第四章♯4『命賭け』
ウィルベル、シャル、ロトの三人は光の階を後にし、ルクセンの中央を抜く通りを南へ向かって進んでいた。重厚な音色で鳴り響く警鐘に慌てふためく市民達は、避難所のある光の階を目指して北へと進む。ウィルベル達はそんな人波に逆らって進んでいた。
ふと空を見上げると、水面に張っていく薄氷のようにルクセンの上空に魔法障壁が広がり、あっと言う間に街全体をドームのように包み込んだ。
「すごい……! こんなに大規模な障壁は見たことがありません!」
その様子を見て、ロトが驚嘆の声を上げた。
城塞の防衛機構としては典型的である魔法障壁だが、ルクセンほどの大都市を単体でカバーする術式はそうない。光の階自体に組み込まれた巨大な魔術回路と、それを発動させるエマの莫大な魔力あってのものだ。
「ほら見て! あそこにヴァイスランドの兵達が集まってる!」
今度はシャルが前方を指差して言った。ルクセン南門の外側では、援軍に向かうはずだった兵士達が急いで陣形を整えているところだった。そこにはすでにアルヴィンの姿もあった。
よく訓練された正規兵なだけあって、彼らの顔に焦りこそ浮かんでいても、動きが乱れることはない。
「彼らと共闘させてもらおう。戦闘中は離れすぎないように、お互いの位置を確認するのを忘れないで」
シャルとロトはウィルベルの言葉に頷いた。
それとほぼ同時に、ずしりと重く響く角笛が吹き鳴らされた。ビリビリと地を揺らすような勝鬨が上がり、戦いの火蓋が切られたことを示していた。
ヴァイスランド軍とユーヴィク帝国軍、お互いの前衛部隊が前進する。最前列の歩兵と歩兵が接触し、甲高い金属音が聞こえ始めた。
「街の中には虫一匹通すな! ここを死守すれば我々の勝利だ!」
部隊の中央からアルヴィンの檄が飛ぶ。それに応えるように雄叫びが上がり、戦闘音がさらに激しくなった。
ウィルベル達は中央をぐるっと迂回して、ヴァイスランド軍の左翼前線に踊り出た。
腰に手をやり、クラウソラスを抜き放つ。漆黒の刀身が太陽の光を吸い込んで、ぼんやりとした輝きをみせた。
「――はぁッ!」
クラウソラスの一閃と共に放たれた雷光が帝国軍の戦列を薙ぎ払う。
「ウィルベル様だ!」
「我らが龍姫に続けぇ!」
「月光の魔女だ!」
「仕留めれば武勲だぞ!」
ウィルベルの登場に敵味方双方から大音声が飛んだ。そんな雄叫びの最中、
「このまま左翼から斬り込む! 敵の本陣まで戦列を引き裂くよ!」
「了解! 側面は私たちに任せて!」
ウィルベルが先頭を走り、迫る敵兵を次々と斬り伏せる。シャルとロトが連携して開かれた道を更に押し広げ、そこにヴァイスランドの兵達が続いた。
こうして、楔を打ち込むように帝国軍の戦列を乱していった。そんな左翼とは対照的に、ヴァイス軍の右翼側は押されつつあった。相互に陣形が崩れ戦線が斜めに伸びていく。
「こちらも押し戻すぞ! この盾に続け!」
それを察したアルヴィンが中央から右翼へ移動し、前線に立って兵士達を鼓舞する。両翼で突出した英雄二人の活躍は、その反面戦線の混乱をもたらした。ルクセン防衛線は、開戦すぐに敵味方入り混じる混戦の様相を見せ始めたのだった。
アルヴィンが右翼で奮戦する頃、ウィルベル達は順調に帝国本陣へと近づいていた。ウィルベルはクラウソラスを逆手に構え――、
「――『灰群狼』!」
魔力から生み出された狼の群れが盾を構えて並ぶ敵兵に襲いかかり、その分厚い壁をこじ開ける。
わずかに生まれた間隙に、ロトが人波の向こうを指差した。
「ウィルベルさん! あそこ、あの旗が本陣の印です!」
目を凝らしてみれば、そこには黒地に赤のマークが描かれた旗が力強く揺らめいていた。
「よし、行くよ二人とも――っ!?」
ウィルベルがそちらに走り出そうとした瞬間、頬を浅く切り裂かれ反射的にたたらを踏んで足を止めた。即座に身を翻し、斬撃の主を確かめながら頬に伝う血を拭う。
「そう簡単に行かすかよォ……こんなに早くここまで来るとは思わなかったが、まぁ遅かれ早かれってやつだなァ」
剣をダラリとぶら下げ、その男は戯けたように天を仰いでみせた。急所だけをカバーする黒い軽鎧に、凶悪な人相を浮かべた男。
「……右剣!」
かつてクラマで相対した騎士が今、ウィルベル達の前に立ち塞がった。
彼がここにいるということは、他にも六騎士がこの戦場にいるのだろう。放っておけばヴァイスの兵士達に大きな被害が出る。目の前のこの男も無視はできない。ここで倒すしかない。
そう考え、ウィルベルが改めて右剣に切っ先を向けようとすると、シャルがずいっと前へと進み出て力強く槍を構えた。
「……ベル、先に行って。ここは私たちが引き受ける!」
「シャル……!?」
驚くウィルベルをよそに、ロトも前に出てシャルの隣に並んだ。その眼差しはキリっとした怜悧さを含み、まっすぐ右剣に向けられている。
「この戦場、おそらく右弓の騎士が指揮を執っています……彼を倒せるとすればウィルベルさんだけです。だからここは私たちが!」
右弓の騎士……とウィルベルは反芻する。
たしかストラに滞在している時にシャルとロトから聞かされたのだ。帝国の六騎士の中でも抜きん出た実力を持ち、最強と讃えられている危険な男だと。
「オイオイオイ。死んだかと思ってたが、まさか飼い犬になってるとはなァ……驚いたぜ。まぁ、ワンコにはお似合いだがな」
右剣の騎士はシャルとロトに気がつくと、意外そうに目を丸くした。帝国内ではシャルとロトはローレライ侵攻に失敗して死んだことになっていたのだろう。
そして小馬鹿にしたような声色で二人を挑発した。
三人はもともと同じ勢力に属していたのだ。聞く限り仲間意識や連帯意識がある感じではなかったが、お互いに何かしら思うところはあるのだろう。
そういった事情はともかく、右剣の騎士は侮っていい相手ではない。出来るならばシャル、ロトと協力して奴と戦いたいが、二人の言うことにも一理ある。なにより、すでに覚悟を決めてしまっているようだ。
ならばウィルベルは一刻も早く指揮官を討ち取り、この戦闘を収束させることが望ましい。
二人を案じながらも、その決意を尊重することに決めた。
「二人とも……気をつけて。危なくなったらすぐに逃げること。無理はしないで、良い?」
「分かってる。さあ、行って!」
シャルに語気強く言われ、ウィルベルは後ろ髪を引かれる思いを断ち切り旗の元へ走り出した。
目の端で右剣を睨んでいたが、彼は先ほどの攻撃的な言動とは裏腹に状況を静観するばかりで、とうとう追撃してくることもなかった。
ウィルベルはすぐに人波を飛び越え、残った三人の視界から消えた。
「……意外と大人しかったじゃない。もしかしてビビって動けなかった?」
シャルの生意気な言葉に右剣は肩を竦め、ため息混じりに答える。
「バカ言え、ワンコ。あの女に本気で逃げられたら捕まえられねぇだろうがよ……俺は無駄なことはしねぇ主義なんだ」
そして、なんとおもむろに剣を納めてしまった。シャルとロトは、右剣のその行動にどんな裏があるのかと身構える。
しかし右剣は特に怪しい動きも見せず、そのまま億劫そうに続けた。
「オメェらと戦うのも正直退屈だ。知ってるだろうが、俺の能力は防御系……オメェらもな。俺たちがまともにやりあっても無駄に時間を食うだけだろうな」
「一体、何が言いたいんですか?」
ロトは油断なく魔導書を抱え直し、警戒心を露わにそう訊いた。それに対し、右剣はニヤッと口の端を吊り上げ――、
「賭けをしようぜ、命懸けのなァ。あの女と右弓、どっちが勝つか。俺たちなんてどうせ生き残った方に殺されるんだぜ? なら、俺らでやりあっても無駄だろ?」
ケタケタと嗤いながら、そう狂った提案をしたのだった。




