第三章♯2『邪龍戦争』
エルフの少女に導かれた先には、草木を寄り合わせてつくらせたテントのようなものがあった。
フリッツのマントを地面に敷いて、その上に竜人の少女を寝かせる。
「あたしはモニカ。あんたたち、ただの旅人じゃないさそうだけど、何者?」
モニカと名乗ったエルフの少女に問われた。
特にフリッツ達を警戒している様子はないから、純粋な疑問なのだろう。
「僕はフリッツ。もう一人の女の子はウィルベル。別にただの旅人だよ。ルクセンまで向かってる最中なんだ」
「へぇー。あたしはエルフの森に帰るとこなんだ」
「エルフの森ってことは、ブラオエとルクセンの中間くらいか」
「そうそう。あんたたちもブラオエに寄るだろ? だったらしばらく同じ道だな〜」
ブラオエはヴァイスランド一の商業都市で、ルクセンに次ぐ規模の街だ。フリッツたちも補給の為に寄るつもりだったので、モニカの言う通りしばらく同じ道を行くことになる。
「丁度良いじゃない。とりあえずブラオエまで一緒に行きましょうか」
フリッツとモニカの会話が聞こえていたのであろう、馬を繋いで戻ってきたウィルベルが会話に加わる。
「その子の様子はどう?」
竜人の少女の側に屈んで、具合を確かめているウィルベルにモニカが問う。
「大して怪我はしてないから、そのうち目を覚ますと思う」
「そっかー! 良かった〜」
ウィルベルの言葉を聞いて、モニカは心底安心した様子だ。
正義感から奴隷商を襲撃するくらいだ、やり方は荒くても悪い奴ではないのだろう。
「それにしても、竜人なんて初めて見たよ」
竜人の少女に生えた角をまじまじと見ながら言う。
その角はまるで磨き上げられた鉱石かのような質感だ。だがそれ以外は普通の人間とまったく変わらないように見える。
「……十五年前の邪龍戦争のせいでほとんど滅亡してしまったんだって」
ウィルベルが言う。
邪龍戦争といえば、今ヴァイスランドに生きている者で知らない者はいない、国中に戦火をばらまいた大戦争である。
元凶であった邪龍はヴァイスランドの英雄たちに退けられたが、戦争により王政の崩壊までをも招く結果となった。
フリッツの両親も戦時中の混乱の中で命を落としたと聞いている。だから竜人族達が被害を被っていても不思議ではない、が。
「そんなに数が少ない種族だったのか?」
「それもあるけど……一番は人間からの迫害だね」
「迫害……?」
「竜人、なんて言われるくらいだから、邪竜を操ってるのは竜人族だ、とか。そういう根拠のない噂が広まって、それを信じる人がいたかららしいよ」
「……人間はいつもそうだ。なんでもかんでも決めつけて、差別して……」
モニカが苦々しげに言った。
エルフも今の竜人族の話ほどではないが、人間から迫害された歴史がある。そのために街を追われ、森の中でひっそりと暮らしているのだと。
「あっ、ワリぃ……別にあんたらのことを言いたいわけじゃないんだ」
「気にしないで、本当のことだから」
ウィルベルがモニカに微笑みかける。
人間が多種族を差別し、迫害してきたのは事実だ。いまでこそ大っぴらな差別は禁止されているが、共和制に移行するまでは国家権力が迫害を主導していたと聞く。
「それにしても、奴隷商か。……なくならないもんだな」
奴隷売買も、共和制に移行したタイミングで禁止されたはずだ。だが、それでも簡単に無くなったりはしないようだ。それだけ需要があって、金になる商売なのだろう。
「さっきの馬車はジン商会の奴らだ。あいつら金と権力にものいわせて役人まで黙らせてるらしい」
「なっ、ジン商会だって!? ブラオエでも有数の大商会じゃないか!」
ジン商会は、一代で財を成した敏腕商人ダリウス・ジンを筆頭とした大商会だ。あまり良い噂を聞く商会ではないが、まさか奴隷売買にまで手を出していたとは……。
「ジン商会……」
ウィルベルが顎に手を付けて呟く。
……あっ、これはヤバい。嫌な予感がする。
「ダメだぞ、ウィルベル。さすがに相手が悪すぎる。気持ちは分かるけど絶対ダメだぞ」
「フリッツ……」
ウィルベルが何か言いたげな視線でフリッツを見るが、ここは譲れない。
「ダメ! ジン商会だけは絶対ダメだ」
「む……私のこと何だと思ってるんだ、君は。私は誰でも彼でも無闇に敵に回すほど向こう見ずじゃない。けど、ほっとくっていうのも……」
「ダメ!」
「な、なんの話してんだ?」
フリッツとウィルベルの掛け合いに置いてけぼりをくらっていたモニカが言う。
そんな彼女にウィルベルがどういうことを考えて、どういうことをする人間かを説明しようとしたとき、
「ん、んん」
側で騒いだからか、気を失っていた少女が微かに呻きを漏らし、ゆっくりと瞼を開いた。
「あれ……ここは」
「大丈夫。心配しないで」
ウィルベルが少女に優しく語りかける。
ウィルベルがこういう話し方をするのは珍しい。つっけんどんな態度しかとれないのだと思っていたが、子供相手だと優しくもできるのか。
だが、少女の方は状況が飲み込めず、怯えているようだ。
「おー! 目覚ましたか。痛いとこないかー?」
モニカが笑顔を浮かべながら言った。少女は困惑しながらもコクリと頷く。
少女とのファーストコンタクトは女性陣に任せて、僕は怖がらせないように離れたところで大人しくしておくことにしよう。
「私はウィルベル。君の名前は?」
「あ、ぅ……セーナ」
「セーナか! 良い名前だな〜! 奴隷商の奴らは、あたしがぶっ飛ばしてやったからもう安心しろよ!」
「自分のお家とか、お母さんのこととか、分かる?」
「……分かんない」
ウィルベルの問いに、少し悩んでからセーナは言った。
奴隷として連れていかれるまでは両親だかの保護者がいたはずだか、それも分からないとなると家に帰してやることもできそうにない。だからといって、ここにほったらかしていくわけにもいくまい。
「そっか……。でも心配すんな! あたしがいつかきっと家に帰してやるから、それまではあたしが一緒にいてやる!」
もしモニカがこう言わなければ、ウィルベルが言っていただろう。
正反対の二人に見えて、意外と似た者同士なのかもしれない。どちらも曲がった事が出来ない、不器用なほどに真っ直ぐな心を持っている。だが、それが仇になってしまうのが世の中というものだ。
ウィルベルはきっと奴隷売買を見過ごしたりはしないし、ブラオエに着いたらジン商会と事を構えるつもりだろう。そんなことにならないよう、フリッツがしっかりしていなければならない。
もう絶対、面倒事には関わらないし、関わらせないぞ。
セーナにかかりっきりの二人を見て、再び決意するフリッツだった。




