーラに誘われて入ってきたのは、群青色の瞳をした少女だ。肩にかかりそうな長さの髪を、後ろで雑にまとめている。勝手に少年を想像していたので、少し意外だった。
かたり、とカーラがカップをサイドテーブルに置いてくれる。カップには黄金色の液体が淹れられており、口にすると冷えた体に沁みた。カップに口をつけながら、少女の様子を伺う。
少女はなにやら不満そうな顔をしていた。猫のような大きな瞳が細められ、気の強い感じが滲み出ている。
「……護衛なんていらないと言ったはずです」
小さいが、よく通る声で少女が言った。
護衛の話はハーブル校長が勝手に進めたのだろうか。フリッツには一瞥もくれないまま、校長を問い詰める。
「ほほ、かわいい生徒のためじゃ。このぐらいのお節介は大目に見て欲しいもんじゃのう」
冷たい視線をハーブル校長がいなす。少女に睨まれながらも、むしろ孫の反応を楽しむ祖父のように見える。
「ほれ、お前の護衛をしてくれる方じゃぞ。挨拶くらいせんか」
少女の鋭い視線を受けながらも、ハーブル校長はまったく動じず、ニコニコしながら言った。
「……ウィルベル・ミストルートです」
促され、少女がこちらを見て、嫌そうながら名乗った。名乗りを受けて、黙っているわけにもいかない。覚悟を決めて口を開く。
「はじめまして、フリッツ・ローエンです。央都までの護衛をします。よろしくね」
できる限り紳士な態度で言ったつもりだ。つもりだったが、少女の不満げな顔は変わらないままだ。むしろ、さっきよりも眉間の皺が深くなったような気がする。
「……本当に彼で大丈夫なんですか? なんだか頼りない感じがしますけど」
ウィルベルがこちらに胡乱げな眼差しを向けながら言う。初対面の相手に対しての発言としては、いささか失礼な気もするが、ウィルベルの視線にたじろいでしまってなにも言えない。
「大丈夫じゃ。信頼できるし、腕も確かじゃ」
「…………」
少女がフリッツを上から下まで見てくる。値踏みするかのような眼差しだ。こうもジロジロと見られていると、落ち着かない気分になってくる。
「先生がそこまでおっしゃるのなら……まぁ、いいです」
まだまだ言いたいことはありそうだが、どうやら一応承服してもらえたようだ。
ここで拒絶されて、せっかくの仕事をふいにされなくて良かった。ホッと胸をなでおろしていると、ハーブル校長が手を叩きながら口を開いた。
「雪払いの準備はもうできておる。出発は明日の朝じゃ。それまでに準備を済ませておくんじゃぞ」
ウィルベルがコクリと頷く。
雪払い、というのは聞いたことが無いが、旅のおまじないか何かなのだろうか。
ハーブル校長がもう一度手を打つ。
「あぁ、そうじゃ、フリッツくんはウィルベルの部屋で休むといい。それとせっかく学院にまで足を運んでもらったんじゃ、学院を見て回るといい。案内するんじゃぞ、ウィルベル」
「同じ部屋? しかも案内まで……?」
ウィルベルが小声でうめく。初対面の男と同じ部屋で寝ろというのはいささか酷な気がしないでもないが、年もそう変わらない少女にここまで言われると、少し傷つくなぁ、と頭をかく。
「旅に出れば一ヶ月は二人で過ごすのじゃ。早いうちから仲良くなった方が良いぞい」
ハーブル校長があやすように言った。ウィルベルの方も不満そうに唇を尖らせつつも、それ以上はなにも言わない。
話はこれで決まったようだった。フリッツの方も、なんとか良い関係を築けるように努力しなければ、と気合を入れなおす。
「フリッツくん、ウィルベルをよろしく頼む」
フリッツ校長が手を差し出してくる。
「はい。ご期待に添えるよう、尽力します」
差し出された手を握って言うと、ハーブル校長はにこやかに頷く。
「よし、ではもう行っても良いぞい」
ハーブル校長がウィルベルに向き直って言う。
「……それでは失礼します」
ウィルベルがお辞儀をして、部屋を出て行こうとする。こちらをチラッとみて、手招きをする。付いて来い、ということらしい。
立ち上がり、扉へ向かう。扉の前で振り返り、ハーブル校長とカーラに軽く礼をして、扉の外へ出る。ウィルベルはもうかなり先まで進んでしまっていた。見失うと困る。
小走りでその背中を追う。