第二章♯6『紫電の矢』
——ダメだ、間に合わない。死ぬ。
死を覚悟したとき、視界の端で何かが光った気がした。そんな幻を最後に、意識が途切れる。……はずだった。
「迅雷矢!!」
次の瞬間。短い詠唱が聞こえ、森の中が閃光に照らされる。耳をつんざく轟音が響き、飛来した紫電の矢が人狼の横っ腹を貫く。
ぼっかりと開いた傷口から舞った血が、フリッツの頬を叩いた。
人狼は飛びかかった勢いのまま地面に叩きつけられ、地を掻いてもがいている。
魔術が飛んできた方を見ると、村娘姿のウィルベルが手のひらを人狼に向けて、次の魔術の詠唱を始めていた。
「……四元の赤、アグニの僕 今集いて龍智を示し、千歳の真理を証明せよ ——破術八番『波炎槌』」
詠唱の完了と共に、学院でニーナが見せた炎の魔術とは比べ物にならない火炎が生まれ、人狼の体を包み込む。
凄まじい熱量に、思わず後ずさりをした。熱せられた空気を吸えば、肺が焼けてしまいそうだ。森中の暗闇を照らし尽くすような業火に炙られ、空も焦げるように明るくなっている。
その炎の中心にいた人狼は、断末魔ごとその姿をかき消された。
「はぁ……はぁ……大丈夫?」
息を荒げながらウィルベルが聞いてくる。
「あぁ……平気。それより、どうしてここが分かったんだ?」
「フリッツの魔力が揺らいだから、何かあったのかと思って駆けつけたんだ」
「僕の魔力って……魔術師ってそんなこともできるのか」
「知ってる相手じゃないと無理だけどね」
フリッツは剣を鞘に仕舞い、体についた土を払う。
ウィルベルは立て続けに魔術を使ったからか、かなり疲労した様子だ。
簡単に動けそうではないが、このままここにいればまた新手の人狼に襲われる可能性かある。ひとまずエドガーと合流して、村に戻った方が良いだろう。
「ウィルベル、人狼は一体じゃなかった。何体いるか分からない。一度村に戻ろう」
ウィルベルが頷く。一人で立ててはいるものの、少しふらついている。ウィルベルに痛めていない方の肩を貸して、二人で歩き出す。
とりあえず森から出て、街道に沿って村に向かう。村までは、歩いて行くにはかなり距離がある。
だが、ウィルベルの足取りも、魔術を使った直後に比べればしっかりしてきている。この調子で行ければ、なんとかなる。だからすんなり行かせてくれ。
そう祈ったとき、その願いを嘲笑うかのように森の中から暗い影が飛び出してきた。草をかき分け、猛烈な速度で近づいてきている。
もはや隠れるつもりも、不意打ちするつもりもないらしい。三体もの人狼が現れ、フリッツ達の周りを取り囲む。
「クソ……!」
「フリッツ、私はまだ戦える!」
ウィルベルが肩から腕を離し、人狼たちに向けて手を構える。だが、その姿に森の中で助けてくれた時のような気迫はない。
フリッツも剣を抜いて、人狼たちへと向ける。痛む肩を無理矢理に動かして、人狼たちを威嚇をする。
ウィルベルと背中を合わせ、死角を作らないようにするが、絶体絶命の危機だ。
今回ばかりはダメかもしれないな……。なんとかウィルベルだけでも無事に帰す方法は無いのか。そんなことがぐるぐると頭に浮かぶ。
周囲を囲んでいることにしびれを切らした人狼が飛びかかろうとした瞬間である。風を切って飛来した何かが、人狼の脳天から顎にかけてを貫き、その体を地面に縫い止めた。
——それは釘だ。身の丈ほどもある釘。よく見ると、びっしりと細かな聖文字が彫り込まれている。
天に向かってそびえるその釘の上にひらりと舞い降りたのは、血にまみれて真っ赤に染まったエドガーだった。
「おーい、無事か?」
エドガーがあいも変わらずのんきな調子で聞く。気の抜けた問いかけに、こちらも状況を忘れて脱力してしまいそうだ。
「なんとか!」
人狼の数は残り二体。数の面ではこちらが上回ったが、ウィルベルもフリッツも、十全の状態とは言い難い。エドガーもおそらく負傷しているだろう。しかし、
「後は俺に任せて、お前らは休んでな」
エドガーは釘から飛び降りて、フリッツ達の前に立つ。その両手には、いつのまにか一本ずつ最初に降ってきたものと同じ釘が握られていた。
恐ろしい声で吠えながら、エドガーに人狼が迫る。対するエドガーは右腕を振るって、人狼の横っ面を叩く。態勢を崩した人狼に飛びかかり、その心臓に釘を突き立てる。
エドガーの流れるような一連の動作に、思わず見惚れてしまった。ふざけた態度からは想像もできない冴えだ。
最後の一体は、唸りながらジリジリと後ろに下がっている。瞬く間に仲間を殺され、劣勢になったのだ。逃げようとしているのだろう。
だが背中を向けて走り出さないのは、エドガーに背を向けることを本能的に避けているからだろうか。
人狼の意識は完全にエドガーに向いていて、こちらにはまったく注意を払っていない。
剣を握り直し、横合いから距離を詰める。人狼がフリッツに気づき、首を向けた瞬間、
「『氷』……!」
ウィルベルが氷の魔術で人狼の足を地面に封じた。その隙に、人狼の首に剣を振り下ろす。
刃が骨まで達した感触の後、それを断った感触。そして少し遅れて、首がずり落ちる。
フリッツは血溜まりをつくる三体の人狼に囲まれながら、ホッと胸を撫で下ろした。
「ヒュー! なかなかやるな、フリッツ!」
テンションの高いエドガーが肩をバシバシと叩いてくる。痛めた肩をあまりに遠慮なく叩くものだから、
「痛い痛い痛い!」
必死に抵抗する。
エドガーの方はフリッツの反応を面白がって、まったく止めようとしないのだった。
「バカなことしてないで……はやく村に戻ろう」
呆れたウィルベルが、やれやれとため息を吐いた。




