第二章♯7『疑念』
——夜、カルテドルフ、酒場の一室。
エドガーとも合流し、なんとか難を逃れた後、フリッツたちは一度村まで戻ってきていた。
今は酒場の一室で、ウィルベルに傷の手当てをしてもらっているところである。
ウィルベルの掌が肩に触れ、触れられたところがジンジンと熱くなる。
原理は聞いてもよく分からなかったが、傷を癒す魔術というのもあるらしい。治癒の術式はどちらかというと祈祷術の領分だというイメージがあったので、少し意外だった。
それは置いておいて、まずは現状の確認だ。
「人狼は一体だけじゃなかった」
「……どうやら、お仲間を呼び寄せてたらしいな」
血塗れのエドガーだったが、そのすべてが返り血で、彼自身は傷一つ負っていなかった。ほとんど拭ったが、まだところどころ血で汚れている。
エドガーの方も、張り込みをしている最中に、複数の人狼に襲われたらしい。とすると、少なく見積もっても、十体ほどの人狼がいたことになる。これは最低の数値で、実数はもっと多いのかもしれない。
「悪い、俺のせいだな。……お前たちはもう手を引いたほうがいい。残りは俺がやる」
助けに来た直後のおちゃらけた様子は安堵ゆえのものだったようで、今は自分を責めているようだ。
たしかにエドガーの話の中では、相手をする人狼は一体だけという話だった。だからこそ油断が生まれてしまったという面もある。
だが、やると決めたのは自分たちだし、このことでエドガーを責めるつもりはない。ウィルベルも同じだろう。
「気にするなって。僕たちみんな無事なんだから」
「そうね。フリッツの傷もたいしたことないし」
ウィルベルが傷の治療を終える。ぐるぐると肩を回すとまだ少し違和感が残っているが、問題なく動かせそうだ。
「それより、問題は人狼の群れね」
「ああ、まだ仲間がいるかもしれないし。ほったらかしていくわけにもいかないしさ」
ウィルベルも、このまま引くつもりはないようだ。彼女が目の前の問題を放置して先に進めるわけがない。そういう性格だということは、フリッツにも理解できている。
「お前ら……」
エドガーは意外そうに目を丸くした。一言二言は、責められると思っていたのだろう。
「それより今回の作戦の失敗、少し違和感があるの」
ウィルベルはしんみりした雰囲気を断ち切って、さっさと話を進める。
「人狼たちが私を無視して、潜伏していた二人を見つけ出して襲撃したのは不自然だと思わない?」
「うーん、たしかに」
「まるで、私たちの作戦を知っていたような動きだった」
たしかに、ウィルベルの疑問は最もだ。だが、作戦の内容を知っていたのはここにいる三人だけのはずだ。
村人たちには、作戦の内容までは伝えていない。
しかし、何かが頭に引っかかっていた。
うーん、何かを見落としている気がする……。何か、何か……。
「状況からすると、村長が怪しいということになるのだけど……」
喉元まで答えが出掛った所で、ウィルベルにしれっと先を越された。ちょっと悲しい。が、おかげでひとつ思い出した。ポンと手を打って言う。
「そうだよ村長だ! 夕方に酒場で気になることを聞いたんだ!」
ウィルベルに話の続きを促され、記憶を辿りながら話し出す。
「えぇーと、たしか。村人から村長には病気の奥さんがいること、人狼騒ぎが始まってから村に出てこなくなったことを聞いたんだ」
フリッツの説明を聞いて、ウィルベルは顎に手を当てて思案している。
「足を悪くしていたようだから、村に出てこなくなったというのには一応筋が通るけど……。病気の奥さんっていうのは見なかったね」
「ああ。あの家に村長以外の気配は感じなかった」
「じゃあ、なんだ? 本物の村長夫妻はもう殺されてて、人狼が村長のフリをしてるってことか?」
村人の話に疎いエドガーが言った。
「……そうかもしれない」
「今すぐ村長のところに行こう。それで確かめないと」
こうしている間にも、新たな犠牲者が出るかもしれない。
フリッツたちを仕留めきれなかったことで、人狼たちが強硬的な手段に出る可能性は大いにある。
一刻も早く疑惑の真偽を確かめに行かなければならない。
三人で連れ立って酒場を出る。
真夜中を過ぎて、空気もだいぶ冷えていた。通常であればこんな時間に人の家を訪ねるというのは非常識だが、そうも言ってられない。
村長宅を目指して、カルテドルフに着いてから三度目の道を進むのだった。




