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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 カルテドルフの夜
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第二章♯4『薄暮の中で』

 村長の家を後にし、村の中心地を訪れた。その後、酒場の顔役に話をつけ、今は出来るだけ多くの村人を集めてもらっている最中だ。今夜外に出ないようにという、注意喚起のためである。


 酒場前の広場には、ざっと見て100人ほどが集まっている。時間も限られているし、これだけ集まれば後は村人同士のコミュニケーションに任せて大丈夫だろう。


「ウィルベル、そろそろ始めてしまおう」


「……ええ」


 ウィルベルが用意された台の上へと登る。酒場のマスターが用意してくれたものだ。


 ウィルベルに向かって、100人分の目が向けられる。ガヤガヤとしていた雑踏も鳴りを潜めたのは、若い娘が人前に立つということの珍しさ故だろうか。


「皆さん。まずは、集まってくれてありがとうございます」


 ウィルベルが口を開くと、まだどこからか聴こえていたざわめきも、完全に消え失せる。声の大きさはそれほどでもないが、不思議とよく通る声だ。


 これほどの人数が集まっているにも関わらず、一声でこの沈黙とは、僕だったら絶対に無理だろうな。


「私はウィルベル・ミストルート。学院の魔術師です。……そしてこちらは私の護衛のフリッツ・ローエンです」


 ウィルベルに紹介されたので、一歩前に出て、出来るだけ格式高く見えるように礼をする。村人たちの反応を見るに、育ちの良い騎士身分にでも見えただろうか。


「私達は今夜、この村を悩ませている人狼を退治します。皆さんは、絶対に家から出ないようにしてください。……それと、今この場にいない人にも、夜までに同じことを伝えてあげてください。これをお願いするために、集まっていただきました」


 ウィルベルの発言に対して、村人たちがどよめく。あんな若い娘が? 止めた方がいいんじゃないか? というような言葉がこそこそと飛び交う。


 まあ、当然の反応だろう。村人達はカークス辺境伯の討伐隊を待つつもりだったろうし、いきなり現れた娘が人狼退治をするといっても、簡単には信じられまい。


「あの……村長はなんと?」


 民衆の最前列にいた男性がウィルベルに聞く。これもまた当然の疑問だろう。村人たちからすれば、僕たちを信用していいのかも分からないはずだ。


「私達が人狼退治を請け負ったのは、村長殿の依頼あってのことです。……村長自らの口で伝えてもらうつもりだったのですが、足を悪くされたようで、ここまで来られないとのことでした」


 ウィルベルの言葉に、村人たちがどよめく。これはまずい流れかもしれない。なにか言った方が良いかと思い、口を開こうとしたときである。


「……この人たちなら、たしかに村長のとこへお通ししましたよ」


 そう言って進み出て来たのは、この村の門番をしていた壮年の男性だ。


「学院の魔術師様だというのも本当です。信用して大丈夫だと思います」


 もう一人、門番をしていた青年も進み出てきた。二人の言葉で、村人たちの間に流れていた不穏な空気は、なんとか取り払われた。


 なんとか面倒な状況は回避できたようだ。助け舟を出してくれた二人に感謝である。


 ウィルベルと共に、深々と礼をして、台から降りる。


 門番をしていた二人の協力もあり、村人の信用を得て、家から出ないように説得することには成功した。

 後はフリッツたちの問題である。作戦決行までに、万全の準備を整えたいところだ。


 今は酒場のマスターにひとつ部屋を貸してもらい、装備の確認と打ち合わせをしているところである。


「——じゃあ合図を見たら、奇襲をかけるよ」


「うん。夜中だからかなり目立つと思う」


 ウィルベルが人狼に遭遇したら、空に向かって魔術を放つ。その閃光を合図に、僕とエドガーが奇襲をするということで決まった。


「エドガーには僕から伝えておく。……じゃあまた後で」


 ウィルベルがうなずくのを確認してから、酒場の一室を後にする。ウィルベルをひとりで残していくのは心配だが、そうも言ってられない状況だ。


 階段を降りて、酒場のホールへ入る。


「なあ、兄ちゃん!……フリッツさんだったか?」


 酒場から出ようとしたところで、カウンターで酒を飲んでいた男に呼び止められる


「ああ、そうだけど?」


「あんた、村長に会ったんだろ? どんな様子だったか教えてくれよ」


「村長? どうって……足の怪我以外は普通だったけど?」


 男はなにやら渋い表情をしている。なにか気になることでもあるのだろうか。


「そうか……このところ村に顔見せねぇから、心配してたんだ。少し前までは毎日村まで来てた人だからな」


「やっぱり、奥さんのお世話で忙しいんじゃないの?」


 男の隣に座っている、男の妻と思しき女性が言う。


「そうかもしれんなぁ……。あ、忙しいとこ悪かったな。ありがとよ」


——男達が話していた、村長の妻の話。あの家に村長以外の住人がいるようには見えなかったが……。よっぽど重い病で、ベッドから出ることもできないほどなのだろうか。


 そんなことはひとまず置いておいて、今はエドガーの元へ行かなければ。日はすでに傾き、空は赤い。ノロノロしていたら真っ暗になってしまいそうだ。


 駆け足で、エドガーのいる廃屋へ向かうのだった。

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