表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第三章 無音のアントラクト
108/181

第三章♯3『峰の国』

「ねぇーウィルベルー……これいつまで続くのー。私もう無理なんだけどー」


 後ろを歩くシャルが情けない声を上げた。ウィルベルは足を止めて振り向く。


「いつまでって、あそこまでよ。見えてるでしょ」


 石の転がる尾根の道の遥か先、霊峰ヤクストラの頂に石造りの城が聳え立っているのが見える。そこへ至る道はあまりの勾配に馬を使うこともできないほどで、こうして歩いて向かうしかない。


「うぅ、ごめんなさい。ウィルベルさぁ〜ん」


 今度はウィルベルの背中に背負われたロトが情けない声を上げる。元々体力のない彼女は、高地の低酸素も相まって早々に根を上げてしまったのだ。


「そうだ、飛んでいけばいいじゃない! 前みたいに乗せてよ〜」


「そんなことしたらストラの人を驚かせちゃうからダメ。ほら、もう少し行ったら一度休むから頑張って」


 そうやって駄々をこねるシャルを宥め、目を回しているロトを背負いながら進むこと半日、一行はついにストラの入り口まで辿り着いた。

 もともと訪問者には寛容な国だから、軽い手続きで街の中に入ることができる。


 宿の一室で、シャルがベッドに飛び込んだ。ウィルベルはその隣にロトを寝かせる。

 ロトはまだ具合が悪そうだ。軽い高山病なのかもしれない。


「あーもう二度と山なんて登らない!」


 シャルはまだ大声で愚痴るくらいの元気はあるようだから、文句は言ってもやはり身体は頑丈らしい。ウィルベルはといえば、少女とはいえ人間一人を背負って山を登っていたのだから当然疲れている。


「今日はもう休んで、明日国王への謁見をお願いしましょう」


 時刻はすでに夕刻。

 ウィルベルは痛む腰を伸ばしながら窓辺に向かう。街の外周に位置する眺めのいい宿を選んだから、バルコニーからは谷の底に位置するオトラキアも見えた。フリッツとセーナは今頃あの国にいるはずだ。


「……ねえ、ウィルベル」


「ん、どうしたの」


 欄干に手をついて景色を眺めるウィルベルの隣にシャルが並んだ。珍しいことになにやら遠慮がちな様子だ。歯切れ悪くも、シャルが切り出す。


「本当に、帝国と戦うんだよね」


「……そうなるだろうけど、今更どうかしたの?」


「怖くないの? 死ぬかもしれないんだよ?」


 思ってもみなかった質問に、ウィルベルは咄嗟に言葉を返せなかった。

 怖い、死ぬかも、というシャルの言葉はクラマでの記憶を呼び起こさせる。あの時は本当に死を覚悟した。これまでそれなりに修羅場を潜り抜けてきたけれど、あれほど死に肉薄した瞬間はない。しかし――、


「怖く……はあるけど、戦う以外にどうしようもないからね」


 どこか諦観したようなウィルベルの物言いに、シャルが「だったら」と言い返す。


「逃げればいいじゃん! 皇帝様だって、逃げる相手を追ったりはしないはずだし」


「はは、それもいいかもね」


「だ、だったら本当に逃げようよ! 私とロトもついていくから!」


 ウィルベルは感情を昂らせるシャルの肩にそっと手を置いた。


「私が逃げても……きっとフリッツは逃げない。それにもう沢山の人を巻き込んでる。私だけが逃げるわけにはいかないよ。でも、立ち向かうけど、死ぬつもりもない」


 そうだ、死ぬつもりなんてない。誰かを死なせるつもりもない。あの敗北を経てから、迷いを捨てて戦うと決めたのだから。


「安心して、シャル。貴女達は私が守るから」


 ウィルベルは瞳を潤ませるシャルを抱きしめた。

 きっとシャルも怖いのだろう。帝国にいた彼女だからこそ、帝国の脅威を理解している。そして客観的に見て、ウィルベルの勝ちは薄いのだろう。だからこうして忠告をくれたのだ。

 ぎゅっと抱き締めていると、胸の辺りでもごもごとシャルが声を出す。


「……右弓の騎士には気をつけて。決戦にはきっとあいつも出てくる。あいつは……本当に化物だから」


「分かった。気をつけるね、ありがとう」


 頭を撫でて、シャルを宥める。彼女の性格からして泣き顔は見て欲しくないだろうから、しばらくそっとしておくのが良いだろう。


「食べられるものを見繕ってくるから、ちょっと休んでなさい」


 そう告げ、ウィルベルは部屋を出て、様々な店が軒を連ねるストリートへ。夏に近いとはいえ、高山の頂にあるこの街の夜はとても冷える。外套の襟を寄せて辺りを散策していると、気になるものを見つけた。

 そこら中で、二人組が一つの石板のようなものを囲んで、真剣な表情を浮かべていたのだ。気になったので、休憩中らしいおじさん二人組に声をかけてみる。


「失礼。皆さんは何をしておられるんですか?」


「ん……おお! お姉さん旅人かい?」


 大柄で日に焼けたおじさんがウィルベルにそう尋ね返した。


「はい。ヴァイスランドから来たのですが、あちこちで見慣れない……この石板を見かけたものですから」


 ウィルベルの疑問を受けて、もう一人の、気の優しそうなおじさんはにこりと笑みを浮かべ――、


「これは戦盆というゲームだよ。盆の上に駒を並べて、それを交互に動かす。駒にはそれぞれ動ける方向が決められていて、先には相手の将軍という駒を取った方が勝つんだ」


「なるほど……面白そうですね」


 細かなルールは違いそうだけれど、似たようなものはヴァイスランドにもある。ウィルベルもロンドフにいた頃はよくやっていた記憶がある。何度やっても、とうとうハーブル先生に勝つことはできなかったのが懐かしい。


「この国では揉め事があればなんでも戦盆で解決するんだぜ。まあ、揉め事なんてなくても四六時中指してるけどな!」


「良かったらお姉さんもやってみないかい?」


「え、良いんですか? じ、じゃあ折角なので……」


 元来こういった盤上遊戯は好きなウィルベルだ。やってみたくてそわそわしていたところを、おじさんが察してくれたので、その誘いに甘えることにした。


「では……まずこの駒が兵、前にひとつ動くことしかできない。これが竜騎士、前後左右に好きなだけ動ける。こっちは魔導士、斜め方向に自由に動ける。そしてこっちは……」


 おじさんの説明を受け、ウィルベルはふむふむと頷く。

 ウィルベルのやっていたものよりも一回り盤面が広く、駒も数種類多い。戦略性は何倍も複雑であることだろう。


「一度やってみよう。お姉さんは初心者だから、私がいくつか駒を落とそう。そのかわり盤上で手は抜かないよ」


 おじさんがニヤリと笑う。それを受けてウィルベルも――、


「やりましょう!」


 と盤の対面に腰を下ろした。

 そこからの時間はもうあっという間だった。まず最初の対局はボロ負け。それを何度か繰り返し、コツを掴んで来たところでなんとか勝利。今度は駒落ち無しの対局で負け、それを繰り返す。上達を実感するのが楽しくて、つい時間を忘れて熱中してしまった。

 区切りを付けた時には、盆の前に座ってから数時間が経過していた。


「ふぅ……何度もお手合わせありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ」


 ウィルベルは襟を開いてパタパタと頬を扇いだ。頭を使って集中するから顔が熱い。


「いやぁ、大したもんだなぁ、姉ちゃん。コイツこう見えても全国大会で優勝したこともある一流の指し手なんだぜ。それとこんなにやり合うとは……プロになれるかもな!」


「え、えぇ……そんなに凄い方だったんですか?!」


 ずっと相手をしてくれていたおじさんが、ウィルベルの反応に苦笑する。


「昔の話ですよ。今は若い人たちに戦盤を教えています。それにしても、私から見ても貴女の上達ぶりは目を見張るものがありますよ。その気さえあれば本当にプロになることも夢じゃないでしょう」


「いえ……そんな」


 盤上遊戯のプロ。非常に魅惑的な響きだけれど、今は他にやるべきことが多すぎる。でも落ち着いたら……。


「ところで姉ちゃん、時間は大丈夫なのかい? 俺たちはそろそろ帰ろうかと思うんだが」


「あっ……ああ! 忘れてた!」


 おじさんに尋ねられて、ウィルベルが街に出てきたワケ、それをハッと思い出した。ご飯を買いに来たはずなのに、それがなぜだか街角で数時間も道草を食ってしまった。


「す、すみません! 仲間を待たせていたんでした! これで失礼します、ありがとうございました!」


 ウィルベルはおじさん二人に頭を下げて、ぴゅーっとストリートを走る。途中のお店で三人分のご飯を、お詫びの意味も込めてとびきり高いものを買って、風のような速さで宿の部屋に戻ったのだった。

 しかしながら、お腹を空かせたシャルとロトに「遅い!」と怒られたのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ