第三章♯?『天空牢にて』
ヴァイスランドの中心、央都ルクセン。その象徴とも言える、天へと向かって真っ直ぐ伸びる瀟洒な巨城――"光の階"。
その下層は一般に公開されており、中層は政府機関の集まる行政区画、そして上層は王族のみが立ち入ることが出来る聖域となっている。
聖女エマを代表とする七賢決議会による治世以前、先の白王を最後として王家の血統は絶えた、とされている。それゆえに、もう光の階上層へと足を運ぶ者はいない。
現在そこには唯一人の人間が囚われているだけであった。
その人物とは別に、純白のローブに身を包み、足音もなく大理石の床を進むもの達がいた。それ等は今、囚われの人間の世話をするためだけに存在している。
それ等は人間ではない。それは種族としての意味ではなく、それ等自身、又はそれ等を知る人々の共通認識であった。
人の子として生まれながらも、名すら与えられず、光の階の外の世界の存在を知ることすら許されず、聖域を穢さぬ僕としてのみ育てられた人形であった。それ等は個性を持たず、固有の自我も持たない。徹底した管理によって造られた、王家の忌むべき遺産、前時代の遺物とでもいうような存在だ。
それ等は誰に望まれることもなく、しかし誰に害されることもなく、今もその務めを果たし続けていた。
そんな存在のひとつが、水桶と布を持ってある部屋へと入った。そこは陽を嫌うように窓に黒布が張られ、新月の夜のような暗黒を湛えていた。その中心には緻密な彫刻の施された牢が鎮座している。さらにその中には、ひとりの人間。
白ローブは牢を開き、囚われの人間の隣に傅いた。布を水に濡らし、その者の肌を拭こうとしたところで、その人間に制される。白ローブは大人しく引き下がり、用命があるまで水音を聞きながら存在を殺し続けた。
「……下がれ」
低く、嗄れた声が響いた。白ローブは無言で道具を纏めて牢を出て行った。鍵はかけない。元より鍵など存在していないからだ。この牢はいわば象徴、この人間をここへ封じた者の皮肉の産物だ。
では牢とは何かと言えば、彼女にとってはこの光の階こそが巨大な牢であると言えた。
彼女、いまや傍流を含んでも僅か二人だけとなった白の血統の継承者、その一人――ヴィクトリア・ヴァイスにとっては。
王の器を有しながらも、その資格を簒奪され、亡き者として囚われ続けている者。彼女は暗い天空牢の中で、世界の誰よりも昏い笑みを浮かべていた。




