第三章♯3『享楽の都』
「ここがブラオエ……すごい人」
ウィルベルが目を丸くしながら言った。
学院の中で育った彼女にとって、これほどの規模の街、これほどの数の人間を見たのは初めてのことだろう。
ブラオエはヴァイスランド第二の規模の街。大陸でも有数の商業都市であり、ここで買えないものはないと言われているほどだ。
「まずは宿を探すぞ〜」
キョロキョロしている仲間たちに言う。
街の正門から伸びるメインストリートには果物やら肉やらを扱う店が軒を連ね、隣の通りにも雑多な店が並んでいる。少し裏道に入れば、娼館などのあやしい店も数多い。
それらはひとまず置いておいて、目指す宿場街はメインストリートの奥の方だ。
「うおー! すげー肉! すげーでけー肉が売ってるぞ!」
「むむ……良い触媒」
「……お花、きれい」
三人共、並ぶ店に目移りしている。まあ無理もない。フリッツだって、美味しそうな香りを発している屋台やらには、ついつい気が向いてしまう。
「おい! あんたら、エドガーの旦那の知り合いだろ?」
「え?」
商店街の空気を楽しみながら歩いていると、突然若い男に声をかけられた。
エドガー? ってあのエドガーか? この男はエドガーの知り合いなのだろうか。声を掛けてきた男に目をやると、茶色の巻き毛で背が高いくらいの感想しか浮かんでこない、特に怪しい感じはしない普通の男だ。
「あーいきなりわりぃ、俺ジャンってんだ。エドガーの旦那から、フリッツとウィルベルって奴がブラオエに寄ったら良くしてやってくれって頼まれてんだ」
「それなら、私達のことだと思うけど……エドガーが私達より速くブラオエに着いたの?」
ウィルベルがジャンと名乗った男に応える。
確かにそうだ。エドガーがこの男、ジャンに何かを頼んだにしろ、話が速すぎる。そもそも街道は一本道だし、仮にエドガーが急いだのだとしてもどこかで出会うはずだ。
「いやいや、伝書鳩で連絡が来たからな。旦那はブラオエにはいないと思うぜ」
そう言ってジャンは懐から折られた紙を取り出した。それを広げると、たしかにエドガーからの手紙である。伝書鳩を飛ばしたのであれば、話の速さにも説明がつく。
「それにしても、どうして僕達がこの手紙に書かれてる奴らだって分かったんだ?」
「そりゃそのマントだよ。魔術学院の紋章入りのマントなんて滅多に見かけるもんじゃないし。エルフと竜人が追加されてるのは意外だったけどな」
「ああ、この子達はブラオエまでの道すがらで一緒になったんだ」
「そうか。じゃあそっちの二人も面倒見てやるよ」
よろしくな、とジャンが手を出してくる。
よく分からないが、エドガーの紹介であればとりあえず信用しても大丈夫だろう。ウィルベルとモニカも特に異論無さげだ。セーナは人見知りが発動して、ウィルベルの影に隠れている。
とりあえずフリッツが四人を代表して、ジャンの握手に応じる。
◆◆◆
「俺、新聞書いててさ〜。二人のこと書いたらネタになると思ってずっと待ってたんだよ!」
ジャンにおすすめの宿へ案内してもらっている途中、彼がこんなことを言い出した。
「カルテドルフでは人狼を退治し、街道では奴隷商人を成敗! 庶民は絶対食いつくネタだと思うんだよな〜」
「商人を成敗したのはモニカだけど……」
「良いんだよ、細かいことは! なあ〜書いて良いだろ? そうだな、見出しは『魔術学院からやってきた美少女魔術士とその付き人、各地で大活躍!』とか!」
「付き人って……いや付き人で正しいのか」
「び、美少女……」
ウィルベルの方はは褒められて嬉しそうである。意外とちょろいのか、それとも浮かれているだけなのか。
あたしのことも書けよー! とモニカがジャンに突っかかっている。そんな様子を見ながら、一応ウィルベルに確認をしておく。
「まあ、別に書かれても良いよな?」
「良いんじゃない? お礼にもなるだろうし。でも、奴隷商人たちを襲ったことがバレたら、ジン商会ってところに狙われたりしないかな?」
「もちろんあんた達の迷惑になるようなことは書かない! 約束する!」
モニカに絡みつかれながらジャンが言った。
「じゃあ大丈夫だな」
ウィルベルも頷く。
「ありがとよ〜! 記事が出来たら一番に見せるから! あっ、そうだ。これやるよ」
そう言ってジャンが何かを差し出す。渡されたのは、立方体の形をした半透明の石だ。内部のほうがキラキラと輝いている。
「そいつはリンカイトっていう鉱石で、そいつを持っている奴同士は離れたとこにいても会話が出来るって優れもんよ。また記事になりそうなことがあったら教えてくれ」
「へぇ〜。初めて見た」
たぶん貴重なものだろうから、失くさないようにしっかりとしまっておこう。
「ジャンさん、色々とありがとう」
「礼ならエドガーの旦那に言ってくれ。俺も記事のネタができてオイシイ思いしてるからな。……っと、宿はココだ。主人に話は通してあるから、俺はここで。また困ったことがあったら言ってくれよ」
色々と話しているうちに宿に到着したようだ。なかなか立派な店構えである。
「そうそう、これは忠告なんだが、セーナちゃんの角は隠しといたほうがいいぞ。竜人は珍しいし、目立つからな。ジン商会の奴ら意外にも狙われるかもしれん」
「本当に、何から何までありがとう」
「良いってことよ! それじゃあ、またな」
ジャンとはここでお別れのようだ。口々に別れの挨拶と、礼の言葉を言う。
ほんの少しの時間の付き合いだったが、かなり世話になってしまった。いつかしっかりとした礼ができる機会があれば良いが。




