第三章♯1『サリー街道』
「——だからね、魔術は勉強すれば誰でも使えるようになるの。何回も言ってるでしょ」
「いやぁ、僕には無理だよきっと」
「無理じゃないって。フリッツだって一応人間でしょ?」
「一応ってなんだよ! 正真正銘、立派な人間だよ!」
カルテドルフを後にして三日。フリッツたちはヴァイスランドを南北に走る長大な街道、サリー街道の北端に差し掛かっていた。
その道中、ウィルベルは今のように、フリッツに魔術を勧めてくることが何度もあったのだった。勉強すれば誰でも使えるよ、と言っているが、世の中にはそもそも勉強ができない人種がいるということを分かってもらえないのである。だから、この話題になるたびフリッツとウィルベルはお互いに主張を曲げずに言い合いになっているのだ。
しかし、冗談も言ってくれるようになったりと、フリッツとしては嬉しい面もある。
「魔術ならウィルベルが十分使えるんだから、それで良いだろ? 僕にはきっと向いてないよ」
「…………」
む、返事がない。もしや怒らせてしまったのだろうか。横目でこっそり様子を窺うが、どうやら怒っているようではないようだ。ウィルベルは目を細めてどこか遠くを見つめている。
「ねぇ、あれ」
そういって、視線の先を指差す。
それを追って目を凝らすと、街道の先で一筋煙が立ち上っている。……ただの野営かもしれないが、こんな真っ昼間から火を起こしたりするものだろうか。ウィルベルもそれが気がかりなんだろう。
「ちょっと急いでみるか」
ウィルベルがうなずく。馬の腹を蹴って走らせる。
煙の発生元に近づくにつれて、鼻をつくような匂いが強くなってくる。
……これは薪の煙なんかじゃない。
◆◆◆
「なんだこれ……賊かなにかの仕業か?」
煙の元には横転した荷馬車があった。積荷だったであろうものには火が付いていて、煙はそこから立ち上っていたようだ。
辺りには剣やら弓やらが落ちていて、戦闘があったことを想像させる。その割には、ところどころに血痕があるくらいで、死体などはない。荷馬車の持ち主であろう商人なども、賊に連れていかれたのか、自力で逃げたのかといったところだろうか。
「フリッツ。こっち」
荷馬車を探っていたウィルベルに呼ばれ、駆け寄る。屈み込んだウィルベルの側には、十歳頃の少女が横たわっていた。その手足には金属製の枷が嵌められている。
だが、少女には手足の枷よりも注目するべき点があった。端的に言うと、頭……耳の上あたりに白い『角』が生えている。
「えっ……なんだこの子」
見たことも聞いたこともない姿をした少女を見て困惑する。そんなフリッツとは違い、ウィルベルには心当たりがあるようだ。
「私も実物を見たのは初めてだけど、たぶん竜人族の子だと思う。……とりあえず安全なところまで運んであげよう」
「あ、ああ」
フリッツが少女を抱えて、荷馬車から離れる。少々汚れているが、目立った怪我は無さそうで、呼吸もしっかりしている。手当をすればすぐに目を覚ますだろう。
街道の逆側にある大きな木の木陰に少女を運んで行こうとしたところで、フリッツの足先数センチのところに矢が突き刺さった。
「うわっ! あぶな!」
思わずよろめいて少女を抱えたまま倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「その子を置いて立ち去れ! 次は当てるぞ!」
矢を放った本人であろう者の声が聞こえるが、姿が見えない。相手が少女にとってどういう存在か分からないが、とりあえず全力で抗議をする。
「待て待て待て! 僕達は悪い奴じゃないぞ!」
「私たちはこの子を手当しようとしたの。……あなたが敵じゃないなら姿を見せて」
ウィルベルの言葉からしばしの沈黙の後、目指していた木の上から、矢の主がヒラリと飛び降りてきた。ウィルベルと同じくらいの少女……に見えるが少し違う。人間と違って、耳がピンと尖っている。こちらはフリッツも見たことがある——エルフだ。
「悪いことしたな。奴隷商のやつらが戻ってきたのかと思ったんだ」
どうやら、あの荷馬車は奴隷商のものだったらしい。少女の手足に付いている枷からして、この子は奴隷として連れていかれるところだったということか。
ということはこのエルフの少女は奴隷商から奴隷を救う正義の味方か……? それにしてはずいぶんやり方が荒っぽいが。
「とりあえずここから離れよう。付いてきて」
エルフの少女が踵を返して、森の方へ走っていく。
簡単に付いて行っていいのだろうか。森に入った途端、矢でグサグサにされたりはしないだろうか。
「ほら、なにモタモタしてんの! ……やっぱりあんたたち奴隷商の仲間なんじゃ」
エルフの少女はそう言って腰の短剣に手を掛ける。
「わ、わかったって!」
「……私は馬を連れてくるね」
ウィルベルは馬を迎えに行ってしまった。どうやら少女について行くつもりのようだ。こうなってしまってはもう仕方ない。覚悟を決めて少女について行く。
ああ……もう危なそうなことには首を突っ込まないって決めたのにな……。あれからまだ三日しかたってないのになぁ。
面倒なことにならないことを祈って、少女の後を追うのだった。




