第四章♯5『対峙するは悪しき輝き』
ウィルベルは戦場を疾駆する。迫り来る敵兵をいなし、あるいは飛び越えながら、稲妻のような速さで戦列を切り裂いていった。そして、単騎で軍旗はためく帝国軍の本陣へと斬り込んだ。
「ここが……?」
帝国軍本陣の様相は異様の一言に尽きた。本来ならばテントが張られ、そこで指揮官達による作戦会議が行われているであろうにも関わらず、そこはがらんとした空き地のようになっていた。
その空き地の中心に据えられている帝国軍旗の下に、一人の男が超然とした様子で立っていた。腰まで伸びる長い銀髪に、痩せてはいるものの鍛え上げられていることが見て取れる長身。その体を黒地に赤の刺繍が施されたサーコートに包んでいる。
それはまるで一枚の絵画のような景色だったが、男の放つ威圧感によって、ウィルベルの気が緩むということはなかった。
「お前が……帝の右弓か」
ウィルベルは瞑目している男にそう声をかけた。男はゆっくりと目を開きながら答える。
「そうだ……お前はウィルベル・ミストルートだな」
「こんなところで、部隊の指揮も執らず良い身分ね。形勢はこちらに傾いているわよ」
そう言って、油断なく距離を測りながら右弓に近づく。右弓はひとつ長いため息をつき、ゆっくりと瞼を持ち上げた。赤い瞳が真っ直ぐにウィルベルを射抜いた。
「指揮などいらない。兵もいらない……私だけがいればいい。雑兵の手に負えない強者さえ葬れば、あとはどうとでもなる」
「随分と自信があるのね。油断は命取りよ?」
「油断などしていない……この戦争の勝敗は今この場で決まると言っていい」
右弓がおもむろに背中へ手を回し、背丈ほどに大きい長弓を手にした。同じ弓の位を持つ騎士でも、ロトは魔導書を媒介にする魔弾を扱っていたが、この男は正に弓使いのようだ。
右弓はスッと弓を構え、弦を引いた。しかしそこに矢はつがえられていない。弓自体が持つ細工か、右弓の能力か、魔力で出来た矢が出現する。
「さあ、行くぞ」
「――『星辰の探求者』!」
右弓が矢を引き絞ったのと同時に、ウィルベルはレゾンデートルを発動させた。剣から漆黒の粒子が溢れ出し、風に吹かれる霧のように形を変え、マントとなって首元を覆った。
直後、右弓の魔力矢が放たれた。矢の軌道は直線的だ。ウィルベルは横に身をずらしてそれを避ける。同時に、『星辰の探求者』の粒子でそれに触れ、そこから情報を読み取る。
(魔力の収束率がかなり高い……私の魔力障壁やアイテールの防壁じゃ防げなさそうね。でも見切れない速さじゃない)
右弓はすでに第二射目を構えている。二人の距離は二十メートルほど。ウィルベルなら文字通り一瞬で詰めれる距離だ。
弓兵相手のセオリーは肉薄。矢をつがえる動作を必要とする以上、超近接のショートレンジでは剣に分がある。ならば――、
――紫電式『飛雷』
全身の魔力回路に流し込んだ雷光の魔力によって、人体が持つ限界を一時的に超えさせる秘術。ウィルベルは青白い雷光を纏い、まさに一歩で距離を詰めてクラウソラスを振るった。
――ギィン!!
常人なら反応どころか認識すらできない速度で叩き込まれた一撃だったが、右弓の騎士はそれを弓で受け止めた。
(ッ……この長弓、リムがブレードになっているのか)
「かなり速いな……まさに雷だ」
ウィルベルは即座に距離を離し、一度呼吸を整えた。紫電式の発動は身体的にも魔力的にも負担が大きい。強力だが無闇と乱発はできない。そもそも一撃必殺を是とするものだ。使いどころは見極めなければ。
右弓はぐるりと弓を回した。
貫通力の高い魔力矢と、ウィルベルの最高速度に反応できるほどのブレード捌き。遠近どちらも対応できる万能さだ。それにクラウソラスの刃を受け止めるなど、あちらの弓のつくりも並ではない。直撃をもらえば危険だ。
「それで終わりか?」
右弓は感情のない声でそう言い放った。ウィルベルは怪訝に思いながらも答える。
「安い挑発ね」
「挑発するつもりはない。純粋な疑問だ……本当にその程度の実力ならば、私の前に立つべきではない」
右弓は長弓をガッと地面に突き立てた。そして無表情のまま続けた。
「お前のその黒装束、それはレゾンデートルだろう?」
「っ……なぜそれを」
いきなり右弓の口から『レゾンデートル』という言葉が出てギョッとさせられた。
三年前、ウィルベルとフリッツがルクセンの英雄達から伝授された奥義のことを、どうしてこの男が知っているのだ、と。
「その力を使えるのがお前達だけだと思っているのか?」
(まさか……!)
しかし三年前、こうも教わったはずだった。
――レゾンデートルに才能は必要なく、目覚めさせることができれば誰でも使うことができる、と。
右弓は両手を胸の前で交差させた。
ウィルベルは呼吸が浅くなるほどの威圧感を覚えていた。
この感覚は……間違いない。
「――『瀉血の狂娘』」




