第三章♯6『腕闘の国オトラキア』
――ウィルベルが帝国進軍の報せを受ける七日前、オトラキアにて。
「ふんッ……ぬおおおお!!」
ドシャァ! と派手な音を立てて、大男が地面を転がった。
「ふぅー……次!」
腰の少し上ぐらいの高さの台の前で、フリッツはそう声を張り上げた。フリッツの言葉を受けて、観衆の中から、強靭な肉体を持つ男が対面に歩みでた。両者はすっと右腕を差し出し、台に肘をつき、固い握手をするかのようにお互いの手を握った。
ゴォンと鐘が鳴らされれば勝負開始の合図。お互いの腕の筋肉が唸りを上げ、相手の腕を押し潰そうとしのぎを削る。
「お兄ちゃん、がんばれー!」
側でそれを観戦しているセーナから声援が飛ぶ。
「うおおおお……だあああ!!」
またしても、フリッツが挑戦者を弾き飛ばした。
これは腕闘と呼ばれるオトラキアの伝統的な決闘だ。オトラキアは野蛮なる戦士の国。益荒男達には争いが多く、古くは武器を用いた決闘が盛んだったオトラキアだが、死者の増大により、片腕だけを用いる腕闘が決闘の代わりを果たすようになったのだという。腕闘は男の価値を決める闘い。強い者が偉く、弱い者は虐げられる。
なぜフリッツがこの腕闘に挑んでいるかといえば、手っ取り早くオトラキアの戦士達に認めてもらうためである。彼等は弱い人間には見向きもしない、話を聞こうとすらしないのだ。逆にいえば、力を認めさせれば余所者だろうと信頼を得ることができる。
フリッツが進んでオトラキアを訪れた理由の一つがこれにあった。つまり、腕力に自信があるからだ。
それにオトラキアのお国柄もある。オトラキアは厳格な男社会。力が支配するこの国では女性は男の所有物と見なされ、戦士の庇護下にない女性は相手にされない。
ウィルベルなら屈強な戦士達にも実力を認めさせるだろうが、彼等の男尊女卑の文化に憤慨してやりすぎる可能性があった。というか十中八九半殺しにして、別の問題に発展したと思う。
だから、この国に訪れるのはフリッツがベストだったのだ。
「次だ! とっとと一番強い奴が出てこい!」
しかし、フリッツの声に応じる者はいない。もうこの場にいる力自慢はあらかた倒したようだ。そろそろ場所を変えるか、と思いセーナを連れて別のところへ向かおうとした時。
どしん、どしんと地鳴りのような足音が聞こえてきた。
フリッツが音の聞こえてくる方へ振り返れば、巨人のような男が会場に入ってくるところだった。野次馬たちは波が引くように男に道を譲り、頭を低く下げている。
「あの人が王様かな……?」
「ああ、多分な」
噂には聞いている。オトラキアの国父ガロンとは彼のことだろう。戦士の国の王とはつまり、国でもっとも優秀な戦士ということでもある。
ガロンはフリッツの前までやってくると、言葉は不要とばかりに無言で台に肘をついて手を差し出した。それに応えるように、フリッツはガロンと手を合わせる。
しん、と静まり返った群衆の中、開戦のゴングが鳴らされた。
「ぬうううん!」
ガロンが唸り、丸太のような腕に力が込められた。フリッツは腰を落としてなんとか一息で潰されないように持ち堪える。
(なんてパワーだ……! 片手で大木を倒そうとしてるみたいだ!)
頭の血管が切れそうになりながらも、なんとか多少押し戻す。しかし、ガロンはさらに強い力でフリッツの腕を倒そうと仕掛けてきた。
「ぐっ……ぬぬ」
毎日、重たい愛剣を振り回しているおかげで、純粋なパワーではフリッツも負けていない。後は気合の勝負だ。
男たちの野太い歓声と、セーナの黄色い声援が飛ぶ。
これで決めるとばかりにフリッツが全霊の力を込めれば、ガロンもそれに負けじと奮励する。二人の手の周囲には、ギリギリと空気が震えるような緊張が生まれていた。
無限に続きそうな拮抗を破ったのは、思いがけない一撃だった。
――バキィ!
二人のパワーに耐えかねた台が、木片を散らしながら砕けたのだった。突然支えを失い、フリッツとガロンは体勢を崩して床に倒れる。
会場が再び沈黙に包まれた。
この場合どうなるのか。まさか再戦となるのか。フリッツの腕はもう限界だ。しかしガロンの方もそれは同じはず。
元より審判などいない決闘だ。皆の注意が国父であるガロンに向けられた。彼の一存で、この場の収め方が決まる。
ガロンはむくりと立ち上がって、威厳たっぷりといった様子で腕を組んだ。
「…………儂と張り合う漢はお前が初めてだ。今よりこの漢はオトラキアの同胞であり、最上の客人とする!」
ガロンの宣言に男達が湧いた。先ほどまではフリッツに渋い顔をしていた者まで、にこにこしながら肩を抱いてくる。
その後は国中大騒ぎで大変な歓待を受けた。酒やらなんやらをあちらこちらから引っ張りだしては、そこかしこでどんちゃん騒ぎだ。フリッツとセーナはそんな空気に呑まれながらも、とにかく当初の目的を果たしたのだった。
フリッツがガロンに助太刀を頼めば、ガロンはそれを「友の頼みとあれば」と快く引き受けてくれた。全く拍子抜けなほどに。
「これからどうするの? お姉ちゃんの方に行ってみる?」
宴会も終わり、少しは落ち着きが戻ってきた頃に、セーナはそう問いかけた。
「いや、向こうもきっと上手くやるさ。入れ違いになっても困るし、僕たちはルクセンに戻ろう」
ストラはオトラキアとは真逆、腕力ではなく知性を試される国だ。フリッツが行ったところで助けにはならないだろう。
それよりもいち早くルクセンに戻り、連合部隊の編成に関わるべきだ。エミールの作戦がどうなったかについても、そろそろ結果が出ているはずだ。
こうして、二人は谷の国オトラキアを後にしたのだった。




